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2年目 タイロン編
6. 薬草探知犬計画
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予定通り十日間の採取から戻ったので、今日はお兄さんのハニーの料理で打ち上げだ。
採取した薬草は、領都へと運ぶものも含めてすべて、この街の薬師ギルドに一度渡した。今すぐにでも薬に変えたほうがいいもの、一夜干しのように少しだけ手を加えて領都へ運ぶもの、氷漬けにして運ぶものなど、それぞれの薬草に適した処理を、この街でしてもらう。それを馬車に積んで、明日の朝から領都へと戻ることになった。
予想以上にたくさん採れちゃったから、すべてを無駄にしないようにするために、薬師ギルド間で調整してくれたようだ。
途中で依頼内容が少し変わってしまったことを謝られたけど、生ものを扱っていればそういうことも起きるよね。
薬草の鮮度、薬師ギルドの設備、薬師の腕、薬師の数。いい薬を作るための条件を全部同時に満たすのは、難しい。
貴重な薬草が今後も定期的に手に入る可能性が出てきたことから、クノンの街の薬師ギルドをもう少し大きくしようと言う話がすでに出ているらしい。薬師ギルドと冒険者ギルドが協力すれば、そのうち薬で有名な街になるかもしれない。
難しい話は置いておいて、美味しいご飯だ。オレたちが帰る予定に合わせて、お兄さんのハニーが特別に料理を用意してくれることになっているのだ。十日間、保存食の干し肉ばっかりだったから、待ちきれないよ。
森に行く前に泊まっていた宿に部屋をとったり、お馬さんに森で採ってきた新鮮な草をあげたりしてから、打ち上げ会場のお店に着くと、食堂は帰りの馬車で一緒だった冒険者でほぼ満席だった。きっとオレたちがここで打ち上げをするに違いないと予想して、偶然を装って客として来ているに違いない。
すでにお姉さんたちが座っているオレたちの席は厨房に近い端っこなんだけど、その周りの席には、屈強な冒険者たちがぎっちりと座っている。そのお目当ては、お姉さんたちなのか、オレなのか、それとも貴重な薬草の情報なのか、どれだろう。
あ、隅っこに最初にオレの薬草を持つと言ってくれたポーターその一と、ウィオの薬草をもってくれたポーターその二もいる。後で遊びにおいでって声をかけられたから、とりあえず尻尾を振って挨拶しておいた。
あの人たちは薬草探知犬を育ててくれるかもしれないから、時間があったら話に行こう。
オレたちが席に着くと、すぐにお兄さんが料理を運んできてくれた。
「狐くんにはパオロ、兄さんにはスパイスに漬け込んだ肉を用意した。パオロは本体にはほとんど味付けをしていないから、人間はタレをつけてくれ」
『クシュン、クシュン』
パオロへの期待が高まりすぎて、嗅覚をフル稼働させていたら、ウィオのためのお肉でくしゃみが止まらない。だけど、せっかくのパオロだから、香りも含めて楽しみたいよ。くしゅん。
「この肉のスパイスのせいだ。ルジェをそっちに座らせてくれるか?」
「狐くん、ここなら大丈夫?」
『クシュン』
「狐くんの可愛いくしゃみが聞こえたが、こちらで預かろうか?」
席配置を変えても止まらないオレのくしゃみに、オレの荷物を運んでくれたポーターさんがタイミングよく声をかけてくれた。こっちの会話に耳をすませていたっぽいぞ。
ウィオには好きなものを食べてもらいたいし、このテーブルの広さだとスパイスからは逃れられそうにないから、ウィオのお肉が終わるまで、オレはポーターさんのところに避難しよう。ちょうど部屋の隅っこで窓のそばだから、周りにスパイス料理を食べている人がいなければ大丈夫だろう。
ウィオがオレを抱き上げてポーターさんに渡すと、お兄さんがパオロ三種類を二つずつ乗せたお皿をポーターさんの机に運んでくれた。
あれ? お店に入ってきたときに一緒にいた、ウィオの荷物を持ってくれたポーターさんはどこだろうと食堂を見回すと、他のテーブルの空いていた席に相席して、ウィオと同じスパイスたっぷり肉料理を食べていた。オレのために移動させられたみたいだ。
「すぐに食べ終えて行くから、狐くん、待ってて!」
「ハニーの料理はちゃんと味わえよ」
「そうだ。ゆっくりでいいぞ」
「ジーロ、抜け駆けはずるいぞ!」
お肉を終わらせないとオレに近づけないから、ウィオのポーターさんが猛然と目の前の料理を平らげ始めた。本当にちゃんと味わってる? 急ぐとのどに詰まらせちゃうよ。
まあいいや。外野は放置して、オレはオレのパオロを食べよう。この席ならくしゃみも出ないので、パオロをください。
「狐くん、この三つのどれから食べたい? 端から順番でいいかな?」
『キャン』
「もう冷めてるね。はい、あーん」
「ジーロ、お前、本当に動物が好きだったんだな」
「似合わないことは知ってるから、放っておいてくれ」
オレのポーターさんは筋骨隆々で可愛いもの好きには見えないからか、周りから冷やかされているけど、もふもふの前には体格なんて関係ない。ありとあらゆるものを虜にするのが、もふもふの魅力だ。その筋肉を余すところなく使って、もふもふを全力で愛でればいいよ。
まずは、その立派な上腕二頭筋を使って、次のパオロをオレに食べさせて。もぐもぐ、うまうま。
今日は、オレ用に三種類のパオロが用意されている。牛肉っぽいのと、鶏肉っぽいのと、野菜だ。お肉は山に住んでいる動物のもので、ほんのりと効いたハーブがアクセントになっていて、じゅわっとあふれる肉汁にお野菜の甘味が合わさって最高だ。お野菜だけのものは、出発前に食べてオレが気に入ったハーブをしっかりきかせて、お野菜だけのさっぱりとした味にスッと鼻に抜ける爽やかさを加えて、お肉のあいだの口直しに最適だ。ハニーは上級ハーブ使いだったらしい。
オレのパオロのお皿が空いたのを見計らって、お兄さんが来てくれた。
「美味しいかい?」
『キャン!』
「どれが好きかな? これ? こっち? じゃあこれ? うーん、ってことは全部?」
『キャン!』
「そっか、全部かあ。ハニーの料理を気に入ってくれて、嬉しいよ」
オレも美味しい料理が食べられて、とっても嬉しいよ。ってことで、おかわりください。
そんなオレたちのやり取りを、オレのポーターさんが満面の笑みで見守っている。
「ジーロも犬を飼ってみたらどうだ? ルジェくんが、薬草犬を広めたいらしいぞ」
「俺が飼うよ! 狐くん、お待たせ」
オレのポーターさんが答える前に、ウィオのポーターさんが自分の食事を終わらせて話に入って来た。お兄さんが白い目で見ているから、ちゃんと味わったとは判定されなかったみたいだよ。
「それで、薬草犬って、どうすれば薬草を探せるようになるんだ?」
「匂いを覚えさせて、見つけたら褒美をやればいいんじゃないか? ルジェくんはかなり頭がいいけど、犬だとどうだろうな」
「それだとやっぱり子犬から育てて覚えさせるのがいいか」
「薬草を運ぶなら、体が大きいほうがいいと思うが、エサ代がかかるよな」
「それくらい稼げないなら、飼う資格はない。俺は稼ぐぞ」
ポーターコンビで飼育計画を立て始めたから、本当に実現するかもしれない。だけどこの二人、足元が悪くて危ないからって、ワンコを抱っこして森を進みそうな気がする。ここは魔法使いのお姉さんに期待しよう。
「ルジェ、肉は食べ終わった。戻ってくるか?」
『キャン』
「まだ狐くんとお話できてないのに!」
「今日は依頼の打ち上げだ」
「じゃあ、明日、時間をくれ」
「明日出発だ」
そう言われてしまうと、ポーターコンビも何も言い返せなかったようで、名残惜しそうにオレを撫でてから、ウィオに手渡した。
「狐くん、またこの街に来てね。その時は一緒に薬草を採りに行こうね」
「それまでに、薬草犬を育てておくよ」
『キャン』
来年か再来年か分からないけど、薬草探知犬計画の進み具合を確認するためにも、上級ハーブ使いの美味しい料理を食べるためにも、また来よう。
ちなみにオレがパオロに夢中だったあいだ、お姉さんたちとウィオは、それなりに話が盛り上がったらしい。食堂の冒険者たちからは恨みのこもった目で見られているけど、内容は騎士の訓練についてだったから、三人とも仕事の話だと思っていそうだ。
せっかく旅先の非日常なんだし、ウィオにもちょっとくらいは浮いた話があってもいいのになあ、とオレが思っていたりするのは内緒だ。そんなこと、うっかり周りに知れちゃったら、下心どころか、国の威信をかけた企みごとを隠し持った人たちからハニートラップが仕掛けられそう。
採取した薬草は、領都へと運ぶものも含めてすべて、この街の薬師ギルドに一度渡した。今すぐにでも薬に変えたほうがいいもの、一夜干しのように少しだけ手を加えて領都へ運ぶもの、氷漬けにして運ぶものなど、それぞれの薬草に適した処理を、この街でしてもらう。それを馬車に積んで、明日の朝から領都へと戻ることになった。
予想以上にたくさん採れちゃったから、すべてを無駄にしないようにするために、薬師ギルド間で調整してくれたようだ。
途中で依頼内容が少し変わってしまったことを謝られたけど、生ものを扱っていればそういうことも起きるよね。
薬草の鮮度、薬師ギルドの設備、薬師の腕、薬師の数。いい薬を作るための条件を全部同時に満たすのは、難しい。
貴重な薬草が今後も定期的に手に入る可能性が出てきたことから、クノンの街の薬師ギルドをもう少し大きくしようと言う話がすでに出ているらしい。薬師ギルドと冒険者ギルドが協力すれば、そのうち薬で有名な街になるかもしれない。
難しい話は置いておいて、美味しいご飯だ。オレたちが帰る予定に合わせて、お兄さんのハニーが特別に料理を用意してくれることになっているのだ。十日間、保存食の干し肉ばっかりだったから、待ちきれないよ。
森に行く前に泊まっていた宿に部屋をとったり、お馬さんに森で採ってきた新鮮な草をあげたりしてから、打ち上げ会場のお店に着くと、食堂は帰りの馬車で一緒だった冒険者でほぼ満席だった。きっとオレたちがここで打ち上げをするに違いないと予想して、偶然を装って客として来ているに違いない。
すでにお姉さんたちが座っているオレたちの席は厨房に近い端っこなんだけど、その周りの席には、屈強な冒険者たちがぎっちりと座っている。そのお目当ては、お姉さんたちなのか、オレなのか、それとも貴重な薬草の情報なのか、どれだろう。
あ、隅っこに最初にオレの薬草を持つと言ってくれたポーターその一と、ウィオの薬草をもってくれたポーターその二もいる。後で遊びにおいでって声をかけられたから、とりあえず尻尾を振って挨拶しておいた。
あの人たちは薬草探知犬を育ててくれるかもしれないから、時間があったら話に行こう。
オレたちが席に着くと、すぐにお兄さんが料理を運んできてくれた。
「狐くんにはパオロ、兄さんにはスパイスに漬け込んだ肉を用意した。パオロは本体にはほとんど味付けをしていないから、人間はタレをつけてくれ」
『クシュン、クシュン』
パオロへの期待が高まりすぎて、嗅覚をフル稼働させていたら、ウィオのためのお肉でくしゃみが止まらない。だけど、せっかくのパオロだから、香りも含めて楽しみたいよ。くしゅん。
「この肉のスパイスのせいだ。ルジェをそっちに座らせてくれるか?」
「狐くん、ここなら大丈夫?」
『クシュン』
「狐くんの可愛いくしゃみが聞こえたが、こちらで預かろうか?」
席配置を変えても止まらないオレのくしゃみに、オレの荷物を運んでくれたポーターさんがタイミングよく声をかけてくれた。こっちの会話に耳をすませていたっぽいぞ。
ウィオには好きなものを食べてもらいたいし、このテーブルの広さだとスパイスからは逃れられそうにないから、ウィオのお肉が終わるまで、オレはポーターさんのところに避難しよう。ちょうど部屋の隅っこで窓のそばだから、周りにスパイス料理を食べている人がいなければ大丈夫だろう。
ウィオがオレを抱き上げてポーターさんに渡すと、お兄さんがパオロ三種類を二つずつ乗せたお皿をポーターさんの机に運んでくれた。
あれ? お店に入ってきたときに一緒にいた、ウィオの荷物を持ってくれたポーターさんはどこだろうと食堂を見回すと、他のテーブルの空いていた席に相席して、ウィオと同じスパイスたっぷり肉料理を食べていた。オレのために移動させられたみたいだ。
「すぐに食べ終えて行くから、狐くん、待ってて!」
「ハニーの料理はちゃんと味わえよ」
「そうだ。ゆっくりでいいぞ」
「ジーロ、抜け駆けはずるいぞ!」
お肉を終わらせないとオレに近づけないから、ウィオのポーターさんが猛然と目の前の料理を平らげ始めた。本当にちゃんと味わってる? 急ぐとのどに詰まらせちゃうよ。
まあいいや。外野は放置して、オレはオレのパオロを食べよう。この席ならくしゃみも出ないので、パオロをください。
「狐くん、この三つのどれから食べたい? 端から順番でいいかな?」
『キャン』
「もう冷めてるね。はい、あーん」
「ジーロ、お前、本当に動物が好きだったんだな」
「似合わないことは知ってるから、放っておいてくれ」
オレのポーターさんは筋骨隆々で可愛いもの好きには見えないからか、周りから冷やかされているけど、もふもふの前には体格なんて関係ない。ありとあらゆるものを虜にするのが、もふもふの魅力だ。その筋肉を余すところなく使って、もふもふを全力で愛でればいいよ。
まずは、その立派な上腕二頭筋を使って、次のパオロをオレに食べさせて。もぐもぐ、うまうま。
今日は、オレ用に三種類のパオロが用意されている。牛肉っぽいのと、鶏肉っぽいのと、野菜だ。お肉は山に住んでいる動物のもので、ほんのりと効いたハーブがアクセントになっていて、じゅわっとあふれる肉汁にお野菜の甘味が合わさって最高だ。お野菜だけのものは、出発前に食べてオレが気に入ったハーブをしっかりきかせて、お野菜だけのさっぱりとした味にスッと鼻に抜ける爽やかさを加えて、お肉のあいだの口直しに最適だ。ハニーは上級ハーブ使いだったらしい。
オレのパオロのお皿が空いたのを見計らって、お兄さんが来てくれた。
「美味しいかい?」
『キャン!』
「どれが好きかな? これ? こっち? じゃあこれ? うーん、ってことは全部?」
『キャン!』
「そっか、全部かあ。ハニーの料理を気に入ってくれて、嬉しいよ」
オレも美味しい料理が食べられて、とっても嬉しいよ。ってことで、おかわりください。
そんなオレたちのやり取りを、オレのポーターさんが満面の笑みで見守っている。
「ジーロも犬を飼ってみたらどうだ? ルジェくんが、薬草犬を広めたいらしいぞ」
「俺が飼うよ! 狐くん、お待たせ」
オレのポーターさんが答える前に、ウィオのポーターさんが自分の食事を終わらせて話に入って来た。お兄さんが白い目で見ているから、ちゃんと味わったとは判定されなかったみたいだよ。
「それで、薬草犬って、どうすれば薬草を探せるようになるんだ?」
「匂いを覚えさせて、見つけたら褒美をやればいいんじゃないか? ルジェくんはかなり頭がいいけど、犬だとどうだろうな」
「それだとやっぱり子犬から育てて覚えさせるのがいいか」
「薬草を運ぶなら、体が大きいほうがいいと思うが、エサ代がかかるよな」
「それくらい稼げないなら、飼う資格はない。俺は稼ぐぞ」
ポーターコンビで飼育計画を立て始めたから、本当に実現するかもしれない。だけどこの二人、足元が悪くて危ないからって、ワンコを抱っこして森を進みそうな気がする。ここは魔法使いのお姉さんに期待しよう。
「ルジェ、肉は食べ終わった。戻ってくるか?」
『キャン』
「まだ狐くんとお話できてないのに!」
「今日は依頼の打ち上げだ」
「じゃあ、明日、時間をくれ」
「明日出発だ」
そう言われてしまうと、ポーターコンビも何も言い返せなかったようで、名残惜しそうにオレを撫でてから、ウィオに手渡した。
「狐くん、またこの街に来てね。その時は一緒に薬草を採りに行こうね」
「それまでに、薬草犬を育てておくよ」
『キャン』
来年か再来年か分からないけど、薬草探知犬計画の進み具合を確認するためにも、上級ハーブ使いの美味しい料理を食べるためにも、また来よう。
ちなみにオレがパオロに夢中だったあいだ、お姉さんたちとウィオは、それなりに話が盛り上がったらしい。食堂の冒険者たちからは恨みのこもった目で見られているけど、内容は騎士の訓練についてだったから、三人とも仕事の話だと思っていそうだ。
せっかく旅先の非日常なんだし、ウィオにもちょっとくらいは浮いた話があってもいいのになあ、とオレが思っていたりするのは内緒だ。そんなこと、うっかり周りに知れちゃったら、下心どころか、国の威信をかけた企みごとを隠し持った人たちからハニートラップが仕掛けられそう。
応援ありがとうございます!
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