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2年目 タイロン編

14. ドラゴンに冷たい理由

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 そろそろ帰ろう。一通り聞きたいことは聞いたから、もう用事は済んだし、のんびりしていると、山を下りたら秋になっていた、なんてことが起きちゃう。
 やっぱり帰りも時間短縮したほうがいいかな。

『ウィオ、ドラゴンに送ってもらうのと歩いて帰るの、どっちがいい?』
「人里まで送ってもらうと目立つだろう」
『迎えに来てもらったところだと無事に下ろしてもらえる気がしないから、どこか目立たない広いところに下ろしてもらおう。揺れるけど大丈夫?』
「……ルジェがいれば」

 任せて! 全力で守るから安心して。自由落下の恐怖は味合わせないように頑張る。
 フリーフォール、実はオレも苦手だったんだよね。あの内臓がふわっとする感じがどうしても受け付けないのだ。

 目立たず、夜でも安全に着地できるところまで送ってほしいとお願いすると、大きな川の河原に下ろしてもらえることになった。川なら上空からも見やすいし、直線なら着陸もしやすいだろう。
 それに、川に沿って下っていけば、いずれ人のいるところにたどり着けるはず。

 まだ帰らないでほしいというドラゴンを説得して、再びの夜空のお散歩だ。今度はウィオも少し落ち着いて、周りを見る余裕ができたみたい。上空から見ると、川の水面に月明かりが反射して綺麗だ。これなら川を滑走路代わりにして、安全に着陸できそうだ。
 あたりに人の気配はないから、万が一見られていても夢を見たってことで片付けられるはず。

『地面を揺らさないように下りて』
『頑張ります……』

 このドラゴンに足りないのは、やる気と経験だ。ハイスペックのくせに、全然活かしきれてない。
 ドラゴンの緊張が伝わったウィオが身体をこわばらせているから、オレはウィオに大人しく抱っこされている。大丈夫だよ。この高さからなら、オレが何とでもできるから、もう危険はない。
 河原への着陸は、水を巻き上げて、眠っていたのにいきなり空中に放り出された魚をパニックに陥らせたものの、オレたちへの衝撃はほとんどなかった。ほら、やればできるでしょ。

『送ってくれてありがとう。じゃあね。ばいばい』
『どうか、私もともに連れて行ってください。私も御方のおそばに侍りたいのです。必ず役に立ちますので』
『目立つからダメ』
『尻尾も鱗も差し上げますから!』

 別れるときになって、ドラゴンが駄々をこね始めた。
 その図体でついてこられたら、目立ってしょうがない。そうしたらウィオがいろんな国から余計に目をつけられてしまう。
 それに尻尾は本当にいらないから。食い意地が張りすぎだと、ウィオに白い目で見られちゃうでしょ。

『でしたら、愛し子の使役獣になります!』
『却下』

 だいたい、オレの存在は近くに来る前から分かっていたはずだ。オレが会いに来なければ動きもしなかったのに、今になって一緒に行きたいなんて、そのためにウィオを利用するなんて、絶対に許さない。
 そんなしょぼんとして、捨てられた大型犬みたいなフリしても、ダメなものはダメ。ハウス!

『また会いに来てください』
『覚えてたらね』
『必ず、必ず来てくださいね!』
『百年後にね』

 大丈夫だよ、多分覚えているよ。
 当分はウィオと一緒にいるのに忙しいから無理だけど、百年後なら昔の知り合いに会いに行こうかと思い出すこともあるでしょう。


 明日は川沿いを歩いて、街へと向かおう。そろそろ文明が恋しい。それに、お馬さんを村に預けたままだから、迎えに行かなきゃ。今いる場所は大雑把にしか分からないけど、街に着けば何とかなるだろう。

 ウィオと一緒に今日のテントを張る場所を探しているけど、ドラゴンの住処を出発するころから、ウィオが何か言いたげにオレを見ているのには気づいていた。
 何も言わないから、聞かないでいたんだけど、今日夜営するところを見つけ、テントを張って落ち着いたところで、思い切ってウィオに質問してみよう。
 ウィオの正面にお座りをして、ウィオを見上げる。

『ウィオ、オレに何か言いたいことがあるよね?』
「いや……」
『ドラゴンに街の近くまで送ってもらった方がよかった?』
「それは目立つ」
『じゃあ、何? オレ、何か気に障ることしちゃった?』
「ルジェは、その……、ドラゴンに少し冷たくないか?」

 人にも動物にもいつもフレンドリーなオレが、ドラゴンに対して冷たいのはなぜなのか、ずっと気にしていたらしい。オレが会いたいと言って会いに行ったのに、ドラゴンに対する態度が冷たいと。もしかしたら人間の知ってはいけないことで何かあるのかもしれないと思って、自分から聞く気はなかったそうだけど。
 まあね、オレもちょっと当たりがキツイ自覚はある。

『だって、甘やかしたら調子に乗りそうだし。魔法万能なのに、使い方が雑だし』
「ルジェ……」

 嫉妬しているわけじゃないよ。攻撃魔法使ってみたかったから、ちょっとだけ羨ましいけど、それだけだよ。本当にちょっとだけね。「我が攻撃の前にひれ伏せ!」とか中二病全開でやってみたかったなあ。

『ウィオはドラゴンに一緒に来てほしかった? 使役獣にしたかった? オレが勝手に断っちゃった?』
「いや、あの巨体では隠しようがないから、気軽に旅も出来なくなる。それに、ルジェのように人の食事に興味を持ったら、食費が大変だろう」

 え? 気にするところはそこなの?
 お坊ちゃまでお金のことなんて気にしたことがないと思っていたウィオが、食費を気にするなんて。
 もしかしてオレ、食べ物にお金かけすぎ?

『お金足りない? ポーション作ろうか?』
「いや、ポーションは作らないでくれ」
『じゃあ、薬草もっと採ってくる? それとも大道芸でお金集める? 可愛い狐が芸をしてたら、おひねりたくさんもらえるよね』
「ルジェ、金は足りている。それに例え足りなくても、ルジェが金策をする必要はない。そんなことが父上に知られたら、私が怒られてしまう」

 食い倒れツアーに出ると決めてすぐ、オレの食費のためにと、お父さんがウィオのギルドカードにたくさんお金を入れてくれたらしい。しかも、ギルドがないところで何かあった場合にすぐ換金できるように、大小の宝石も持たされてるんだって。知らなかった。
 そもそも、オレたちはときどき魔物を狩ったり薬草を採ったりしはギルドで買い取ってもらっているので、収支で言えば収入のほうが多いらしい。宿とご飯にだいぶ贅沢していると思っていたけど、やっぱり貴重な薬草の買取価格がいいんだな。だからお父さんの食い倒れツアー支援金にも宝石にも、まだ手はつけていない。

「ルジェのために侯爵家で用意しているもので、何が一番高価か知っているか?」
『食べ物?』
「違う。私もシェリスに聞いて驚いたが、石鹸とオイルらしいぞ」

 ええっ? あのいい香りの石鹸、そんなに高かったの?!
 オレのために最高級品の特注で、王様よりもいいもの使ってるらしいよ。
 本当は、オレに関する全てのものにもっとお金をかけたいのに、あんまり贅沢するとオレが気後れしちゃうからって、食事もスカーフも常識の範囲内でしか贅沢してないそうだ。ただその分、石鹸にはこだわっている。
 王様からも、オレのための予算をつけるって話があったのを、お父さんが断ってくれていた。オレへの献上品も全て断ってくれていて、たまに王様への献上品から横流しされてくる素材で、おめかし用のスカーフを作ってくれていた。
 みんなが、神獣じゃなくてウィオの飼い狐でいたいっていうオレの思いをくみ取って、オレが居心地がいいようにしてくれていたのだ。
 次に帰ったときは、ちゃんとありがとうって伝えよう。

 だけどその前に、ドラゴンに対する態度が悪かったことをウィオに謝らなきゃ。

『ウィオ、ごめんね。ウィオがドラゴンに憧れてるって聞いて、ちょっとやきもち焼いちゃった』
「ルジェ……」
『ドラゴンに謝って、優しくするよ』

 ウィオが寝たら、ドラゴンに謝りに行ってこよう。八つ当たりしてごめんなさい、わざわざ会いに来てくれてありがとうって。許してもらえるなら、初対面のところからやり直そう。
 だから、呆れて見捨てないでくれると嬉しいな。
 その思いを込めて見上げるオレの脇に手を入れて、ウィオが自分の目の前までオレを持ち上げた。ウィオの綺麗な紫の瞳が、まっすぐにオレを見ている。

「ルジェ、ドラゴンは憧れだが、ルジェは相棒だろう?」
『キャン!』

 相棒だよ!
 そうだよね。オレたち相棒なんだから、いろいろ勝手に決めちゃダメだよね。ドラゴンのことも、ちゃんとウィオの考えも聞かないとダメだったよね。勝手に決めて、勝手に拗ねて、ごめんね。
 嬉しくて、ウィオの顔をベロベロしちゃう。ウィオがちょっと迷惑そうな顔をしているけど、自分でも止められないから許して。

 ウィオがドラゴンに会いたいなら、毎年会いに来よう。
 オルデキアに呼んでもいいけど、それは大騒動になりそうだから最終手段だ。それに、着陸に失敗して王都を壊されたら、ウィオと約束していても、優しくできる自信がないよ。
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