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2年目 タイロン編
【閑話】タイロン王国ツウォンの警備隊長 5
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急に騒がしくなった街の治安維持に奮闘する新しい日々にも少し慣れてきたころ、騎士が詰所を訪れた。
「ハロル隊長、氷の騎士からの手紙を預かったので、持ってきました」
「ありがとうございます。氷の騎士はもう、村に戻ったのですか?」
「いえ、セランの街の近くの草原を使役獣と共に歩いているところを、巡回中の騎士が見つけました」
なんでそんなところにいたんだ? セランの草原と言えば、隣国フェゴに近い山の麓だ。ドラゴン村から見れば、ドラゴンのいる奥の山とは逆の方向だ。村人が渡した地図は正確だったはずだが、しっかりとした道があるわけではないので、山の中で迷ったのかもしれない。
兄さんはドラゴン村に預けた馬車を取りに向かっていたようだが、今こちらにくると騒ぎになりそうなので、騎士団が代わりに馬車を届けたそうだ。冒険者に依頼せずに騎士団がわざわざ荷運びのようなことをするとは、やはり彼らには何か特別な事情があるのだろう。
この若い騎士も、詳しいことは知らされていないらしいが、何にせよ、兄さんも狐も無事でよかった。
「それで、大変申し訳ないのですが、手紙の内容を教えていただけますか?」
「構いませんよ」
兄さんが何を書いて寄こしたのか、騎士団として確認しておきたいのは当然だ。何が書いてあるのか私にも分からないが、そもそも個人的な手紙をもらうほど兄さんと深い関わりはないので、見られて困るような内容ではないはずだ。
とにかく中身を見てみようと封筒を開けると、中から出てきたのは上質な紙だった。紋章は入っていないが、貴族が使うような紙だ。
――感謝の気持ちを込めて
手紙にはそれだけしか書かれていないが、手紙の真ん中に狐の肉球がインクで押されていた。これは、狐からの無事に帰ってきたという報告だな。
騎士に見せると、騎士も肉球の跡を見て、顔をほころばせた。
「私は会えなかったんですが、とても綺麗な狐らしいですね」
「使役獣というよりも、貴族の愛玩動物でしたよ。別れるときに声をかけたんですが、応援してくれたと喜んでいたそうなので、そのお礼でしょう」
この肉球を見ていると、あの狐が楽し気に手紙に足を押し付けるところがありありと想像できる。食べられもせず、遭難もせず、無事に帰ってきてよかったよかった。
若い騎士は、問題なさそうだが一応手紙の内容は上官に報告させてもらうと断って、部屋を出ていった。
「隊長、手紙は何が書いてあったんですか?」
「狐からの挨拶だ。食べられもせず、無事だったらしい」
「肉球ですか。隊長もお子さんたちの手形を押して返したらどうですか?」
斬新な手紙の書き方に、返信するなら何がいいかで隊員たちと一通り盛り上がってから、手紙を封筒にしまおうとして、封筒の中に何かが入っていることに気付いた。
取り出してみると、何かのかけらだ。手紙の内容が感謝の気持ちということは、このかけらはプレゼントか。コインより少し大きくて薄い、緑色のかけら。大きな魚の鱗の一部のようだ。光に透かすと色が変わる。
ちょっと待て。緑色の鱗だと……?
いや、いやいや、私の勘違いだよな。これ、ただの魚の鱗でいいんだよな? 田舎の警備隊長のところにそんな貴重なものを送ってきたりしないよな?
「なあ、これって、魚の鱗だよな?」
「隊長、そんなの私に分かるわけないでしょう」
「まさか、狐がドラゴンから鱗をもらってきたとか、ないよな?」
「時間が合いませんよ。行って帰ってくるには早すぎます」
隊員にかけらを見せてみるが、興味なさげにあしらわれてしまった。
確かに、ドラゴンのいる山まで往復するなら、戻ってくるのは秋も深まったころになるはずだ。ってことは、これはただの魚の鱗だろう。兄さんが歩いていたというセランの草原には大きな川が流れている。そこで狐がドラゴンの鱗に似たものを見つけたから、記念に送ってきたのだろう。きっとそうに違いない。
綺麗な色だから、ペンダントにしてもらって娘にあげよう。
知り合いの細工師に加工を頼み、仕事帰りに受け取りに寄ると、困惑した顔で出迎えられた。
「ハロル、この鱗、本当に魚か?」
「大きいから魔魚かもしれないが、穢れてはいないぞ」
「この鱗、うちでは加工できない。うちの工具では、削ることも穴を開けることもできない」
「え?」
「これは返す。俺は何も見なかった。何も受け取ってない」
「あ、ああ」
まじか。まじなのか。
細工師が鱗を私に押し付けて、強引に返してきたが、私だって見なかったことにしたい。
加工できないってことは、これは、あれの鱗ってことだよな。口に出すのも恐ろしい。
まさか鱗を持ってるからって取り返しに来たりしないよな? いや、これが貴族に知られたら、私の命が危ないんじゃないか?
狐よ。兄さんよ。有難迷惑って言葉知ってるか?
この鱗、どうすればいいんだよ!!
「ハロル隊長、氷の騎士からの手紙を預かったので、持ってきました」
「ありがとうございます。氷の騎士はもう、村に戻ったのですか?」
「いえ、セランの街の近くの草原を使役獣と共に歩いているところを、巡回中の騎士が見つけました」
なんでそんなところにいたんだ? セランの草原と言えば、隣国フェゴに近い山の麓だ。ドラゴン村から見れば、ドラゴンのいる奥の山とは逆の方向だ。村人が渡した地図は正確だったはずだが、しっかりとした道があるわけではないので、山の中で迷ったのかもしれない。
兄さんはドラゴン村に預けた馬車を取りに向かっていたようだが、今こちらにくると騒ぎになりそうなので、騎士団が代わりに馬車を届けたそうだ。冒険者に依頼せずに騎士団がわざわざ荷運びのようなことをするとは、やはり彼らには何か特別な事情があるのだろう。
この若い騎士も、詳しいことは知らされていないらしいが、何にせよ、兄さんも狐も無事でよかった。
「それで、大変申し訳ないのですが、手紙の内容を教えていただけますか?」
「構いませんよ」
兄さんが何を書いて寄こしたのか、騎士団として確認しておきたいのは当然だ。何が書いてあるのか私にも分からないが、そもそも個人的な手紙をもらうほど兄さんと深い関わりはないので、見られて困るような内容ではないはずだ。
とにかく中身を見てみようと封筒を開けると、中から出てきたのは上質な紙だった。紋章は入っていないが、貴族が使うような紙だ。
――感謝の気持ちを込めて
手紙にはそれだけしか書かれていないが、手紙の真ん中に狐の肉球がインクで押されていた。これは、狐からの無事に帰ってきたという報告だな。
騎士に見せると、騎士も肉球の跡を見て、顔をほころばせた。
「私は会えなかったんですが、とても綺麗な狐らしいですね」
「使役獣というよりも、貴族の愛玩動物でしたよ。別れるときに声をかけたんですが、応援してくれたと喜んでいたそうなので、そのお礼でしょう」
この肉球を見ていると、あの狐が楽し気に手紙に足を押し付けるところがありありと想像できる。食べられもせず、遭難もせず、無事に帰ってきてよかったよかった。
若い騎士は、問題なさそうだが一応手紙の内容は上官に報告させてもらうと断って、部屋を出ていった。
「隊長、手紙は何が書いてあったんですか?」
「狐からの挨拶だ。食べられもせず、無事だったらしい」
「肉球ですか。隊長もお子さんたちの手形を押して返したらどうですか?」
斬新な手紙の書き方に、返信するなら何がいいかで隊員たちと一通り盛り上がってから、手紙を封筒にしまおうとして、封筒の中に何かが入っていることに気付いた。
取り出してみると、何かのかけらだ。手紙の内容が感謝の気持ちということは、このかけらはプレゼントか。コインより少し大きくて薄い、緑色のかけら。大きな魚の鱗の一部のようだ。光に透かすと色が変わる。
ちょっと待て。緑色の鱗だと……?
いや、いやいや、私の勘違いだよな。これ、ただの魚の鱗でいいんだよな? 田舎の警備隊長のところにそんな貴重なものを送ってきたりしないよな?
「なあ、これって、魚の鱗だよな?」
「隊長、そんなの私に分かるわけないでしょう」
「まさか、狐がドラゴンから鱗をもらってきたとか、ないよな?」
「時間が合いませんよ。行って帰ってくるには早すぎます」
隊員にかけらを見せてみるが、興味なさげにあしらわれてしまった。
確かに、ドラゴンのいる山まで往復するなら、戻ってくるのは秋も深まったころになるはずだ。ってことは、これはただの魚の鱗だろう。兄さんが歩いていたというセランの草原には大きな川が流れている。そこで狐がドラゴンの鱗に似たものを見つけたから、記念に送ってきたのだろう。きっとそうに違いない。
綺麗な色だから、ペンダントにしてもらって娘にあげよう。
知り合いの細工師に加工を頼み、仕事帰りに受け取りに寄ると、困惑した顔で出迎えられた。
「ハロル、この鱗、本当に魚か?」
「大きいから魔魚かもしれないが、穢れてはいないぞ」
「この鱗、うちでは加工できない。うちの工具では、削ることも穴を開けることもできない」
「え?」
「これは返す。俺は何も見なかった。何も受け取ってない」
「あ、ああ」
まじか。まじなのか。
細工師が鱗を私に押し付けて、強引に返してきたが、私だって見なかったことにしたい。
加工できないってことは、これは、あれの鱗ってことだよな。口に出すのも恐ろしい。
まさか鱗を持ってるからって取り返しに来たりしないよな? いや、これが貴族に知られたら、私の命が危ないんじゃないか?
狐よ。兄さんよ。有難迷惑って言葉知ってるか?
この鱗、どうすればいいんだよ!!
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