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2年目 タイロン編

13. ドラゴンステーキ

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 ぐっすり眠った翌朝、ウィオと朝ご飯を食べているんだけど、横からの視線がうるさい。ご飯食べ終わるまでは待っててよ。ステイ!

「ルジェ、ドラゴンに食べ物をあげたほうがいいか?」
『食べる?』
『いえ、私は食事は必要ありませんので』

 いらないならいいんだけど、そう言いながらも、よだれを垂らしながらオレたちを見ている。そのよだれは、食べ物に対してだよね? オレたちが美味しそうに見えてるわけじゃないよね?
 ドラゴンの言葉はウィオにも聞き取れるようになっているんだけど、ウィオはドラゴンと直接会話をするのは遠慮しているようだ。

 ドラゴンはいらないと言ったけど、じっと見られていると落ち着かなくて、食事を急いで切り上げた。食べ物ごとオレたちも食べられちゃうんじゃないかという気になってしまったのだ。
 ドラゴンの目の前で食事をしたのは失敗だったかも。人間の食べ物に興味を持って、村に突撃しないでね。

 じゃあ気を取り直して、ドラゴンの相手をしよう。

『お目にかかれて光栄です。この度はわざわざ私に会いに来てくださったのでしょうか?』

 ドラゴンがお座りみたいな恰好でオレに話しかけてくるんだけど、そもそもの大きさが全く違うから、見上げないといけないのだ。首が疲れちゃう。

『見上げるのしんどいんだけど』
『申し訳ございません!』

 ドラゴンが犬でいうところの「ふせ」のように、地べたにぺたんと伏せた。うん、これでやっと目線が同じ高さだ。座っているウィオの肩に乗って、やっと同じ高さ。ちょっと悔しい。

『それで、私に会いにいらっしゃったのは、どのようなご用件でしょう?』
『エリクサーの材料を見たかっただけだよ』
『……御方の愛し子のためでしたら、この血を、捧げます!』
『いらないよ』

 血は苦手だから、流血沙汰はやめてよね。
 それに、人が勝手にドラゴンの生き血でエリクサーが作れると思ってるだけで、エリクサーに必要なのは、ドラゴンの角だ。エリクサーを作るときに、反応の触媒として使う。ダイヤモンドカッターとかが必要になりそうな硬さだけど、角を加工する技術がそもそも人にあるんだろうか。魔法で何とかなるのかなあ。

 ドラゴンはオレがウィオのためにエリクサーを求めていると思ったみたいだけど、オレは材料がなくてもエリクサー作れるからね。
 それに、ウィオがエリクサーが必要になるような怪我をすることなんて、オレがいる限りないよ。それよりも。

『ねえウィオ、ドラゴンステーキって美味しいと思う?』
「ルジェ、さすがにそれは……」
『御方の為でしたら、この尻尾の一つや二つ、いや、一つだけしかありませんが、思い切ってこの尻尾を……!』
「ルジェ、止めなくていいのか? ドラゴンが自分で尻尾を切り落としそうだぞ」

 やだなあ。ちょっと言ってみただけだって。さすがに、目の前で切り落とされた尻尾は食べられないよ。

『トカゲみたいに生えてくるの?』
『生えませんが、御方のお望みとあらば……』
『いらないよ』

 オレはテールよりもロースが好きだ。ロースって背中のお肉だったっけ。
 ドラゴンが涙目になってるけど、肉を差し出せとか本当に言わないから。
 ドラゴンステーキってファンタジーでよくあるでしょ。だからこの世界でもあるのかなって聞いただけだから。

『ところで、なんでここにいるの?』
『……私はこの地を見守るために遣わされました。ですので、尻尾だけでご勘弁ください』

 だから、尻尾は本当にいらないって。
 このドラゴン、この山の実験動物たちの監視の役目で置かれた存在ということだ。
 ドラゴンは神が目的をもって作った幻獣だ。その目的はいろいろで、人間だったころの感覚だとそれって必要なのかなっていうのも含まれるけど、このドラゴンはきっと、予期せぬ進化をとげる動物がいたら食べちゃって、なかったことにするために作られたんだろう。
 この山で、言いつけを守って大人しくしている。強制されたわけじゃなく、そういう性格っぽい。他に同じ種族のドラゴンがいるか、興味を持ったこともないから、探したこともない。日がな一日ぼーっとしていても飽きない。それってまさに、自宅警備ってやつだよね。
 そんな中、近くにオレの気配を感じて、思わず住処を飛びだしちゃったのか。

『最後に狩ったのはいつ?』
『少し前です。強い魔物が生まれて、増えたので』
『村の捧げものよりも後?』
『あ、そのちょっと前です。その魔物を狩ったら捧げものをくれるというので、村に行きました』

 なるほど。神の危惧した強い魔物が山に生まれてしまい、それをこのドラゴンが使命として狩った。その魔物に生活を脅かされていた村人たちはドラゴンに感謝し、捧げものをしたところ、ちょっとしたアクシデントで村が壊滅した。
 あの村の人たちが、ドラゴンは魔物から自分たちを守ってくれていると信じているのは、あながち間違ってはいないということだ。
 それにしても、ドラゴンの「少し」は、百年単位らしい。さすが長命種。

『ウィオ、ドラゴンに聞きたいこととかある? 会いたかったんだよね。試しに戦ってみたりする?』
「こうして近くで会えただけで十分だ。戦っても強すぎて、訓練にはならないだろう」
『じゃあ欲しい素材とかは? 話のネタに血をもらっとく? でも採血用の注射器がないから無理か』
「ルジェ、会いたかっただけだから」

 ただ会うだけで満足したの? ウィオが満足したならいいけど、憧れてたんだから、サインをもらうみたいに、何か記念品があるといいんじゃないかな。

『鱗は? 髪の毛を抜くような感じで取れないかな?』
「ルジェ、素材は必要ない。鱗を取るのは痛そうだ」
『万が一怪我をしてもオレが治せるし。あ、自分で治せるね。抜くのがダメなら、じゃあ、牙が生え変わったりしないの? それか爪切りして、爪もらっちゃう? それならまた生えてくるし、武器になりそうだよね』

 先が少し丸まってとがった爪は、どんな魔物でも切り裂けそうだ。いい武器になるんじゃないかな。
 何を記念品にもらおうか考えていたら、ウィオが肩に乗るオレを掴んで、胸に抱きなおした。落ち着けって首の下を撫でてくれるんだけど、オレは落ち着いているよ。

「本当に必要ないから」
『ウィオがいらないならいいけど。でも、お父さんたちへのお土産に、何かもらっていこうよ。何がいいかなあ』

 ドラゴンがプルプル震えているけど、無理やり切ったり取ったりしないから、そんなに怯えた目で見ないでよ。
 あ、あそこに落ちてる鱗もらってもいい? キラキラして綺麗だからお土産にもなるし、痛くないからいいよね。
 よーし、いい形のものを探すぞ。
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