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2年目 フェゴ編

11. 一宿一飯の恩義

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 狼たちと首をすりすりしてお別れの挨拶していたら、魔物を倒し終えてオレを追いかけてきたウィオと王子様が、遠くからこっちを見ていることに気付いた。きっと昨日オレがボスを使役獣にするのは許さないと怒ったから、近づいてこないんだろう。
 ボスはウィオたちを一瞥すると、オレと離れるのに名残惜しそうなそぶりを見せる他の狼を連れて、森の奥へと帰っていった。
 まだ森は落ち着いていないけど、このボスがいれば大丈夫だろう。群れを率いて頑張ってね。みんな、元気で。

 狼たちが見えなくなったところで、ウィオと王子様が近寄ってきた。

『魔物の素材は好きにしていいって』
「わざわざ助けに来てくれたのか?」
『昨日助けてもらったお礼だって。怪我人は平気?』
「まだ見ていない」

 まずは魔物を倒そうと、怪我人は怪我の軽い人に任せてきていた。じゃあ早く戻ろう。

 ウィオと王子様と一緒に騎士のところに戻ると、幼馴染が指揮をとって怪我をした騎士を一か所に集めて手当てをしていた。この辺りはそこまで瘴気が濃くはないので、穢れはそこまで問題ではないけれど、シカの魔物の魔法や角でやられた傷がひどい。オレのお弁当を届けてくれた人も、足を怪我している。
 騎士なんだからポーションを持っているはずで、それで治せばいいじゃないかと思ったけど、よく考えれば、オレたちはここに足りない上級ポーションの素材を取りに来ているのだ。きっと彼らの傷を治すのに十分なポーションがないのだろう。

『ウィオ』
「ダメだ」
『一宿一飯の恩義だよ』
「いっしゅくいっぱん?」

 この世界にはそういうことわざがないのか、通じなかったけど、お世話になった恩義は忘れちゃいけない。だけど、勝手をすると、ウィオだけでなく王子様にも迷惑をかけてしまう。
 ウィオの胸元へと飛び上がると抱きとめてくれたので、ウィオの腕の中から近距離でおねだりの視線を送ってみよう。
 美味しいご飯を届けてくれた人を助けたいよ。きっとこのままじゃ、足を怪我したあの人は騎士を続けられなくなっちゃう。お願い。

「……今回だけだ」
『ありがとう!』

 オレのおねだりにウィオが折れてくれた。嬉しくてウィオの顔をペロペロ舐めると、ウィオはため息をついてから、そっと頭を撫でてくれた。大丈夫だよ。今回は王子様もいるから、困ったことになったら全部王子様に押し付けちゃおう。
 よーし、張り切って治すぞ、とウィオの腕の中で騎士のほうへと向きを変えたら、「待て」とウィオに止められた。そして、ウィオは王子様へと近寄ると、小さな声で要望を伝えた。

「初級か中級ポーションはあるか?」
「何に使うんだ?」
「あれば上級ポーションも一本」

 質問には答えないで要望だけ伝えるウィオに何かを感じたのか、王子様はそれ以上聞かずに、ポーションの入っている箱を覗き込み、瓶を手早く袋へと入れウィオに手渡した。
 その間、幼馴染は騎士たちの手当てをしている。幼馴染だけでなく、手が空いている人は、怪我人に添え木をして包帯を巻いたりと、みんな忙しく動き回っている。これだけの怪我人を抱えてここで夜営すると、魔物に襲われた場合に全滅しかねないので、すぐにでもここを出発しようと、急いで移動できるように手当てをしているらしい。
 オレはと言うと、血の匂いがきついのでウィオの首元に鼻を押し付けて、怪我を見ないようにしていた。遠くから見るだけでも痛そうなのに、近くで見たら思わず治癒魔法を使ってしまいそうだから、見ないのが一番だ。

 ウィオはポーションの入った袋を持って、騎士たちから見られないところまで離れると、袋からポーションを取り出し、片手で地面の上に並べた。

「ルジェ、前にポーションのランクを上げられると言っていたよな。この上級ポーションと同じものにできるか?」
『できるよ』
「これと同じ品質にしてくれ。蓋を開けたほうがいいか?」
『そのままでいいよ』
「これと全く同じだぞ」

 そんなに念を押さなくてもエリクサーを作ったりしないから、信用してよね。
 さっきから抱き上げたまま放してもらえないのも、オレが勝手に治癒とかしないようにだろうし、ここはちゃんとウィオの言いつけを守れるお利口な狐だと証明しよう。
 同じポーション、まったく同じポーションになれー。

『はい、出来たよ。ちゃんと同じものにしたよ』
「浄化作用はついてないよな?」
『ついてないよ』

 全部同じ色だから、品質だってきっと同じだよ。
 すごく気を使って品質を変えたのにウィオに疑われてるんだけど、オレってそんなにやらかすイメージなんだろうか。慣れていなかったミディルの森のときとは違って、自分のチートにも慣れてきたのに。まあ、たまにうっかりしちゃうけど、たまにだよね。いつもじゃないよね?
 ウィオをじとーっと見ていたんだけど、オレの視線には気づいていないのか、気付かないふりなのか、完全に無視されてしまった。
 ウィオが冷たい。オレ、ウィオの飼い狐なのに、冷たすぎるよ。

 ウィオはオレの抗議を無視してポーションを袋に入れると、オレを抱き上げたまま王子様のところへと戻った。
 ウィオが近づいてくるのに気付いた王子様もこちらに来てくれて、怪我人から少し離れたところで向き合うと、ウィオは袋を王子様に差し出した。

「使ってくれ。ルジェに食事を運んでくれた礼だ」
『キャン!』

 王子様がオレの表情をうかがうように見てくるけど、ウィオの言葉の通りで裏はないよ。オレは美味しい食べ物のお礼は忘れない。お弁当を届けてくれたお礼だから、気にせず使って。
 オレが納得していると分かって、王子様は恐る恐る袋を受け取ると、口を開けて中から瓶をいくつか取り出し、手の中のものを見て目を見張った。

「これは……、上級ポーションか?」
「全て同じ品質のはずだ」

 だーかーらー、同じだってば。オレが同じになるように作ったんだから、自信をもって宣言してよね。もう、失礼しちゃう。
 でも王子様の驚きは何に対してだろう。ウィオがもともと持っていたものを出したとは思っていないはずだ。オレがポーションを作り替えられることに対してか、それともそれを渡したことに対してかな。
 どっちでもいいけど、オレが関わったことを伏せて、話の辻褄を合わせてね。

 王子様は一つの瓶を握りしめて、怪我が一番ひどい人に近寄ると、蓋を開けてポーションをかけた。

「え? 治った? まさかこれは殿下のではありませんよね?!」
「まだ箱の底にあった。人数分ある。手分けして怪我人にかけてくれ」

 王子様の返答に、騎士たちが戸惑っているけれど、その王子様は、空いたポーションの瓶を握りしめる手が少し震えているように見える。
 王子様が渡してくれたあの上級ポーションは、最高級のものだったから、きっと王子様のために取ってあった最後の一本だったんだろう。騎士たちはそれも知っていたはずだけど、王子様の返事がおかしいことには気付かないフリをすることに決めたようだ。

 王子様からポーションを受け取った幼馴染は、手の中のポーションをじっと見た後、オレをちらっと見て、少しだけ目を伏せた。
 気にしないで。お弁当を手配してくれたお礼だよ。
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