リュッ君と僕と

時波ハルカ

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四日目

彼岸

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 ああ…、僕は、何時だか、何度でも、この光景を見ていた。

 大空洞に広がる暗くて深い穴から、何本もの立ち並ぶ鍾乳石。

 上から下へとろけるような凹凸は、こぶのように腫れ上がり、空に向かって仰ぐその姿は、まるで、ゆがんだ顔の群れが嘆いているように見える。揺らめく☆の星座の光にあおられると、それら鍾乳石は、その表情を変化させていった。

 何度も、繰り返して積み上げて…、
 何度も、潰して、潰されて…、
 何時かは、僕は積む側で…、
 何時かは、僕は崩す側で…、

 ユウキは、額の上に浮かぶ☆を見つめた。その☆は、その形で空間を抉り、失われているかの様に、真っ黒に染まっている。ユウキは、前に向き直ると、手にした槍を構え直して、その柄を鍾乳石の地面に突き立てた。そして、顔を上に上げて喉を鳴らし、その声を高く、滑らかに、鍾乳洞内に響かせていった。

「るるるるる~~~~~~」

 おおおおおおおお~~~…

 低く、高く、いろいろな声が交じり合って広がるような反響音が、地の底から這い上がるように鍾乳洞内に満たされていく。

 奈落のような穴の底から、不気味な風の唸り声が大きく広がり、鍾乳洞の端から小さな影達が一人、また一人と起き上がっていった。その数はどんどん増えていき、大空洞をぐるりと取り囲む石筍の上に次々と現れ、周りは小さな、仮面の影で一杯に埋まっていった。

 顔に被った鬼の面の、金色の四つの目が、鍾乳石を飛び移っていくユウキ達をじっと見つめている。その小さな仮面の影達は、手に持った槍を上に持ち上げると、槍の後ろ部分を鍾乳石に打ち付け、大きく音を響かせた。

 ギン!ギン!ギン!ギン!ギン!

「ユウキ!」
 ランスロットにつかまるユウキが、リュッ君の声にハッと気がつく。
「ぼんやりするな!振り落とされるぞ!」
 お腹のリュッ君が、強い口調で、ユウキに語りかける。
「今、僕、向こうからこっちを見てた…」
 ぐっと、生唾を飲み込むユウキ。リュッ君はその言葉を聞いて言葉に詰まらせると、表情を強張らせて周りを見回した。

 ギン!ギン!ギン!ギン!ギン!
 鍾乳洞の空間に、鍾乳石をやりで打ち付ける音が響き渡る。

 リュッ君は、自分を落ち着かせるかの様に、ふうう…とゆっくり、たっぷりと息を吐いた。

 竜の石柱まではまだ半分くらいの距離がある。傷だらけのランスロットには申し訳ないが、がんばってくれれば、なんとかやつらより早くたどり着けるかもしれない。

「ユウキ!気をしっかり持て!向こう側に引っ張られちゃダメだ!」
 不安げな表情を浮かべて、リュッ君の言葉を聞くユウキ。
「目の前に輝く緑の☆だけ目指すんだ!しっかり掴め!ランスロットが飛ぶぞ!」

 ユウキがランスロットの背中に強くしがみ付くと、重心を下げたランスロットが再び、鍾乳石から飛び上がった。


 黒いランスロットの足が一歩前に出る。背中に乗るユウキが目深に構えると、駆け出し、鍾乳石の断崖から大きく跳躍した。大空洞の穴の底から響く風の音が、まるで何かが呻くような声が折り重なるように舞い上がってくる。背中にまたがる少年は、その声を聞きながら、飛び越えるランスロットの背中から、ぽっかりと開いた奈落の穴を見つめた。

 柱のこぶが、まるで泣き叫ぶ幼子の顔のように歪んでいく。口を開けて、上を見上げ、地の底から這い上がる風の音にまぎれるようにうめき声を上げていく。

 もうすぐだ、もうすぐ、お前達の元に帰るんだ。

 そうして、ユウキは顔を上げて、鍾乳石を飛び越える白いランスロットを見つめた。

 赤黒い粒子に侵食されながら、体を重そうに引きずっているが、着実に竜の石柱に近付いているのがわかる。

 ユウキを乗せた黒いランスロットが、ふわりと鍾乳石の柱に降り立った。



 まただ…。

   ユウキの視点はさっきから、白いランスロットにまたがる今の自分と、黒いランスロットにまたがっているユウキの視点とで入れ替わって、今、自分がどちらの側なのか、判らなくなっていく。僕は、あの緑の☆を手に入れて、家に帰らなくてはいけないのに…、もう一人の違う僕は…

 ギン!ギン!ギン!ギン!ギン!
 槍を鍾乳石で打ち続ける音が響く。

 僕には彼らの声が聞こえている。

 みんなが、僕を捕まえて、☆の光を全て消し、下方に広がる奈落の闇に…

 自分達の元に還そうとしている。


 ランスロットが鍾乳石から飛び上がった。これはどちらのランスロットだろうか…


 下方に広がる鍾乳石の柱は、まるでつみあがった赤子の群れのような姿になっていた。苦悶の表情で空を見上げて、幾重もの折り重なる鳴き声を、鍾乳洞内の大空間に満たしていく。

 ユウキは、黒と白のランスロットの背中から、その光景を見つめていた。

 僕が戻れば、みんなは、泣き止んでくれるだろうか?

 あの子達は、あの連石を、どれほど積み上げれば、いるべき場所に帰れるだろうか…。

 僕だけ独り、ここから抜けて、差し伸べられた光に向かうことを…、



 僕は許さない。


 燃えるような赤い目で、駆け出した黒いランスロットが、高く飛び上がった。背中にまたがったユウキが手に持った槍を振りかぶり、その視線の先、鍾乳石の上にいる白いランスロットに向かって狙いを付けて投げつけた。

 鋭く飛んでくる槍が鍾乳石に突き刺さった。

 オギャアアああ

 貫かれた鍾乳石が、顔をしかめて悲鳴をあげる。

 白いランスロットは、空中に舞い上がって、それをかわし、別の鍾乳石へと飛び移った。頂上につめを立てて取り付くと、赤子のようなこぶが、オギャアアア!、と鳴き声をあげていく。白いランスロットは、苦しそうに咳き込み、膝を付いて体を崩していった。

 ガハッ!ガアア!

 苦しそうにあえいで、激しく息を切らせるランスロットに気付き、ユウキが身を乗り出し、大きく見開かれた目で見つめた。ランスロットの体から生じる赤黒い粒子の灯火がいっそう激しくなって、その体に痛々しく染みを広げていく。

「あ、あああ…」

 リュッ君が大きな声で叫ぶ。
「ユウキ、お前が目指すのは、このランスロットが目指す、あの緑の☆だ、あいつが持っている黒い☆に魅せられてはいけない!」

 ユウキは動転した表情でランスロットとリュッ君を交互に見つめる。
「でも、でも!」


 鍾乳石の柱の頂上に降り立った黒いランスロットとユウキが、突き刺さった槍を引き抜いて身構えると、その先にいる白いランスロットとユウキを見つめ、ぼそっとひとりごちた。

「みんなを置いてはいけないよ…」

 黒いユウキが槍をひるがえすと、黒いランスロットの体の粒子が広がって拡散した。
 ザアアア!
 うねりを上げて広がる黒い粒子が、無数の蝙蝠となって空洞内に飛翔した。

 目の焦点が定まらず、呆然とした表情を浮かべるユウキの手が緩んでいく。そんなユウキの様子を背中で感じ取るリュッ君が、必死でユウキに呼びかけた。

「奈落に惹かれちゃいけない!お前には戻るべき場所がある!」

 ユウキの反応が感じられない。

「くそ!」
 竜の石柱までは、まだ距離がある。

 しかし、あと一息だ。

「ランスロット!行け!ユウキがやつらに奪われる前に!」
 叫んだリュッ君がランスロットの背中にがぶりと噛みついた。

 渦巻く蝙蝠の大群が鍾乳石の空洞に渦を作って天井を埋めていく。

 最後の力を振り絞るかのように駆け上がっていく白いランスロットが、鍾乳石の柱を飛び越えていった。ユウキの体は力を失い、だらんと手が離れて背中からずれていく。そんなユウキを支えるように、リュッ君は、肩掛けを目一杯締め付けて、ランスロットの背中に噛み付いてしがみ付いた。

 黒いランスロットにまたがったユウキが、鍾乳石を飛び越えて、竜の柱に近付いていく白いランスロットを見つめている。その姿を認めると、手に持った槍を天に突き出し、前方に向かって振り下ろした。

 ギン!ギン!ギン!
 オオオオオオオオオ~~~~

 空洞内に響く音が激しく共鳴して、空間を満たしていくと、空を舞うこうもりの群れが、四方に散らばり集まった。そして、黒くて長い槍を空中に形作られていくと、その槍は一斉に白いランスロットに向かって飛んでいった。

 白いランスロットの口から苦しそうに息が切れていく。最後の力を振り絞って竜の石柱に向かうランスロットだったが、その後方での異変に気付いた。

 緑の☆が輝く竜の石柱までは、まだ距離がある。

 赤黒い粒子の染みに犯され、体の自由が利かなくなってきたランスロットは、最後の力を振り絞って大きく跳ね上がった。今までになく空中高く舞い上がると、背中を大きく逸らせ、リュッ君のほうを見た。

 背中を必死で噛み付いているリュッ君がそのことに気付くと、ランスロットは、背中のリュッ君を跳ね上げて振り払い、空中に放り投げた。

「うわわわ!」

 空中に浮かんだリュッ君とユウキをその口で掴むランスロット。そのままくるっと一回転すると、ユウキとリュッ君を前方に向かって勢い良く打ち出した。

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