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1年目 マトゥオーソ編

【閑話】マトゥオーソ王国冒険者ギルド統括長

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 私はマトゥオーソ王国の冒険者ギルド統括長、ハマン。
 現役の時は双剣のハマンとして長く活躍した。もちろん上級ランクだ。
 引退してからギルド長を務めていたが、前ギルド統括長が引退したので、ギルド統括長としてこの国のギルドのトップに上り詰めた。
 仕事はギルドと国との調整、他国のギルドとの調整、各ギルド間の調整など、剣で魔物をぶった切るほうが楽なものばかりだ。
 出世とか正直どうでもいいんだけど、推薦されちゃったから仕方ない。

 けれど統括長になってからは波乱の日々だった。
 約六年前に隣国オルデキアに神罰が下された。
 どうやら神獣様のご降臨があって、その神獣様のご機嫌を損ねたからだという噂があるが真相は分からない。
 その後の神獣様については杳として知れなかったが、オルデキア国内の瘴気が増加し、我が国とオルデキアとの国境にあるカリスタの森にも影響は及び、増加した魔物の討伐ために冒険者ギルドも対応に追われた。

 昨年、神獣様がご降臨されオルデキア国内の瘴気を浄化されたということが、オルデキア国王より各国の王へ正式に、けれど内密に知らされたそうだ。
 私たちにその情報は届かず、オルデキア国内の瘴気が落ち着いたことは、カリスタの森の魔物の数が落ち着いたことで知った。
 今思えば、カリスタの森に五日間雪が降り続いたことがあったが、その後カリスタの森の魔物も落ち着いたので、おそらくあれは神獣様が浄化してくださったのだろう。直前に国からギルドへカリスタの森の魔物を重点的に討伐するように依頼が来ていたことから、国王も知っていたと推察できる。

 そして先ほど国王から呼び出され、神獣様がオルデキアに神罰を下されたこと、昨年から神獣様はオルデキアにご滞在され瘴気を浄化されたこと、さらにこれから神獣様の加護を持つ氷の騎士が冒険者として世界を旅するとオルデキア国王より連絡があったと知らされた。もちろん神獣様も同行し、神獣様は冒険者の使役獣として振舞われるという。
 そのため神獣様が国内に入られたらギルドに寄られるだろうからその時に渡してほしいと、国王からの書状も預かった。

 その時の私の気持ちは、一言でいうなら「なんで私が統括長の時なんだ」である。
 こんなややこしい案件、他の人の時にしてほしかった。

 国王の話を聞いて、ぶつける先のない思いを抱えながら職場に戻った私を待っていたのは、オルデキアのギルド統括長からの連絡だった。

――氷の騎士様には、全ての指名依頼を免除すると伝えてあります。ただ、国と国との争いなどでなければ、お願いは聞いていただけるでしょう。特別扱いは望んでいらっしゃいません。
――神獣様は使役獣のフリをなさっていて、スカーフにプレートをつけていらっしゃいます。とても可愛らしく、ご機嫌がよければ愛想を振りまいてくださいますよ。

 神罰を下したのは神獣様じゃないの?
 神獣様が可愛らしいってどういうこと?
 それに神獣様が使役獣のフリっていうのがいまいち分からない。
 けれどオルデキアではトラブルもなかったようだし、何とかなるんだろう。というか、何とかなって。

 それよりも世界を旅する理由が美味しいものを食べるためというのは本当なんだろうか。
 実は何か使命をお持ちで、調査だったりしないのだろうか。

 まあ考えてもどうにもならない。
 とりあえず、国王から神獣様への書状は、マトゥオーソ王国に入ってすぐのキズモに開封不可として預けておこう。カリスタの森で討伐された魔物を売りに寄られる可能性が高い。
 カリモロのギルド長にも、氷の騎士が寄ったら連絡するように言っておこう。
 何事もなく出国してくださるといいんだが。
 というか、入国しないでくださるととても嬉しい。
 隣国だから無理だと思うけど、切実に願う。来ないで。


 願いは届かず、神獣様がこの国にご来訪になったが、各地のギルドから届く報告は、なんというか不穏だ。

「統括長、キズモのギルド長から連絡が来ました。氷の騎士に手紙を渡したそうです」
「何か言っていたか?」
「特には何も。キズモの街の祭りで出し物をしてから、カリモロに向かったそうです」
「出し物? 氷魔法か?」
「使役獣に芸を披露してもらったそうです。とても賢く、子どもたちに好評だったと」

 いやいや、ちょっと待って。使役獣に芸ってどういうこと?賢いって、それはもちろん賢いよね。
 神獣様に何やらせてるんだーー!!
 知らないって強いな。神獣様に出し物をやらせたって、この国神罰下されたりしないよね?


「統括長、カリモロのギルド長から連絡が来ました。氷の騎士の使役獣は要注意だと、他のギルドにも情報を流してほしいそうです」
「何かあったのか?」
「氷の騎士が他の冒険者に素材の配分で騙されたそうで、その時に使役獣がギルド中の人間を威嚇したそうです」

 それは騙したほうが悪い。
 神獣様を怒らせてよく無事だったな。カリモロのギルド全部吹き飛んでもおかしくないでしょ。
 要注意は要注意だけど、神獣様を怒らせないように周りの人間が要注意だよ。
 頼むからみんな不用意に手を出さないでくれないかなあ。


「統括長、ガストーのギルド長から連絡が来ました。幻の果実レリアの実が手に入ったそうです。しかもかなり状態が良いと」
「王都に送るように言ったか」
「いえ。ギルドが買い取ったのは四個で、手が足りなかっただけで、まだ収穫できるものがあるそうで、それが送られてきます」

 おお、状態が良いものが手に入るのは久しぶりだな。
 ここは王に貸しを作っておくべきだろう。今後神獣様のことで何かお願いをしなければならない事態もあり得る。
 神獣様にも献上したいが、今はどちらにいらっしゃるやら。監視のようなことをして機嫌を損ねても困るので、氷の騎士の動向は報告させていない。

「統括長、レリアの実ですが、収穫した冒険者が明日から採取に向かうようです。五十個は手に入りそうだと」
「なぜ明日なんだ? 他の者が乱暴に扱うと困るが」
「持ち込んだのは最近話題に上る氷の騎士で、使役獣が香りを追って探したそうです。その使役獣がガストーの最高級宿の食事を気に入ったために三日は休むというのを、何とか一日にしてもらったそうです」

 氷の騎士の使役獣ってことは、神獣様が探されたってことだよね。五十個って偶然見つけたんじゃなくて探し回られたんだよね。
 神獣様に急がせるように催促しちゃってるけど、神罰下ったりする??

 神獣様の世界中の美味しいものを食べる旅って、本当に美味しいもののための旅なのか。
 その旅の邪魔をしちゃったけど、この国もギルドも大丈夫かな?

「統括長、レリアの実は十二個入りの箱が三箱、明日早朝から王都に向けて運ばれます」
「収穫した冒険者は食べたのか?」
「もぎたてを食べ、帰りには馬にもあげて、一箱は売らずに引き取ったということです。同行した冒険者も熟れすぎの物を食べて、とても美味しかったそうですよ。私も食べてみたいですね」

 神獣様が収穫された果物など、畏れ多くて口にできない。
 まあ、神獣様に献上しなくていいって分かったのはよかった。
 だけど馬にも食べさせるって、もしかして馬も神馬だったりするのか?

 明日届くレリアの実は、国王に献上する分を除いて、王都のギルド長に任せよう。私は触らないぞ。


 神獣様におかれましてはこの国をお楽しみいただき、何事もなく出国なさることを切に願います。
 お願いですから、この国とギルドに神罰は下さないで。
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