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夏~新規事業
7. 販売開始
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七月の晴れたある日、モニター座談会での意見を取り入れて、改良した目覚まし時計の販売が開始された。
といっても、店頭でサンプルを確認してもらっての受注生産だ。現状、魔法陣を刻む技術者がエリサしかいないので、量産体制が組めない。
サンプルとして置いているのは、タイマーだ。目覚まし時計は、アラームの時間が変えられないので、サンプルとして置いていても、思ったときに鳴ってくれない。
それで、発動から五秒後に鳴るアラームを機能の説明のために置いている。
「新発売の目覚まし時計、毎日ご希望の時刻に鳴ります。こちらの高機能版では時刻を三つ設定することができます。騎士ミシェル様もお使いになっていますよ」
「どんな音が鳴るんだ?」
「はい。音はこちらと同じものです。これは音が鳴る機能の説明のためのもので、五秒後に鳴ります」
ちゃんと五秒後に鳴り始めた音に、商品を見ていた人たちが感心している。
最初はただ起動すれば音が鳴るだけのものを用意したのだが、販売を担当する従業員から「時間が来たら鳴る」という機能のほうがいいと言われ、タイマーを作った。確かに実物を見たお客さんの反応がいい。
目覚ましの時刻が三種類設定できるのは、魔法陣の設定を外部からできるようになったわけではない。その問題は解決できていないので、それぞれの時刻を刻んだ魔石を三つ入れている。ただ、魔石三つとなると大きくなるし、当然高くなる。それで、一つしか設定できない廉価版と、三つ設定できる高機能版の両方を売り出すことになった。
音の調整は、魔石が入っている箱に空けた穴を閉じると、すこし音が抑えられるという仕組みにしてある。
このあたりの仕様は長年商売に携わっている従業員たちが決めたので、エリサがしたのは、ただ魔法陣を書くことだけだ。
「一つ頼みたい。こちらの三つ設定できるほうを」
「ありがとうございます。時刻はいつにしましょうか?」
順調に注文が入っているようだ。
魔法陣技師を雇う必要がないため、魔法陣を使っている商品としては、格安の値段で販売されている。この値段は、従業員と決めた。安くして爆発的に売れては、生産が間に合わなくなる。けれどターゲットは少し裕福な庶民なので、高すぎてもいけない。それに、エリサが関われなくなって外部の魔法陣技師を頼んだ場合に赤字になるようでは困る。
それで、外部に頼んだ場合にぎりぎり利益が出る程度に設定した。クレッソン商会では初の自社開発の魔法陣製品だ。売り込みの意味でも、利益を捨てても普及を優先した。
簡単な機構だから、別の商会もすぐに参入してくるはずだ。その前に「クレッソン商会の目覚まし時計」を広めてしまいたい。
「こっちは売ってないのか?」
「はい。こちらは説明用の非売品なのですが、どのような用途を想定されていますか?」
「調薬の待ち時間を知らせてくれると、うっかり時間が過ぎることもなくていいと思ったんだ」
裏からこっそり見ているのだが、経験からもキッチンタイマーは便利だと知っているので、薬師の言葉に納得する。
試作品を作るからその薬師の連絡先を聞いてくれないかなと思って見守っていたが、商売人はぬかりなかった。
「薬師ギルドにご相談に行きたいと思うのですが、お客様のお名前を伺ってもかまいませんか?」
「ああ。ラシャだ。薬師ギルドには、私のほうからも言っておこう」
「ありがとうございます」
薬師が欲しいのなら、薬師ギルドへまとめて納品すれば、その先はさばいてくれる。大量受注につながり、販路も確保できる。さすがだな。
忙しくなりそうなので、今すでに注文が入っている分の魔法陣をさっそく書くことにしよう。
「エリサちゃん、目覚まし時計はかなり売れ行きが好評だよ。さすがだね」
「お父様、よかったです。ありがとうございます」
「エリサ、魔法陣に熱中するのはいいけれど、ミシェル様とはどうなったの?」
「お母様、ミシェル様とはまだ……。私では釣り合うのか心配です」
「エリサちゃん、そんなことないよ。こんな優秀なエリサちゃんは誰とだって釣り合うよ」
ジャンは本気でそう思ってくれていそうなので、言いづらい。すでにお互いに婚約する気はないが、それぞれ婚約話を断る口実として、なんとなく曖昧にしたままでいることに同意しているのだと。エリサはしばらく魔法陣の商品に専念したい。そのためには、今の状況は居心地も都合も良い。
セドリックとロクサーヌは上手くいっていて、正式に婚約しようという話も出ているらしい。きっと二人の婚約が成立すれば、エリサたちもはっきりさせないといけないだろう。それまでは、この状況に甘えていたい。
シェルヴァンの第二夫人の話は、目覚まし時計への出資が決まった時点でなくなった。出資の見返りにエリサを第二夫人にしたのだと思われてしまうからだ。
まあ、あの場で乗り気だったのは、シェルヴァンとエリサだけで、周りは早まるなと止めている状態だったので仕方がない。
休日のセシル見放題の権利を手放すのは惜しいが、憧れの人の生活を身近で見てしまうと夢が壊れてしまうかもしれないので、夢は夢のままにしておこう。
といっても、店頭でサンプルを確認してもらっての受注生産だ。現状、魔法陣を刻む技術者がエリサしかいないので、量産体制が組めない。
サンプルとして置いているのは、タイマーだ。目覚まし時計は、アラームの時間が変えられないので、サンプルとして置いていても、思ったときに鳴ってくれない。
それで、発動から五秒後に鳴るアラームを機能の説明のために置いている。
「新発売の目覚まし時計、毎日ご希望の時刻に鳴ります。こちらの高機能版では時刻を三つ設定することができます。騎士ミシェル様もお使いになっていますよ」
「どんな音が鳴るんだ?」
「はい。音はこちらと同じものです。これは音が鳴る機能の説明のためのもので、五秒後に鳴ります」
ちゃんと五秒後に鳴り始めた音に、商品を見ていた人たちが感心している。
最初はただ起動すれば音が鳴るだけのものを用意したのだが、販売を担当する従業員から「時間が来たら鳴る」という機能のほうがいいと言われ、タイマーを作った。確かに実物を見たお客さんの反応がいい。
目覚ましの時刻が三種類設定できるのは、魔法陣の設定を外部からできるようになったわけではない。その問題は解決できていないので、それぞれの時刻を刻んだ魔石を三つ入れている。ただ、魔石三つとなると大きくなるし、当然高くなる。それで、一つしか設定できない廉価版と、三つ設定できる高機能版の両方を売り出すことになった。
音の調整は、魔石が入っている箱に空けた穴を閉じると、すこし音が抑えられるという仕組みにしてある。
このあたりの仕様は長年商売に携わっている従業員たちが決めたので、エリサがしたのは、ただ魔法陣を書くことだけだ。
「一つ頼みたい。こちらの三つ設定できるほうを」
「ありがとうございます。時刻はいつにしましょうか?」
順調に注文が入っているようだ。
魔法陣技師を雇う必要がないため、魔法陣を使っている商品としては、格安の値段で販売されている。この値段は、従業員と決めた。安くして爆発的に売れては、生産が間に合わなくなる。けれどターゲットは少し裕福な庶民なので、高すぎてもいけない。それに、エリサが関われなくなって外部の魔法陣技師を頼んだ場合に赤字になるようでは困る。
それで、外部に頼んだ場合にぎりぎり利益が出る程度に設定した。クレッソン商会では初の自社開発の魔法陣製品だ。売り込みの意味でも、利益を捨てても普及を優先した。
簡単な機構だから、別の商会もすぐに参入してくるはずだ。その前に「クレッソン商会の目覚まし時計」を広めてしまいたい。
「こっちは売ってないのか?」
「はい。こちらは説明用の非売品なのですが、どのような用途を想定されていますか?」
「調薬の待ち時間を知らせてくれると、うっかり時間が過ぎることもなくていいと思ったんだ」
裏からこっそり見ているのだが、経験からもキッチンタイマーは便利だと知っているので、薬師の言葉に納得する。
試作品を作るからその薬師の連絡先を聞いてくれないかなと思って見守っていたが、商売人はぬかりなかった。
「薬師ギルドにご相談に行きたいと思うのですが、お客様のお名前を伺ってもかまいませんか?」
「ああ。ラシャだ。薬師ギルドには、私のほうからも言っておこう」
「ありがとうございます」
薬師が欲しいのなら、薬師ギルドへまとめて納品すれば、その先はさばいてくれる。大量受注につながり、販路も確保できる。さすがだな。
忙しくなりそうなので、今すでに注文が入っている分の魔法陣をさっそく書くことにしよう。
「エリサちゃん、目覚まし時計はかなり売れ行きが好評だよ。さすがだね」
「お父様、よかったです。ありがとうございます」
「エリサ、魔法陣に熱中するのはいいけれど、ミシェル様とはどうなったの?」
「お母様、ミシェル様とはまだ……。私では釣り合うのか心配です」
「エリサちゃん、そんなことないよ。こんな優秀なエリサちゃんは誰とだって釣り合うよ」
ジャンは本気でそう思ってくれていそうなので、言いづらい。すでにお互いに婚約する気はないが、それぞれ婚約話を断る口実として、なんとなく曖昧にしたままでいることに同意しているのだと。エリサはしばらく魔法陣の商品に専念したい。そのためには、今の状況は居心地も都合も良い。
セドリックとロクサーヌは上手くいっていて、正式に婚約しようという話も出ているらしい。きっと二人の婚約が成立すれば、エリサたちもはっきりさせないといけないだろう。それまでは、この状況に甘えていたい。
シェルヴァンの第二夫人の話は、目覚まし時計への出資が決まった時点でなくなった。出資の見返りにエリサを第二夫人にしたのだと思われてしまうからだ。
まあ、あの場で乗り気だったのは、シェルヴァンとエリサだけで、周りは早まるなと止めている状態だったので仕方がない。
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