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2年目 タイロン編

【閑話】タイロン王国ツウォンの警備隊長 4

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 ドラゴンの飛来に浮足立っていた街が、日常を取り戻そうとし始めたころ、王都から騎士が到着した。小隊がまるまる来て、一部は分かれて村に向かったそうだ。ドラゴンが飛んできたとなれば当然か。
 この街にも、ドラゴン村にも、ドラゴンが飛来した直後から、この付近にいた旅人がドラゴン目当てに押し寄せ、そこに商機を見出した商人も集まってきている。領兵が領都から応援に来てくれているが、それでも制御しきれないので、騎士団が来てくれるのはありがたい。
 王都から貴族がドラゴンを見に来るという噂もあるが、貴族が泊まれるような宿など、村にもこの街にもない。貴族がらみの騒動は、全て騎士団に押し付けたいところだ。

 今は、この街に来た騎士団の責任者である小隊長から兄さんの様子を聞きたいと言われて、代官の屋敷で冒険者ギルド長と共に質問を受けている。代官だけでなく、いつもは領都か王都にいる領主もいて、少し物々しい。けれど私たちも大した情報を持っているわけじゃないんだけどな。

「この街での氷の騎士とのやり取りが聞きたい」
「ギルドは宿の紹介しかしていません。たまたま居合わせた警備隊のハロル隊長が対応してくれました。ただ、その……、ドラゴン目当ての冒険者だと思い、受付の対応はあまり丁寧ではありませんでした」
「それはギルドを出てすぐ事情を説明して謝りましたが、よそ者に警戒するのは分かると理解を示してくれました」

 外交問題に発展しないか気にしているのだろうから、兄さんが怒っていなかったというのが一番重要だろう。
 私の返答に、そのときの使役獣の様子について小隊長が質問してくるが、あの狐はやはり有名なようだ。ギルドの情報では、ロボ討伐のおとりになり、闇オークションの摘発でも活躍し、薬師ギルドの依頼で貴重な薬草を採取したらしい。ただの可愛い狐だと思っていたのに、優秀なんだな。

「ギルド内では氷の騎士の肩に、馬車では膝の上にいましたが、とても仲が良く、内容は分かりませんが会話をしているようでした。ドラゴンには狐の希望で会いたいのだと氷の騎士が言っていました」
「使役獣は、ギルドの対応に怒ってはいなかったか?」
「狐が、ですか? 馬車でも街中を興味深そうに見ていましたし、宿で別れるときにも撫でさせてくれたので、ご機嫌だったと思いますよ」

 その言葉に、小隊長が固まった。何か変なことを言ったか? ギルド長も小隊長の予想外の反応に戸惑っている。ギルド内でも、狐は周りの冒険者に愛嬌を振りまいていたよな。狐の機嫌を気にするとは、どういうことなんだ?
 どうも、騎士団、その後ろにいる王宮が気にしているのは兄さんではなく狐の方らしい。王宮が狐に気を遣う理由が分からない。あの狐、もしかしてオルデキア王から下賜された使役獣なのか? あんな呑気な顔をして、実は高貴な狐だったのか? 確かに手触りは極上だったが。

 その後はドラゴンが飛来したときにドラゴン村にいた隊員の一人から話を聞いていたが、そのときも兄さんではなく狐の行動を聞きたがっていた。
 にもかかわらず、狐の情報は全く教えてもらえなかったので、私たちが知って良いことではないのだろう。あの狐の謎は深まるばかりだ。

 小隊長は、兄さんと狐の帰りを待つために、ドラゴン村へと移動していった。街に来る貴族は、残った騎士と領兵が対応してくれることになったので、我々警備隊は今までどおり街中でのトラブルの仲裁が主な仕事だ。これは本当にありがたい。
 多くの愚かな冒険者がドラゴンの素材を求めて街に来るために、トラブルが絶えないのだ。

「食事の代金はちゃんと払え。無銭飲食で捕まえるぞ」
「俺はドラゴンを倒す男だぞ! 食事くらいタダで出せよ」
「そういうことは、倒してから言え」

 どう考えてもお前には無理だ。あれだけ離れた場所からでも全く敵わないと思い知らされた、存在自体が違いすぎて近づくことも出来ない相手だ。そもそもお前では山を越えられない。何より、ドラゴンを倒す倒さないにかかわらず、食事代を払うのは人として当然のことだ。
 あのドラゴンが村に対して攻撃の意思を持っていなかったことは我々にとって救いだが、それだっていつまでも変わらない保証はない。ドラゴンにとっては、ドラゴンを守り神とする村の者も、外から来た愚か者も、区別は出来ないだろう。こういう無頼者がドラゴンの元までたどり着くことを防ぐのも私たちの仕事だ。

「隊長さん、あの狐は無事に帰ってきた?」
「まだだ」
「ドラゴンを怒らせるような悪い狐には見えなかったけどねえ」

 兄さんたちに関する詳しいことには緘口令が敷かれたため、街中ではいつのまにか「ドラゴンがいたずら好きな狐を捕まえるために村に現れた」という噂になっていた。最初は「人に害をなす狐」という噂だったのが、宿で実際に狐を見た者たちが無害で可愛い狐だと反論すると、「いたずら好きの狐」に変わった。噂とはこうして作られるのか。
 その噂のお陰で、ドラゴンが人間を攻撃するために来たのではなかったのだと安堵し、街中が落ち着きを取り戻したこともあって、否定も肯定もしないでいる。

 だが、その噂のせいで、動物をつれてドラゴン村を訪れるものが後を絶たない。
 闇オークションの摘発もあった直後なので、ドラゴンのところへ訪れようとする者と、希少な動物を山で捕まえようとする者の両方を見張るために、あらたにこの地に派遣された領兵と騎士団が一緒に山の麓を巡回している。

 この騒動は当分続きそうだ。
 国は、決してドラゴンと対立しないよう、今まで同様にドラゴンには不干渉を貫く方針でいる。そのためにも、騒動を未然に防ぎ、ドラゴンを刺激しないよう、騎士団の常駐を考えているらしい。
 こののどかな田舎街も、大きな変化を迎えることになりそうだ。ドラゴン見物に訪れる貴族のために、この街に高級宿を作る計画も上がっているらしいので、騎士団がいてくれればこれほど心強いことはない。
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