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2年目 オルデキア南部編

【閑話】オルデキア王国キュラゾの冒険者 中

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 翌朝ギルドに行くと、緊急依頼が出されていた。氷の騎士と兵士と一緒にロボ討伐だ。

「今すぐ門に向かってください。移動の馬車はギルドが用意しています」
「まじか! 氷の騎士と一緒って」
「こんな機会、二度とないぞ。俺は仲間を起こしてくるわ」

 ギルドだけでなく、街中が浮足立っている。
 冒険者たちは、たとえ緊急依頼が出ても相手がロボということで面倒だし、できれば行きたくないという雰囲気だったのに、今や新人まで参加したいと言い出している。緊急依頼が出たことを聞きつけたパン屋が、ギルドの前で昼飯用のパンを売り始めた。門の前でも別の店が携帯食を売っている。
 みんなちゃっかりしてんな。でも新人、お前らは邪魔になるから来るな。

 門の外には、たくさんの冒険者が集まっていた。この街ってこんなに冒険者いたんだな。
 いつも街中をプラプラ見回っているだけの兵士も、門番以外全員集まっていそうだ。
 まさか、ここにいる人間だけで片付けるつもりなのか? いくら氷の騎士がいても、草原中を探し回るのは厳しくないか?

「冒険者の諸君、協力感謝する。氷の騎士殿の使役獣がおとりとなってロボを集めてくれるので、諸君にはその討伐を頼みたい」
「お前ら、冒険者としての力を見せる機会だ。気合い入れろ!」

 兵士の説明に続いてギルド長が発破をかけているが、ギルド長も出るらしい。確か引退の原因は足の怪我だったと思うが、おとりがロボを連れて来るなら、動き回らなくていい。
 これは楽勝なんじゃないかと冒険者の間にも楽観的な雰囲気が広がったところに、氷の騎士が登場した。

「銀髪ってことは、あれが氷の騎士だな」
「貴族の坊ちゃんのお忍びって感じだな。あの犬っぽいのが使役獣か」
「使役獣も銀色なんだな」

 でっぷりもしていないし、貴族特有の傲慢な感じもないけれど、冒険者の格好をしていてもやっぱり俺たちとは違うし、どこか近寄りがたい雰囲気がある。兵士もギルド長も丁寧に接しているが、孤高の騎士って感じだな。
 その肩に乗っている使役獣は、ふわふわの尻尾を振っている、銀色の犬っぽい何かだ。銀色ってことはあの使役獣も氷魔法を使うんだろうか。
 ただ、おとりになると聞いて想像していたのは、ロボと同じかそれよりも大きいサイズだったのだが、あんなに小さくて大丈夫なのだろうか。あっさり食われたりしないよな?


 草原に着くと、氷の騎士が肩から使役獣を下ろして、話しかけている。どうやら使役獣は狐のようだが、狐も返事をしているから、使役獣と主人は話ができるものらしい。
 春になって緑に覆われた草原で、銀色の髪の騎士が、銀色の狐と会話している。吟遊詩人が知ったらこの場面を歌うだろうなあ。
 しばらく一人と一匹で話をしてから、狐は一気に草原へと駆け出していった。

「冒険者の乗ってきた馬車の周りに、馬を集めろ。冒険者はその周りを広がって囲うように立て」
「最初は、弓と魔法を使う奴が前だ」

 狐がロボを連れて来るのをここで待って、全員で攻撃するらしい。あの小さな狐がここにいる全員が戦わないといけないくらいの数のロボを連れてくることができるんだろうか。
 すぐそばにいる領兵たちも同じ疑問をもったらしい。

「そんなに集まってくるか?」
「昨日、あの狐にロボがうじゃうじゃと集まったらしいぞ。今日の討伐は覚悟しておけって言われたから、多分たくさん来るんだろうよ」

 もしかして最近ロボが増えたのは狐が来たからだったりして。狐が来る前から増えていたから違うか。
 まあなんにせよ、ここからなら少し遠いが、馬車の上にいる氷の騎士の魔法がよく見えそうだ。どんな上級魔法が出るのか楽しみだ。

 しばらく待っていても狐は帰ってこないので、冒険者たちも地面に座り込むものも出てきた。まさかあの狐、どっかで食われたりしないよな? あるいは逃げたりしてないよな?
 だれもが狐の心配し始めたころ、馬車の上から命令が飛んだ。馬車の屋根の上には、領兵の指揮官とギルド長、それに何人かの魔法使いも上っている。

「右前方から来るぞ。皆、準備しろ」

 言われた方を見ると、遠くに灰色の土煙が上がっているような気がする。しかもかなり広い範囲に見えるんだが。

「お、おい。あれ、まさか、全部ロボか?」
「嘘だろう……。狐、連れてき過ぎだろう!」
「狐、頑張って逃げ切るんだ! 追いつかれるぞ!」

 近くなってくると、とんでもない数のロボが、先頭を走る銀色の狐を追いかけているのが分かる。狐はふわふわの尻尾を高く上げてゆらゆらと揺らしながら、全力で走っている。

「ルジェ! 魔法が行くぞ!」
『キャン』

 狐に向かって宣言してから、氷の騎士が大量の氷の矢を、追いかけてくるロボに向かって放った。
 けれどそこには使役獣がいる。それはさすがに、狐が巻き込まれるだろう?!

「魔法を撃て!」
「使役獣にあたるかもしれません!」

 さすがにそんなことは出来ないと兵士や魔法使いが渋っているが、当の氷の騎士は気にせずバンバン氷魔法を撃ち込んでいる。狐は器用にその攻撃を避けて、一目散にこちらに向かってくる。
 それを見て、他の魔法使いや弓使いも攻撃を始めた。
 いろんな魔法が入り乱れて土煙が上がるが、その土煙の中から現れるロボの数は減っているように見えない。というよりも、ロボの群れの全体像が見えないんだが。いったいどれだけいるんだ。馬車の上からは見えているんだろうか。

「来るぞ! 剣士も構えろ!」
「各自、近くにいるロボを倒せ!」

 狐が俺たちの足元を走り抜けていった後、ロボの集団が俺たちの目の前に現れた。けれど進路をふさぐ俺たちなど眼中になく、狐を追おうと必死なようだ。
 それからは、狐へと近づこうとするロボと、それを食い止める冒険者や兵士の混戦になった。何が何だか分からないが、とにかくどこを見てもロボがいるので、とりあえず目に入ったロボから倒す。それでも次から次へとロボが現れるので、本当に倒せているのか分からなくなる。
 これは現実ではなくて、悪夢なんじゃないかと思い始めたところで、やっとロボが減って、少しして動いているロボはいなくなった。

「終わったか?」
「もうこの辺に動いているのはいなさそうだ。多すぎだろうよ」

 みんな想像以上の数のロボと戦って、疲れ切っている。草原のロボはすぐに逃げるから討伐が大変だといった奴、出てこい。全然逃げないじゃないか。なんでこんなことになったのか、あの狐は何か特別なのか?
 そう思って氷の騎士を見ると、首の周りに銀色のふわふわが巻き付いている。あれが狐か。
 倒れたロボを一か所に集めるために、足をもって引きずりながら狐を何度か見やるが、狐は氷の騎士の首に巻き付いたまま動かない。

「あの首に巻き付いているの、狐だよな」
「怯えてんのか。あんなにたくさんのロボに追いかけられて、魔法で攻撃までされて、やっぱり怖かったんだろうなあ」
「俺、狐のいるあたり魔法を撃っちゃったよ……」
「いやでも、そもそも主人である氷の騎士が撃ってたよな?」
「使役獣って、主人の命令に逆らえないんじゃないか? かわいそうに」

 ロボを集め終わったら、少し場所を移動して、今のを何度か繰り返すらしい。
 あんな状態で、またおとりになれるんだろうか。騎士の使役獣というのは過酷な役目なのかもしれない。
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