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2年目 タイロン編

【閑話】タイロン王国ツウォンの警備隊長 3

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 翌朝、兄さんと狐はドラゴン村へと出発していった。
 何かあったときのために詰所で仮眠をとっていたが、何も起こらなかった。厄介ごとはひとまず去ったらしい。
 今日か明日から山を登り始めるとして、何かが起きるのはもっと先だろうが、そのころには王都からの騎士がついているはずだ。
 そう思い、少し気を緩めて、遅めの昼食をとっているときだった。

「隊長! 大変です! ドラゴンが飛んでいます!」
「はあ?!」
「空を見てください!」

 急いで外に出てドラゴン村のほうを見ると、大きな鳥のようなものが、ドラゴン村のあるあたりの上空を旋回している。この距離からあの大きさに見えると言うことは、かなり大きいはずだ。
 そのドラゴンがこんな近くに。まずいぞ、この街の上に降りてこられたら、羽ばたきだけで家が吹き飛び怪我人が出る。

「隊員全員を集めて、住民を教会へ避難させろ! 誰か、ギルドに応援要請に行ってくれ」
「分かりました!」

 教会へ避難するよう、住民に声をかけながら、通りを走って回る。通りにいる住民たちは、本当にドラゴンはいたのだと歓声をあげるもの、ドラゴン村の上空をぼんやりと見上げるもの、悲鳴をあげて逃げ惑うもの、反応も様々だ。幸いにも大きな騒動は起きていなさそうだ。

「教会へ逃げ込め!」
「隊長さんも気を付けてよ!」
「ありがとう!」

 何をどう気をつければいいのかは、お互いに分からないが、住民の気持ちは嬉しい。
 そもそもドラゴンがこちらを攻撃するつもりなら、我々になすすべはなく、ただじっと隠れて禍が通り過ぎるのを待つしかない。

 だが、ドラゴン村に何が起きているのか、助けを必要とする人がいないか、見に行かなければならない。
 辺りを走って住民に避難を呼びかけてから、詰所に戻ると、その場にいた数人の隊員に声をかけた。

「ドラゴン村に行く。誰かついてきてくれ。だが、命の保証はない」
「はいはーい! ドラゴンを近くで見たいので行きます!」

 お調子者のラディが一番に手をあげた。その能天気な発言に、緊張から張りつめていた詰所の空気が緩んだのが分かった。いつもは若干うっとうしいと思っていたが、彼のような存在は、こういうときに、深刻になり過ぎないためにも必要なんだな。見るだけで済むなら、私も近くで見てみたい。相手は伝説のドラゴンなのだ。
 この場の指揮は、副長に任せて、ドラゴン村へ向かおう。

 門では、今日の門番担当の隊員が旅人を街中へと誘導していた。

「隊長! ドラゴン村に向かうんですか?」
「ああ。門の周りは頼む。旅人も教会へ」
「分かりました。先ほど地面が揺れたときに、ドラゴンは着地したようです。街道は封鎖しますか?」
「避難を優先しろ。死にたい奴は放っておけ」

 今はわざわざドラゴンのそばへ向かおうとする奴の相手はしていられない。隊員も同じように考えていたようで、頷きながら旅人の誘導へと戻っていった。
 隊員たちが、それぞれの役割を果たしてくれていることが誇らしい。ときどき冗談のように、ドラゴンが襲ってきたらどうするかという話はしていたが、皆ちゃんと考えて動いてくれている。この街は、残る者たちが守ってくれるだろう。

 あまり多くはないが、すれ違う旅人に街へ逃げ込むように大声で声をかけながら、ドラゴン村へと馬を走らせる。馬は怯えながらも指示に従ってくれているので、すべてが終わったら、しっかり労わってやろう。
 村までの半分くらいまで進んだころ、ふと背筋が凍るような気配を感じたと思ったら、馬が悲痛な鳴き声をあげて、止まってしまった。魔物にも怯まないように訓練された馬たちのこんな反応は初めて見る。

「ドラゴンです!」
「頼む! 山へ帰ってくれ!」

 ドラゴン村の上空に、ドラゴンが浮いていた。
 頼む、どうか、どうか街へ行かないでくれ。祈るような気持ちで、ドラゴンを見つめる。
 すぐだったようにも、長かったようにも思う時間が過ぎ、上空を旋回したドラゴンは、山へと帰っていった。

 ドラゴンが見えなくなるまで見送ると、人知れず安堵の息が漏れた。
 街は無事だ。仲間も家族も無事だ。目先の脅威は去った。
 だが、ドラゴン村は? 村人は、村に潜入していた部下たちは、無事なのか? 兄さんと狐はどうなった?
 急がねば。

 馬をなだめてなんとか走らせ駆け込んだ村では、大人たちが家の周りの片づけをしていた。家が吹き飛んだ様子も、人が怪我をしている様子も見当たらない。
 ドラゴンが飛来したのに、被害がなかったというのか?

「みんな無事か?!」
「はい。村人全員、怪我はありません。ドラゴンが来た際に揺れたので、修繕が必要な家はありますが」
「兄さんと狐は?」
「山へ向かいました」
「何があったのか詳しく聞かせてくれ」

 それから村にいた隊員たちが目撃したことを聞いたが、にわかには信じられない内容だった。
 ドラゴンが狐に会いに来て、住処に招待して帰ったなど、信じられるわけがない。何度も聞き返してしまった。

「では、村には全く攻撃も要求もなかったのか?」
「ええ。ドラゴンは狐しか見ていませんでした。狐に攻撃する様子もなく、会話をするように鳴き声を交わして、飛び立っていきました」
「そのとき兄さんはどうしていた?」
「子どもたちがドラゴンに近づかないように止めていました。踏まれるから近づくなと」

 ドラゴンが村にきて皆が慌てる中、親や隊員が止めるよりも早く、兄さんが子どもを止めて守ったらしい。さすが、元騎士だな。
 そして、ドラゴンが去った後、村人たちにドラゴンに招待されたからと、あらためて道を聞き、山へと出発していった。
 馬車と馬の世話を任せると、馬の世話にしては多すぎる金を置いていったらしいが、おそらく相場が分かってないんだろう。

「行かせて良かったのでしょうか?」
「構わん。止めなくていいと王宮からお達しが来ている。王都から騎士が来るそうだ」
「騎士が来るんですか?」
「あの兄さんはオルデキアの元騎士らしい」

 この村に馬車を置いているなら、兄さんたちはそのうち帰ってくるだろう。
 ドラゴンが現れたことを知った旅人がこの村に来る可能性もあるので、ここに隊員たちを残しておく必要があるな。一人はラディと交代して街に帰り、代官に報告してもらおう。ドラゴンと兄さんたちのやり取りも実際に目撃しているので、いずれ王都から来る騎士も話を聞きたいだろう。

「いいなー、俺も近くでドラゴン見たかった」
「いや、あれは……近くで見るものじゃない。死んだと思った。今も自分が生きているのが信じられない」

 あれだけ離れたところでも、背筋が凍り付くような恐怖を感じたのだ。目の前で見た隊員は生きた心地がしなかっただろう。

「大きさはどれくらい? 色は? 遠くからは緑に見えたけど」
「ラディ、俺はいま初めて、お前の能天気さが羨ましく思える」
「だって、人間ではどうにもならない相手ですよ。だったら、楽しみましょうよ! 何かドラゴンのカケラが落ちてないかなあ」

 そういうと、ラディは子どもたちにドラゴンがいた辺りに案内をさせて、子どもたちと一緒に何か落ちていないか探し始めた。その合間に、子どもの目から見たドラゴンと、あのときの出来事について聞いている。ドラゴンの一番近くにいたのは、兄さんと狐を除けば子どもたちだ。子どもたちから話を聞くという仕事を真面目にしているのだろう。落し物がないか探してるのは、その口実のはずだ。

「きつねがギャンギャンっていったら、ドラゴンさまがしゅんってしたの」
「ギャンギャン?」
「きつね、おこってるみたいだったよ」
「その後のドラゴン様は?」
「うれしそうだったよ!」

 子どもの言うことはよく分からないな。狐がドラゴンにおびえて吠えていたのを見間違えたのだろう。
 村人は狐が生贄なのではないかと言っていたが、あの兄さんが狐を差し出すとも思えないから、それも間違いだ。
 何にせよ、兄さんが帰ってくれば分かる。
 狐、無事に帰って来いよ。食べられるなよ。
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