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2年目 アチェーリ編
3. 食べちゃいたい
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臆病なピクニャーを怖がらせないように、ふらふらと山の中腹をお散歩だ。
野営の準備が五日間なのは、葉っぱと花の香りに誘われて、ピクニャーが集まってくるまでにそれだけ時間がかかるかららしい。
近場は食パンくんが集めてくれているなら、オレはちょっと遠出したほうが効率がいいと思う。ということで、風上に向かって進もう。
この山、本当に不思議な生き物がたくさんいる。さっきから、オレの神気に気付いて少し離れたところからこちらをうかがっている気配がするんだけど、やっぱり動物と魔物の交配種みたいなんだよね。
この山に関する情報は、オレの知識には入っていないから、きっとこの状況を作り出した神が公開していないのだ。それは意図があってなのか、おふざけが過ぎたからなのか、なんだろうなあ。まあ公開されていないってことは、大きな問題は起きないってことなんだろう。
ただ、神様目線の小さな問題って、人からすると大きな問題だったりするから油断はならない。でもここにいても嫌な予感はしないから、悪いことは起きないはず。意図があってやっているなら、オレがここに入る前に警告があるだろうし。
周りには見たことのない植物というか、見たことのある植物から一部ちょっと変化した植物がたくさん生えている。
ものすごく巨大化しているとか、同じ形だけどすごくカラフルだとか、遊んでたら出来ちゃったって匂いがプンプンするから、これは絶対おふざけが過ぎたやつだな。
これ以上この山について考えるのはやめて、ピクニャーを探そう。
どこかなー。こっちにいるかなー。美味しい草がありますよー。美味しい香りのお届けですよー。みんなー、出ておいでー。
なんだか遠巻きにたくさんの生き物に見られている気配がするんだけど、ピクニャーなんだろうか。
ウィオもそばにいないでオレがふらふらしていたら、普通の動物であれば寄ってくるんだけど、ここの生き物たちは寄ってこない。オレとの実力差から、魔物の本能が狩られるかもしれないと警戒させているのかなあ。それと、オレのそばにいたいという動物の本能がせめぎ合っているのかも。
まあいいや、オレの今日のお仕事は、広場に美味しい草がありますよー、と草と花の香りをばらまくことだ。
そろそろ夕食の時間だから、少し離れてずっとついてきている生き物を引き連れて広場に戻ると、食パンくんが連れてきたたくさんのもふもふが草をもぐもぐと食べていた。
「ルジェ、ずいぶん遠くまで行ったんだな。ピクニャーはいなかったのか?」
『ずっと離れてついてきている生き物がいるから、多分ピクニャーだと思うんだけど』
「そうなのか。少し離れてついてきているらしい」
「初めて見る使役獣に警戒しているのか?」
何に警戒しているのか、オレにもよく分からない。
仕方がないから、しばらくこのまま隠れていることになった。早く出てきてくれないかなあ。
でもこの日は結局、オレについてきた生き物は広場に姿を現さなかった。
冒険者は、広場からピクニャーが逃げないように見張っている人を除いて、グループごとにそれぞれ広場から離れた平らなところを見つけて野営をし、迎えた二日目。
やっぱり集団が少し遠巻きにしてオレを見張ってる。うーん、どうしよう。
「昨日の奴らはどうだ?」
「今もこちらをうかがっているようだ」
「なぜ近寄ってこないんだ?」
「なぜだろうな」
ウィオがオレを見ているけど、オレだって分からないよ。
オレたちを見張る生き物の気配は他の冒険者たちも感じているようで、その辺りには近づかないようにしている。
「狐を見張ってるなら、狐も草のところにいたら、来るんじゃないか?」
「そうだな。やってみるか」
毛刈り職人の提案で、オレは草の山の上に座って待つことになった。興味を持っているオレと、好物の草が一緒のところにあれば、寄ってくるんじゃないかという予想だ。
刈りたての草の上に座ると、オレのふわふわの毛にも草の香りが移るし、毛も緑になっちゃいそうだ。雪の狐から草の狐にジョブチェンジできそう。今なら息を吹いたら、雪じゃなくてお花を吹き出せるかも。花咲か狐もメルヘンでいいよね。
食パンくんは周りをうろうろして、順調にピクニャーを連れてきているのに、オレはじっとお座りなので、さすがに飽きてきた。
ウィオも離れたところにいるから話も出来ないし、暇だなあと思っていたら、いつの間にか草の上で寝ていたようだ。
身体のいろんなところを触られているのを感じて目が覚めた。
『もうちょっと寝させて。あと五分』
『フェェェ』
ん? 何の声?
聞きなれない声に目を開けると、オレは四方八方から伸びてくる長い舌に舐められていた。その先には、厳つい顔と牙。
まって、ピクニャーに舐められてるんだけど。オレ、エサじゃないから。
神気に惹かれて「可愛い」「好き」も分かるんだけど、ときどき「美味しそう」「食べちゃいたい」って言ってるのも聞こえる。確かにオレの魔力は美味しいだろうし、オレが食べちゃいたいくらい可愛いのは分かってるけど、本当に食べるのはやめて。草食らしいから食べられないのは分かっていても、その牙で、その顔で言われると、本当に食べられてしまう気がしてくる。
それに、野生だから当然だけど、ちよっと獣臭い。可愛いもふもふに囲まれるのなら大賛成なんだけど、この状況はご遠慮したいなあ。
『ウィオ、どこ? 助けて……』
「頑張れ。終わったら風呂に入れてやるから」
『なんで起こしてくれなかったの』
「何度も声をかけたが起きなかっただろ」
ウィオはこのピクニャーの壁の向こうにいるらしい。どこからか声が聞こえたけど、助けてくれない。見捨てられちゃったよ……。
オレの首にかかっている花冠も食べようと、長い舌がお花を巻き取ろうとしているんだけど、うまく取れないようでスカーフも巻き込まれている。
『ウィオ、スカーフが汚れちゃうから外して』
「もう遅い。諦めろ」
ウィオが冷たい。
せっかくウィオの冒険者の服とお揃いで作ってもらったものなのに、ピクニャーのよだれでぐちゃぐちゃだ。
お母さん、ごめんね。冒険者の服の生地だから洗えるよね?
広場の隅の方では、草を食べるのとオレを舐めるので忙しいピクニャーを一頭ずつ捕まえて、毛刈りを始めたようだ。ときどき「キュェェェ!」と抗議の声が聞こえるけど、オレを舐めているお仲間たちは全く気にしていない。しかも、オレを取り囲んで舐めているピクニャーに、だんだんと毛を刈られてすっきりしたのも混じるようになってきた。食欲強すぎじゃない?
ラクダは塩を取るために岩を舐めるって動物番組で見たけど、オレは白っぽいけど塩じゃないよ。お餅やお饅頭だと思われてたりしないよね?
向こうの方で食パンくんも舐められているらしいから、きっと神気じゃなくて、草の香りが移っているのが美味しいんだろうなあ。
「今年は楽だな。兄さん、毎年参加しないか? 特別料金をはずむぞ。ジークもこの時期は必ず来てくれるんだ」
「旅をしているから無理だ」
いつもなら三日は待たないとここまで多くは集まらないので、冒険者たちはこの広場から出て行こうとするピクニャーの進路をふさいだり、近くにいるピクニャーを広場へ追い立てる役目があるらしい。作業自体は単純だけど、数が多いために走り回ることになるから大変だけど、今年は食パンくんと分担して匂いをばらまいたからか、勝手に集まってくれている。冒険者はあまりやることがなくて、暇そうだ。
でもウィオが断ってくれてよかった。毎年ここで生贄にされるんだったら、この山に雪を降らせて春が来ないようにしちゃうところだったよ。
野営の準備が五日間なのは、葉っぱと花の香りに誘われて、ピクニャーが集まってくるまでにそれだけ時間がかかるかららしい。
近場は食パンくんが集めてくれているなら、オレはちょっと遠出したほうが効率がいいと思う。ということで、風上に向かって進もう。
この山、本当に不思議な生き物がたくさんいる。さっきから、オレの神気に気付いて少し離れたところからこちらをうかがっている気配がするんだけど、やっぱり動物と魔物の交配種みたいなんだよね。
この山に関する情報は、オレの知識には入っていないから、きっとこの状況を作り出した神が公開していないのだ。それは意図があってなのか、おふざけが過ぎたからなのか、なんだろうなあ。まあ公開されていないってことは、大きな問題は起きないってことなんだろう。
ただ、神様目線の小さな問題って、人からすると大きな問題だったりするから油断はならない。でもここにいても嫌な予感はしないから、悪いことは起きないはず。意図があってやっているなら、オレがここに入る前に警告があるだろうし。
周りには見たことのない植物というか、見たことのある植物から一部ちょっと変化した植物がたくさん生えている。
ものすごく巨大化しているとか、同じ形だけどすごくカラフルだとか、遊んでたら出来ちゃったって匂いがプンプンするから、これは絶対おふざけが過ぎたやつだな。
これ以上この山について考えるのはやめて、ピクニャーを探そう。
どこかなー。こっちにいるかなー。美味しい草がありますよー。美味しい香りのお届けですよー。みんなー、出ておいでー。
なんだか遠巻きにたくさんの生き物に見られている気配がするんだけど、ピクニャーなんだろうか。
ウィオもそばにいないでオレがふらふらしていたら、普通の動物であれば寄ってくるんだけど、ここの生き物たちは寄ってこない。オレとの実力差から、魔物の本能が狩られるかもしれないと警戒させているのかなあ。それと、オレのそばにいたいという動物の本能がせめぎ合っているのかも。
まあいいや、オレの今日のお仕事は、広場に美味しい草がありますよー、と草と花の香りをばらまくことだ。
そろそろ夕食の時間だから、少し離れてずっとついてきている生き物を引き連れて広場に戻ると、食パンくんが連れてきたたくさんのもふもふが草をもぐもぐと食べていた。
「ルジェ、ずいぶん遠くまで行ったんだな。ピクニャーはいなかったのか?」
『ずっと離れてついてきている生き物がいるから、多分ピクニャーだと思うんだけど』
「そうなのか。少し離れてついてきているらしい」
「初めて見る使役獣に警戒しているのか?」
何に警戒しているのか、オレにもよく分からない。
仕方がないから、しばらくこのまま隠れていることになった。早く出てきてくれないかなあ。
でもこの日は結局、オレについてきた生き物は広場に姿を現さなかった。
冒険者は、広場からピクニャーが逃げないように見張っている人を除いて、グループごとにそれぞれ広場から離れた平らなところを見つけて野営をし、迎えた二日目。
やっぱり集団が少し遠巻きにしてオレを見張ってる。うーん、どうしよう。
「昨日の奴らはどうだ?」
「今もこちらをうかがっているようだ」
「なぜ近寄ってこないんだ?」
「なぜだろうな」
ウィオがオレを見ているけど、オレだって分からないよ。
オレたちを見張る生き物の気配は他の冒険者たちも感じているようで、その辺りには近づかないようにしている。
「狐を見張ってるなら、狐も草のところにいたら、来るんじゃないか?」
「そうだな。やってみるか」
毛刈り職人の提案で、オレは草の山の上に座って待つことになった。興味を持っているオレと、好物の草が一緒のところにあれば、寄ってくるんじゃないかという予想だ。
刈りたての草の上に座ると、オレのふわふわの毛にも草の香りが移るし、毛も緑になっちゃいそうだ。雪の狐から草の狐にジョブチェンジできそう。今なら息を吹いたら、雪じゃなくてお花を吹き出せるかも。花咲か狐もメルヘンでいいよね。
食パンくんは周りをうろうろして、順調にピクニャーを連れてきているのに、オレはじっとお座りなので、さすがに飽きてきた。
ウィオも離れたところにいるから話も出来ないし、暇だなあと思っていたら、いつの間にか草の上で寝ていたようだ。
身体のいろんなところを触られているのを感じて目が覚めた。
『もうちょっと寝させて。あと五分』
『フェェェ』
ん? 何の声?
聞きなれない声に目を開けると、オレは四方八方から伸びてくる長い舌に舐められていた。その先には、厳つい顔と牙。
まって、ピクニャーに舐められてるんだけど。オレ、エサじゃないから。
神気に惹かれて「可愛い」「好き」も分かるんだけど、ときどき「美味しそう」「食べちゃいたい」って言ってるのも聞こえる。確かにオレの魔力は美味しいだろうし、オレが食べちゃいたいくらい可愛いのは分かってるけど、本当に食べるのはやめて。草食らしいから食べられないのは分かっていても、その牙で、その顔で言われると、本当に食べられてしまう気がしてくる。
それに、野生だから当然だけど、ちよっと獣臭い。可愛いもふもふに囲まれるのなら大賛成なんだけど、この状況はご遠慮したいなあ。
『ウィオ、どこ? 助けて……』
「頑張れ。終わったら風呂に入れてやるから」
『なんで起こしてくれなかったの』
「何度も声をかけたが起きなかっただろ」
ウィオはこのピクニャーの壁の向こうにいるらしい。どこからか声が聞こえたけど、助けてくれない。見捨てられちゃったよ……。
オレの首にかかっている花冠も食べようと、長い舌がお花を巻き取ろうとしているんだけど、うまく取れないようでスカーフも巻き込まれている。
『ウィオ、スカーフが汚れちゃうから外して』
「もう遅い。諦めろ」
ウィオが冷たい。
せっかくウィオの冒険者の服とお揃いで作ってもらったものなのに、ピクニャーのよだれでぐちゃぐちゃだ。
お母さん、ごめんね。冒険者の服の生地だから洗えるよね?
広場の隅の方では、草を食べるのとオレを舐めるので忙しいピクニャーを一頭ずつ捕まえて、毛刈りを始めたようだ。ときどき「キュェェェ!」と抗議の声が聞こえるけど、オレを舐めているお仲間たちは全く気にしていない。しかも、オレを取り囲んで舐めているピクニャーに、だんだんと毛を刈られてすっきりしたのも混じるようになってきた。食欲強すぎじゃない?
ラクダは塩を取るために岩を舐めるって動物番組で見たけど、オレは白っぽいけど塩じゃないよ。お餅やお饅頭だと思われてたりしないよね?
向こうの方で食パンくんも舐められているらしいから、きっと神気じゃなくて、草の香りが移っているのが美味しいんだろうなあ。
「今年は楽だな。兄さん、毎年参加しないか? 特別料金をはずむぞ。ジークもこの時期は必ず来てくれるんだ」
「旅をしているから無理だ」
いつもなら三日は待たないとここまで多くは集まらないので、冒険者たちはこの広場から出て行こうとするピクニャーの進路をふさいだり、近くにいるピクニャーを広場へ追い立てる役目があるらしい。作業自体は単純だけど、数が多いために走り回ることになるから大変だけど、今年は食パンくんと分担して匂いをばらまいたからか、勝手に集まってくれている。冒険者はあまりやることがなくて、暇そうだ。
でもウィオが断ってくれてよかった。毎年ここで生贄にされるんだったら、この山に雪を降らせて春が来ないようにしちゃうところだったよ。
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