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2年目 オルデキア南部編

6. 待望の魚料理

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 お待ちかね、特別なお魚料理の夜だ。どんな特別かなあ。

『ウィオ、どんなお魚料理だと思う?』
「わざわざ言うくらいだから、珍しいものなんだろう」
『だよね。楽しみだなあ』

 塩釜焼きとか? それともこの世界ではまだ食べたことがないお造りとか? わくわくする気持ちで尻尾がゆらゆら揺れちゃう。
 侯爵家という貴族の、超がつくお金持ちの家の飼い狐をやっているオレだから、王都で食べることができるものは多分制覇してるはず。お魚の美味しい南部ならではの料理とかだと嬉しいなあ。

 期待を胸に、ウィオの肩に乗って食堂に入ると、厨房の前の机の上にデーンと置かれた大きな物体があった。

「あれは……」
『キューゥン?』
「氷の騎士様、お待ちしておりました。王都へ運ばれる予定だったピトリークが、街道の封鎖で止められていましたので、買い取りました。どうぞお召し上がりください」

 これですよ、と示された机の上には、人間の身体よりも大きな、サメのようなものが置かれている。
 なんだか思ってたのと違うぞ。出来上がった珍しい料理が出てくるのを想像していたのに、まさか素材そのままとは。
 これってお魚? というかそもそも食用? 形状から水の中を動く生き物だっていうのは分かるけど、ウィオもその正体がよく分からないのか、反応が薄い。これ何?

「狐くん、これはとっても珍しい魚だよ。身が柔らかくて、ステーキにして食べると旨いんだが、まず手に入らない。一匹全部なんて、俺も初めてだよ」
『キュゥ』

 首をかしげていたら、美味しいご飯を作ってくれる宿のおじちゃんシェフが説明してくれた。そのニコニコ顔のおじちゃんシェフが手に持っているのは、ノコギリに見える。今からマグロの解体ショーが始まる感じかな?
 でも常に美味しい物を作ってくれるおじちゃんシェフが美味しいっていうなら、きっとすごく美味しいんだ。期待してるよ。

「おお、本当にピトリークだ」
「今日はご馳走になります」

 商人の馬車を護衛していた冒険者たちも招待されたようで、いつもより小綺麗な格好で現れた。泊っている宿はここじゃなくて安いところらしい。今日の夕食はみんなでピトリーク祭りだ。商人、本当に太っ腹。
 今食堂には、あの馬車の隊列の商人たちと冒険者が揃っていて、さらに、たまたまこの宿に泊っていた人も招待されている。その人たちの中でも、このお魚を知っている人は半分もいなくて、本物を見るのはほとんどの人が初めてらしい。本当に珍しいものみたいなので、これは商人と一緒に行動することを決めたウィオのお手柄だね。

「一番美味しいところは、昨日の功労者である氷の騎士様と使役獣にあげてください」
「分かった。騎士様、狐くん、どこがいいですか? 脂がのったところ? あっさりした柔らかいところ? 身が引き締まったところ?」
『全部!』
「全部食べたいらしい。私も頼む」

 ウィオが通訳してくれた答えに、食いしん坊だなあってみんなが笑ってる。
 だけど、珍しいものを食べる機会をせっかくもらえたんだから、全部食べたい。こんなときに遠慮なんかしてられないでしょ。尻尾がせわしなく動いちゃう。

「よしよし、じゃあまずあっさり柔らかいところから始めよう」
「親父、解体は任せろ。俺たちは魔物で慣れてる」
「こんな貴重なもの任せられるか!」

 そうだよ。美味しいところを余すことなく料理してほしいから、専門家に任せてよ。ウィオだって剣は使えるけど、きっとこの魚っぽいのをお願いしたら、食材としては台無しになっちゃうよ。
 冒険者ジョークをばっさり切り捨てて、おじちゃんシェフが手早くさばいて柵にした。それをスライスしてステーキにするようだ。
 もふもふだと直視できないのに、お魚だと思うと平気なのは、やっぱり元お魚大好き民族だったからかな。

 オレにはそのまま、ウィオにはまずは塩コショウで焼き始めると、厨房からお魚の焼ける美味しそうな香りが漂ってくる。

『クーン、キューン』
「ルジェ、もう少しだ。辛抱しろ」
『キュゥーン』

 もう香りからして美味しそうで待てないよ。椅子の上にお座りしているけど、足が動いちゃうし、ヨダレが垂れちゃう。早くー。

「まずは、春野菜のサラダです。狐くんにはいつもの野菜のドレッシングだよ」
『キャン』
「ありがとう」

 いつも料理を運んできてくれる宿の女将さんが、オレ用の野菜すりおろしドレッシングをかけたサラダを持ってきてくれた。サラダの中の葉っぱは草みたいなものだけど、草より美味しい。やっぱりオレの味覚は人の味覚に近いようだ。
 野菜から食べ始めたほうが身体にいいって聞いたことがあるけど、ちゃんと食べたから、メイン料理を早くください。

「狐くん、お待たせしたね。ピトリークのステーキだよ」
『キャン!』

 オレ用に小さく切ってお皿に乗せてくれたものが、運ばれてきた。焼き目はほとんどついていない真っ白で、見るからに柔らかそうで、いい香りがしている。蒸し焼きかな。
 いただきまーす。もぐもぐ。
 味は淡白な白身のお魚だけど、柔らかくて口の中でほろほろと崩れる。やっぱりおじちゃんシェフの料理は火加減が絶妙だね。見た目は定食って感じだし、凝った味付けや盛り付けとかではないけど、素材の味をしっかり活かしている。

 美味しくてぱくぱく食べていたら、お皿に乗っているお魚がなくなっちゃった。
 次はまだかな、と顔をあげたら、食堂のみんながこっちを見ていた。

「楽しんでくれているようでよかったです。買い取った甲斐がありました」
「狐くん、いい食べっぷりだな」

 オレががっつくところを見られていたらしい。恥ずかしいからみんなも食べてよ。美味しいし、冷めちゃうよ。

「狐くん、気に入ったみたいだね。次は身の引き締まったところを焼いたものに春野菜のソースをかけたものだよ」
『キューン』

 今度のはしっかり焼いた身に、野菜の甘味が合わさっている。これも美味しいねえ。
 盛り付けを工夫して、大きなお皿の真ん中にちょろっと載せて、周りに小さな葉っぱを散らしたら、「白身魚のソテー、春野菜のソースを添えて」っておしゃれで高級なレストランで出てくる感じだ。
 でも大切なのはやっぱり味だよね。珍しいお魚なんだからゆっくり味わって食べようと思うものの止まらなくて、あっという間になくなっちゃった。次はまだかな。

 その次に出てきたのは、香ばしく焼いた脂ののった身だ。外側はカリッとしていて、中はジューシー。ポワレってやつだね。ちょっぴりハーブが効いていて、淡白な味の引き締めになっている。
 うん、これも美味しい。オレ、美味しいしか言ってない気がする。

 珍しい素材と、それを活かしきる腕を持つおじちゃんシェフによる至福の一皿。部位と料理方法によってこんなに味も食感も変わるんだね。見た目はちょっと驚いたけど、味はピカ一。本当に美味しいよ。百点満点だ。

「狐くん、どれが気に入った? おかわりはいるかい?」
『全部お願いします!』
「全部欲しいそうだ」
「本当に食いしん坊だねえ。でもうちの料理を気に入ってくれて嬉しいよ。ちょっと待ってな」

 わーい。たくさん持ってきて。
 口の周りをペロっと舐めて、期待のこもった目で厨房を見ると、食堂の反応を窺っていたおじちゃんシェフと目が合った。みんなが美味しそうに食べているのを見て、満足そうに頷いている。
 みんな大満足だから、じゃんじゃん焼いて。お腹いっぱいになるまで食べるよ。きっと今夜で一匹丸ごと終わっちゃうね。
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