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2年目 オルデキア南部編

7. 治癒術師の育て方

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 サメっぽいのをお腹いっぱい食べて、みんなご機嫌だ。
 途中から飽きないようにソースも変えてくれたので、お腹がはちきれそうになるほど食べたよ。
 最後のほうは宿の人も、おじちゃんシェフも食堂で食べていた。美味しいものはみんなで分け合って食べると、幸せが増えるね。

 サメっぽいのは、街道が封鎖されて、このままじゃ王都に着くまでに悪くなっちゃうからと、この街で売りに出されたそうだ。結果的には街道の封鎖はすぐに解けたから、多分王都に運べたんだけど、その前に商人が買い取ってくれたから、オレの口に入ることになった。そういう意味では、ちょっとだけロボに感謝かも。

 お腹が満たされて、お酒も入って、食堂は宴会になっている。大騒ぎはしていないんだけど、なんとなく無礼講の雰囲気だ。
 オレは商人の膝の上で撫でられてるよ。美味しいものをくれたから、いくらでも撫でていいよ。でもお腹いっぱいだから、お腹は強く押さないでね。

「ルジェくんはお利口さんだね」
『キュン』
「ふわふわだねえ。いい石鹸を使ってもらってるのかな」

 うん。オレのお手入れグッズは執事さんの厳しいチェックを通過したものだから、きっといいものだよ。やっぱり商人だから、気になるのかな。
 シャンプーは毎日じゃないけど、ブラッシングは毎日だ。そのブラシも指定されていて、旅の間に壊れたときのために予備も荷物に入っている。
 執事さんとウィオによって維持されているオレの自慢の毛を堪能してね。

 ウィオは新人治癒術師くんの質問に答えている。新人治癒術師くんは勇気を振り絞ったって感じでとても遠慮がちに話しかけたんだけど、コミュニケーションの達人が間に入って上手く話を進めてくれたので、この機会にと聞きたいことを聞いているようだ。

「騎士団の治癒術師はどんな訓練をするのですか?」
「騎士団では医務官と呼ぶが、医務官になるには治癒魔法が使え、さらに基本的なポーションを作れなければならない。だから日々の訓練で怪我をした騎士の治癒だけでなく、ポーション作成も練習する」
「ポーション作りは薬師の仕事ではないんですか?」
「遠征先でポーションが尽きた場合、治癒魔法だけでは魔力が尽きるから、その場で作る」

 冒険者の治癒術師が少ないから、彼の師となって指導してくれる人がいない。ウィオのランクアップ試験のときに治癒術師が試験を受けていたけれど、それ以降はいなかったらしい。本当に少ないんだね。それで、ウィオに騎士団の治癒術師のことが聞きたかったらしい。
 前にウィオが、騎士団では戦いに支障がない怪我は治さないって言ってたけど、治癒術師の魔力と、持って行くのにも限りがあるポーションの確保が何より大切なんだろう。薬師はポーションの用意はするけど遠征について行かないから、いざとなったら治癒術師である医務官がポーションも作るらしい。確かにミディルの森で見た医務官長のポーション作りはとても手慣れていた。
 それを聞いて新人治癒術師くんがポーション作りを勉強しようかと考えているみたいだけど、先輩冒険者たちに反対されている。

「フィール、それよりも剣の訓練をした方がいいんじゃないか? 冒険者には守ってくれる騎士はいないぞ」
「騎士様、医務官は戦わないんですか?」
「遠征についていける体力は必要だが、前線には出ないので戦闘訓練はしない」
「庶民でも騎士団に入れますか? フィールには冒険者よりも騎士団のほうが合っているんじゃないかと思って」

 幼馴染の女の子が、新人治癒術師くんでも騎士団に入れるか、ウィオに質問している。
 たしかにこの新人治癒術師くんはあんまり戦闘が好きじゃないみたいだから、冒険者として討伐に参加するよりも、騎士団の後方支援のほうが向いているかもしれない。

「もし騎士団に入りたいなら紹介する。貴族の後見が欲しければそちらも紹介する」
「氷の騎士様、俺たちにもぜひ貴族のコネを」
「お前、お貴族様の相手なんかできないだろう」

 他の冒険者が乱入してきて混ぜっ返した。こういうところ、どこの冒険者も変わらないね。
 オレを撫でている商人もそれを見て笑っている。
 商人と冒険者という立場は違えど、大げさに言えばともに死線を乗り越えた仲間だから、親近感があるんだろうな。

 その夜は、遅くまでみんなで盛り上がった。
 街道封鎖のせいで足止めされてしまっていたお客さんも、むしろラッキーだったとほくほく顔だったよ。


「では我々は出発いたしますが、この宿にはお好きなだけご滞在ください」
「感謝する」
『キャン』

 荷を届ける途中の商人たちは出発する。
 でもオレたちは頑張ってお仕事したから、しばらくここでお休みさせてもらおう。
 同じ方向に進んでいるから、また会うことがあるかもしれない。気を付けてね。
 この先の街の、おススメの宿リストももらったから、活用させてもらうよ。ありがとね。

 お返しじゃないけど、ウィオは新人治癒術師くんに手紙を渡した。

「これは、騎士団のチェリオ医務官への手紙だ。王都へ行った際には、この手紙を持って騎士団を訪ねるといい」
「いきなり行っていいんですか?」
「受付で見せれば、面会の予定を取り付けてくれるはずだ」

 治癒術師は貴重だから、その日は無理でも、必ず会ってくれるんだって。
 オレも参加したミディルの森の合同討伐で、仕事をしない名ばかりの医務官の首を切ったので、やる気のある治癒術師は常時募集している。それに、騎士団に所属しないとしても、冒険者とは協力関係にあるので、数の少ない治癒術師の育成には協力してくれるはずらしい。
 いきなり訪ねていくにはハードルが高いところだから、ここでウィオに出会えたのは彼の運だ。
 オレも治癒の神獣として、彼の未来が明るいものであることを祈ろう。
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