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SIDE ジョフリー
7. 季節の移ろい
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婚約披露パーティーも終わり、騎士団への報告も済ませ、少し落ち着いたある日。
エリサをデートに誘った。今までの関係を周りに見せるため必要に迫られてのデートではなく、ただ恋人としてのデートだ。
行き先として選んだのは、花がきれいな植物園だ。かつて花が好きな愛妃のために建てられたという離宮が、王宮で使う花や薬草のために整備され、一部公開されているところだ。
貴族ならば家の庭が整えられているし、庶民は花をめでる余裕があるものは少ない。訪れる人は多くないが、その分ゆっくりできる。
「王都にこんな場所があったのですねえ」
「私もミシェルに聞くまで知らなかった」
「全方位に抜かりのないことで」
いったいエリサの中でミシェルはどういう人物になっているのか、聞いてみたくもある。女性を口説くためには手間も暇も惜しまないと思っているのは言葉の端々から伝わるが、それに対して称賛も侮蔑も感じないのだ。
ミシェルもエリサもお互いのことを、少し変わっていて困らせることもあるが憎めない親戚と思っていそうな気がする。そういうところが、気が合うのかもしれない。
「卒業パーティーの季節ですね。去年は花を見る余裕もありませんでしたが」
「……」
春のこの時期に咲く花を見て、昨年の卒業パーティーを思い出してしまったらしい。ここに誘ったのは失敗だっただろうか。
その思いが表情に出ていたようで、エリサが慌てて否定した。
「一年が早かったなあと思っているだけです。素敵なところですね」
「気に入ってもらえたなら、誘った甲斐があったよ」
整えられている貴族の庭とは違うこの植物園が気に入ったようだ。
どんなに気丈に振る舞っていても、卒業パーティーでの一件が彼女の心を傷つけたことは確かだ。ただ、本人が気にしているそぶりを見せないので、なぐさめるために触れていい話題なのかも分からない。
「緑は好きですよ。ジョフリー様はお屋敷のお庭で見慣れているかもしれませんが」
「私は、遠征先で嫌というほど見るかな」
騎士団の遠征先は、よく言えば緑豊かなところ、街が恋しくなるところばかりだ。早く目的を達成して、戻りたいとしか思ったことがない。
情緒のかけらもない返答は、令嬢との会話では失格点を与えられるのだろうが、エリサ相手であればこれくらい砕けていても許されるはずだ。気負わず会話できて、ジョフリー自身も気が楽だ。
エリサはその答えに、それもそうですね、と笑った。
いろいろな花が植えられた区画の間に整備された歩道をゆっくり歩きながら、話を続ける。エリサはときどき立ち止まって、葉を観察したり、花をのぞき込んだりしている。
「この花をここで見ることができるのは、あと何回でしょうか」
「……辺境に行くのは、気乗りしない?」
せっかく話題が出たので、思い切って聞いてみる。
結婚式は秋に予定している。その後、いずれは辺境へと引っ越す。
本来であれば、ジョフリーが辺境へと移動するのは、ジョフリーの兄エドワードが辺境伯を継ぐときでいい。
だが、辺境伯代理夫人が現在空席となっており、さらにエリサの魔法陣の才能を考えると、エドワードへの代替わりを待たずに辺境へ移動するほうがいいのではないか、という話が出ている。
エリサの希望はまだ聞いていないが、本人は社交よりも辺境のほうがいいと言っていたくらいだから、嫌がりはしないと思っている。
「そういう意味ではありません。王都に十七年住んでいたのに、こんな素敵なところを知らなかったなんて、もったいないなと思ってしまいました」
「王都で春を迎えることは、今後あまりないかもしれないね」
移動が大変な冬を避けると、きっと春は辺境で迎えることになる。
「辺境の春はどんな花が咲きますか?」
「うーん、どうだろう。森はあるけど、花は意識したことがなかったから」
「魔物が出ては、花どころではありませんよね」
ジョフリーは、いずれ領主代理として辺境を治めることが決まっているので、子どもの頃から機会があれば辺境を訪れている。けれど、気にするのは魔物のことばかりだったので、花のことは印象にない。ジョフリーには、騎士団で覚えさせられた薬草以外の植物はよく分からない。
エリサが花にも興味があると知って、実は内心驚いているのだが、失礼に当たるのでもちろん顔には出していない。逆にエリサは今後ジョフリーに花の話を振ることはないだろう。お互いを知るには期間が足りず、こうして興味があるもの、ないものを今さら探っているのもなんだかおもしろい。
「王都にいる間に、また来よう」
「でもジョフリー様はあまりお花に興味がないでしょう? 退屈ではありませんか?」
「そういう時間も贅沢だと思うよ。それに、秋までは時間が取れないだろうし」
きっと、結婚式に向けて忙しくなる。
ジョフリーは騎士団の正装でいいが、エリサには一からドレスが作られている。本人があまり興味を示さないので、母ヴィクトリアが張り切っているが、仮縫いだなんだと女性は大変らしいので、頑張ってほしい。
エリサは曖昧な表情で笑っているので、きっと内心は面倒なんだろう。そんなふうに表情を取り繕わなくなったのが、二人の距離が少し近づいたようでうれしい。
何があっても季節は巡り、花は咲く。
これからは、どこかで花を見るとき、隣にはエリサがいるのだろう。
エリサをデートに誘った。今までの関係を周りに見せるため必要に迫られてのデートではなく、ただ恋人としてのデートだ。
行き先として選んだのは、花がきれいな植物園だ。かつて花が好きな愛妃のために建てられたという離宮が、王宮で使う花や薬草のために整備され、一部公開されているところだ。
貴族ならば家の庭が整えられているし、庶民は花をめでる余裕があるものは少ない。訪れる人は多くないが、その分ゆっくりできる。
「王都にこんな場所があったのですねえ」
「私もミシェルに聞くまで知らなかった」
「全方位に抜かりのないことで」
いったいエリサの中でミシェルはどういう人物になっているのか、聞いてみたくもある。女性を口説くためには手間も暇も惜しまないと思っているのは言葉の端々から伝わるが、それに対して称賛も侮蔑も感じないのだ。
ミシェルもエリサもお互いのことを、少し変わっていて困らせることもあるが憎めない親戚と思っていそうな気がする。そういうところが、気が合うのかもしれない。
「卒業パーティーの季節ですね。去年は花を見る余裕もありませんでしたが」
「……」
春のこの時期に咲く花を見て、昨年の卒業パーティーを思い出してしまったらしい。ここに誘ったのは失敗だっただろうか。
その思いが表情に出ていたようで、エリサが慌てて否定した。
「一年が早かったなあと思っているだけです。素敵なところですね」
「気に入ってもらえたなら、誘った甲斐があったよ」
整えられている貴族の庭とは違うこの植物園が気に入ったようだ。
どんなに気丈に振る舞っていても、卒業パーティーでの一件が彼女の心を傷つけたことは確かだ。ただ、本人が気にしているそぶりを見せないので、なぐさめるために触れていい話題なのかも分からない。
「緑は好きですよ。ジョフリー様はお屋敷のお庭で見慣れているかもしれませんが」
「私は、遠征先で嫌というほど見るかな」
騎士団の遠征先は、よく言えば緑豊かなところ、街が恋しくなるところばかりだ。早く目的を達成して、戻りたいとしか思ったことがない。
情緒のかけらもない返答は、令嬢との会話では失格点を与えられるのだろうが、エリサ相手であればこれくらい砕けていても許されるはずだ。気負わず会話できて、ジョフリー自身も気が楽だ。
エリサはその答えに、それもそうですね、と笑った。
いろいろな花が植えられた区画の間に整備された歩道をゆっくり歩きながら、話を続ける。エリサはときどき立ち止まって、葉を観察したり、花をのぞき込んだりしている。
「この花をここで見ることができるのは、あと何回でしょうか」
「……辺境に行くのは、気乗りしない?」
せっかく話題が出たので、思い切って聞いてみる。
結婚式は秋に予定している。その後、いずれは辺境へと引っ越す。
本来であれば、ジョフリーが辺境へと移動するのは、ジョフリーの兄エドワードが辺境伯を継ぐときでいい。
だが、辺境伯代理夫人が現在空席となっており、さらにエリサの魔法陣の才能を考えると、エドワードへの代替わりを待たずに辺境へ移動するほうがいいのではないか、という話が出ている。
エリサの希望はまだ聞いていないが、本人は社交よりも辺境のほうがいいと言っていたくらいだから、嫌がりはしないと思っている。
「そういう意味ではありません。王都に十七年住んでいたのに、こんな素敵なところを知らなかったなんて、もったいないなと思ってしまいました」
「王都で春を迎えることは、今後あまりないかもしれないね」
移動が大変な冬を避けると、きっと春は辺境で迎えることになる。
「辺境の春はどんな花が咲きますか?」
「うーん、どうだろう。森はあるけど、花は意識したことがなかったから」
「魔物が出ては、花どころではありませんよね」
ジョフリーは、いずれ領主代理として辺境を治めることが決まっているので、子どもの頃から機会があれば辺境を訪れている。けれど、気にするのは魔物のことばかりだったので、花のことは印象にない。ジョフリーには、騎士団で覚えさせられた薬草以外の植物はよく分からない。
エリサが花にも興味があると知って、実は内心驚いているのだが、失礼に当たるのでもちろん顔には出していない。逆にエリサは今後ジョフリーに花の話を振ることはないだろう。お互いを知るには期間が足りず、こうして興味があるもの、ないものを今さら探っているのもなんだかおもしろい。
「王都にいる間に、また来よう」
「でもジョフリー様はあまりお花に興味がないでしょう? 退屈ではありませんか?」
「そういう時間も贅沢だと思うよ。それに、秋までは時間が取れないだろうし」
きっと、結婚式に向けて忙しくなる。
ジョフリーは騎士団の正装でいいが、エリサには一からドレスが作られている。本人があまり興味を示さないので、母ヴィクトリアが張り切っているが、仮縫いだなんだと女性は大変らしいので、頑張ってほしい。
エリサは曖昧な表情で笑っているので、きっと内心は面倒なんだろう。そんなふうに表情を取り繕わなくなったのが、二人の距離が少し近づいたようでうれしい。
何があっても季節は巡り、花は咲く。
これからは、どこかで花を見るとき、隣にはエリサがいるのだろう。
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