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後編
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巫女のバイトは、お守り作り、だけではなかった。神社で働くのだから、境内や社務所の掃除や片付け、参拝に来るおじいちゃんおばあちゃんの話し相手とか、やることはたくさんあった。大学の授業終わりに、何かと忙しく働いてはいるが、ファミレスのバイトに比べれば、ゆったりとしている。
「優月。掃き掃除は終わったか?」
「うーん、あとちょっと。何かあった?」
「お茶を淹れて、休憩しないかと思ってな」
「分かった。すぐ行くね」
快適に過ごしているのは、叶のおかげが大きい。見た目は子どもだけれど、本来の姿は優月と同じか少し年上。実際の生きている年数はもっともっと長いらしい。雇い主で神様の叶への接し方が分からなくて、五、六歳の子に敬語を使うことにも慣れず。
「最初にも言ったが、別に敬語でなくて構わない。とはいえ、子ども扱いされるのも俺が慣れていないから、間を取って、同い年のように接するのはどうだ。俺もそうする」
「同い年……」
「俺のことは叶でいい、俺も君のことは優月と呼ぶ。嫌か?」
「嫌、じゃない。全然」
それから、少しずつ叶との距離感にも慣れてきた。休憩に一緒にお茶をして、のんびりすることもしばしば。せっかくならと、優月が持ってくるようになったお菓子の中で、叶のお気に入りは、サワークリーム味のポテトチップスだった。今日持ってきたのは、次点で気に入っている枝豆味のスナック。
「枝豆のやつか。いただこう」
「今度は、ピスタチオ味のとか持ってこようかな」
「美味しいのか、それは」
「うん」
叶が気に入るお菓子は何故かパッケージが緑なことが多いから、色々な緑のお菓子を試してみようと、優月は密かに考えていた。
「ところで、その年季の入った冊子は?」
「ああ、これを見せようと思っていたんだ。お守りの作り方が詳しく書かれている。前任の巫女が書いた覚書みたいなものだ」
叶に手渡された冊子を開くと、さらさらと流れるような字が書かれていた。達筆すぎて読むのが難しい。眉間に皺を寄せている優月を見て、叶は横から覗き込み、すらすらと読み上げて見せた。
「えっ、すごい」
「慣れれば簡単だ。お守りはあのミシンがあれば作れそうか?」
「うん。材料になる生地はたくさんあるんだよね」
「元は着物で、使わなくなったものがな」
叶が読み上げてくれた作り方は、大まかには生地を袋状に縫って、形を整えて、二重叶結びというお守りではよく見られる結び方をした紐で口を閉じる、といったものだ。願いが叶うとされる二重叶結びはやったことはないが、練習すれば何とかなりそうだ。お守り自体は難なく出来るだろう。
「あ、アイロンがあると、助かるかも。お守りの形を整える時、綺麗にしたいし」
「分かった。どこかには置いてあっただろうから、探してみよう」
「お守りの外側は問題なく作れると思うけど、中身って何を入れるの?」
「見てみるといい」
叶は、優月の鞄を指さした。いつも持ち歩いているお守りのことを言っているのだろう。優月は、お守りの口をそっと開けて、中を覗いてみた。だが、何も入っていない。
「何も、ないけど」
「俺が渡したかんざしは持っていないのか」
「鞄の中に。傷がつかないように扇子カバーを応用してかんざし入れを作ってみたんだ」
ガラス玉の紅色、撫子色に合わせて白地に花の咲いた生地で作ってみた、なかなかの自信作だ。
「ほう、器用だな。だが、かんざしは出来るだけ付けていてくれ。これは気とかそういうものをはっきり見るためのものだ」
「私、かんざしの付け方分からないよ」
「仕方ないな」
叶は、優月の後ろにまわって、髪を結い上げ始めた。叶の指先が耳に触れて優月は驚いて肩を揺らしたが、叶は気にせず続けている。結び目を顔の横に持って来て、そこへかんざしを飾り立てた。耳元でしゃらりと音がするのが心地いい。
「かんざし一本で止めるやり方もあるが、こっちの方が楽だろうからな。似合っている」
「あ、ありがとう」
下手にお世辞で可愛いと言われるよりも、まっすぐな目で似合う、と言われた方が嬉しくなる。優月は右手でかんざしに触れて、微笑んだ。
もう一度、お守りの中を見てみると、綺麗な緑色をした糸がふわふわと泳ぐようにそこにいた。陽の気が、お守りの中に入れられている。
「基本お守りは開けてはならないと言われるのは、中に入れた気が逃げてしまうからだ」
「えっ、じゃあこの妖避けの効果もなくなっちゃう?」
「戻せば問題ないが、せっかくだから強化しておこう。口をこっちに向けてくれ」
言う通りに、お守りの口を叶の方へ向ける。叶は、ガラス玉からそっと糸のような気を取り出して、指先を使ってお守りの中まで誘導していった。この色は、常盤色だ。濃い緑色で松や杉のような常に緑色の木々を指す。
「よし、閉じていいぞ」
叶の合図で、お守りの口をきゅっと絞った。ほんのり温かく感じるのは神様である叶の手を離れたばかりの気が入っているからだろうか。
「あの……神様の気を入れる、そんな大事な袋を私が作っていいの?」
「視える人間が、何を入れるか分かっていて作る方がいい。何も知らないよりな」
「分かった。じゃあ、頑張ります」
「優月。掃き掃除は終わったか?」
「うーん、あとちょっと。何かあった?」
「お茶を淹れて、休憩しないかと思ってな」
「分かった。すぐ行くね」
快適に過ごしているのは、叶のおかげが大きい。見た目は子どもだけれど、本来の姿は優月と同じか少し年上。実際の生きている年数はもっともっと長いらしい。雇い主で神様の叶への接し方が分からなくて、五、六歳の子に敬語を使うことにも慣れず。
「最初にも言ったが、別に敬語でなくて構わない。とはいえ、子ども扱いされるのも俺が慣れていないから、間を取って、同い年のように接するのはどうだ。俺もそうする」
「同い年……」
「俺のことは叶でいい、俺も君のことは優月と呼ぶ。嫌か?」
「嫌、じゃない。全然」
それから、少しずつ叶との距離感にも慣れてきた。休憩に一緒にお茶をして、のんびりすることもしばしば。せっかくならと、優月が持ってくるようになったお菓子の中で、叶のお気に入りは、サワークリーム味のポテトチップスだった。今日持ってきたのは、次点で気に入っている枝豆味のスナック。
「枝豆のやつか。いただこう」
「今度は、ピスタチオ味のとか持ってこようかな」
「美味しいのか、それは」
「うん」
叶が気に入るお菓子は何故かパッケージが緑なことが多いから、色々な緑のお菓子を試してみようと、優月は密かに考えていた。
「ところで、その年季の入った冊子は?」
「ああ、これを見せようと思っていたんだ。お守りの作り方が詳しく書かれている。前任の巫女が書いた覚書みたいなものだ」
叶に手渡された冊子を開くと、さらさらと流れるような字が書かれていた。達筆すぎて読むのが難しい。眉間に皺を寄せている優月を見て、叶は横から覗き込み、すらすらと読み上げて見せた。
「えっ、すごい」
「慣れれば簡単だ。お守りはあのミシンがあれば作れそうか?」
「うん。材料になる生地はたくさんあるんだよね」
「元は着物で、使わなくなったものがな」
叶が読み上げてくれた作り方は、大まかには生地を袋状に縫って、形を整えて、二重叶結びというお守りではよく見られる結び方をした紐で口を閉じる、といったものだ。願いが叶うとされる二重叶結びはやったことはないが、練習すれば何とかなりそうだ。お守り自体は難なく出来るだろう。
「あ、アイロンがあると、助かるかも。お守りの形を整える時、綺麗にしたいし」
「分かった。どこかには置いてあっただろうから、探してみよう」
「お守りの外側は問題なく作れると思うけど、中身って何を入れるの?」
「見てみるといい」
叶は、優月の鞄を指さした。いつも持ち歩いているお守りのことを言っているのだろう。優月は、お守りの口をそっと開けて、中を覗いてみた。だが、何も入っていない。
「何も、ないけど」
「俺が渡したかんざしは持っていないのか」
「鞄の中に。傷がつかないように扇子カバーを応用してかんざし入れを作ってみたんだ」
ガラス玉の紅色、撫子色に合わせて白地に花の咲いた生地で作ってみた、なかなかの自信作だ。
「ほう、器用だな。だが、かんざしは出来るだけ付けていてくれ。これは気とかそういうものをはっきり見るためのものだ」
「私、かんざしの付け方分からないよ」
「仕方ないな」
叶は、優月の後ろにまわって、髪を結い上げ始めた。叶の指先が耳に触れて優月は驚いて肩を揺らしたが、叶は気にせず続けている。結び目を顔の横に持って来て、そこへかんざしを飾り立てた。耳元でしゃらりと音がするのが心地いい。
「かんざし一本で止めるやり方もあるが、こっちの方が楽だろうからな。似合っている」
「あ、ありがとう」
下手にお世辞で可愛いと言われるよりも、まっすぐな目で似合う、と言われた方が嬉しくなる。優月は右手でかんざしに触れて、微笑んだ。
もう一度、お守りの中を見てみると、綺麗な緑色をした糸がふわふわと泳ぐようにそこにいた。陽の気が、お守りの中に入れられている。
「基本お守りは開けてはならないと言われるのは、中に入れた気が逃げてしまうからだ」
「えっ、じゃあこの妖避けの効果もなくなっちゃう?」
「戻せば問題ないが、せっかくだから強化しておこう。口をこっちに向けてくれ」
言う通りに、お守りの口を叶の方へ向ける。叶は、ガラス玉からそっと糸のような気を取り出して、指先を使ってお守りの中まで誘導していった。この色は、常盤色だ。濃い緑色で松や杉のような常に緑色の木々を指す。
「よし、閉じていいぞ」
叶の合図で、お守りの口をきゅっと絞った。ほんのり温かく感じるのは神様である叶の手を離れたばかりの気が入っているからだろうか。
「あの……神様の気を入れる、そんな大事な袋を私が作っていいの?」
「視える人間が、何を入れるか分かっていて作る方がいい。何も知らないよりな」
「分かった。じゃあ、頑張ります」
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