3 / 16
前編
3
しおりを挟む
「はい、終わったよ」
「もう出来たのか」
「裂け方が意外と綺麗だったから」
着物を受け取った彼は、羽織ると腕を動かして袖が引っかからないことを確認していた。その場でくるりと一周する間に、きちんと元通りに着付けが済んでいて、優月は目を擦った。見間違いかもしれない。
「助かった。礼を言う」
「その耳飾りも直そうか?」
彼がくるりと回った時に見えた、耳飾りが気になった。長めの赤いタッセルが付いているのだが、先が不揃いで幼い子どもが作ったもののようだった。
「ああ、これはこのままでいいんだ。ところで、お人好しの性格を直したいと言っていたが、直す必要あるのか?」
「えっ、なんで知って」
「参拝の時に言っていただろう」
「心の中でしか、言ってない、のに……」
「神だからな。話してみるといい」
優月は、彼から距離を取るように後ろに下がった。裂けた着物が気になって、アンティークのミシンに気を取られて、帰ろうとしていたことを忘れていた。
「……君、目がいいのなら視えるはずだ」
彼は、優月の前にコトリと何かを置いた。それは、かんざしだった。水晶玉が連なるように三つ、飾り付けられていて、持ち上げれば、しゃらりと音が鳴った。
「!」
彼の周りを舞う、色鮮やかな、いくつもの糸のような綿のようなものが視えた。窓から入る光でキラキラと輝くそれは、人智を超えた神聖なものであると、肌で感じた。本能がそう告げていた。
「我が名は、叶。願いを叶える神だ。願いを言ってみるといい、人間よ」
「ほ、本当に、神様、だったの……」
さっきまで威厳たっぷりに微笑んでいたのに、叶はきょとんとして言った。
「ここまで来て信じていなかったのか。信じていないのに、俺の着物を直したのか」
馬鹿にしたような、呆れたような、とんだお人好しだ、という言葉が続くと思い、優月は身構えた。それは今までも嫌というほど言われてきた。分かっている。
「君、すごいな」
心底、感心した、という口調だった。どうして、という言葉は出てこなくて、優月は叶を見つめ返した。
「相手が神だからではなく、困っているから助ける、と決断出来るのはすごいことだ。強い心がある」
「そんな、こと」
「それは、強さだ。誇っていい」
瞬きの合間に、涙が一筋ほろりと零れ落ちた。優月は、自分自身でそれに驚いて頬に手をやった。嬉しかった、のだろうか。嬉しいと思うよりも前に涙が落ちた。目元に残った涙を拭って、叶を見た。その顔を見て、この気持ちは嬉しいというより、安心した、といった方が近いかもしれないと思った。
「話、聞いてもらって、いいですか」
「もちろん。話してみろ、と言ったのは、こっちだからな」
「もう出来たのか」
「裂け方が意外と綺麗だったから」
着物を受け取った彼は、羽織ると腕を動かして袖が引っかからないことを確認していた。その場でくるりと一周する間に、きちんと元通りに着付けが済んでいて、優月は目を擦った。見間違いかもしれない。
「助かった。礼を言う」
「その耳飾りも直そうか?」
彼がくるりと回った時に見えた、耳飾りが気になった。長めの赤いタッセルが付いているのだが、先が不揃いで幼い子どもが作ったもののようだった。
「ああ、これはこのままでいいんだ。ところで、お人好しの性格を直したいと言っていたが、直す必要あるのか?」
「えっ、なんで知って」
「参拝の時に言っていただろう」
「心の中でしか、言ってない、のに……」
「神だからな。話してみるといい」
優月は、彼から距離を取るように後ろに下がった。裂けた着物が気になって、アンティークのミシンに気を取られて、帰ろうとしていたことを忘れていた。
「……君、目がいいのなら視えるはずだ」
彼は、優月の前にコトリと何かを置いた。それは、かんざしだった。水晶玉が連なるように三つ、飾り付けられていて、持ち上げれば、しゃらりと音が鳴った。
「!」
彼の周りを舞う、色鮮やかな、いくつもの糸のような綿のようなものが視えた。窓から入る光でキラキラと輝くそれは、人智を超えた神聖なものであると、肌で感じた。本能がそう告げていた。
「我が名は、叶。願いを叶える神だ。願いを言ってみるといい、人間よ」
「ほ、本当に、神様、だったの……」
さっきまで威厳たっぷりに微笑んでいたのに、叶はきょとんとして言った。
「ここまで来て信じていなかったのか。信じていないのに、俺の着物を直したのか」
馬鹿にしたような、呆れたような、とんだお人好しだ、という言葉が続くと思い、優月は身構えた。それは今までも嫌というほど言われてきた。分かっている。
「君、すごいな」
心底、感心した、という口調だった。どうして、という言葉は出てこなくて、優月は叶を見つめ返した。
「相手が神だからではなく、困っているから助ける、と決断出来るのはすごいことだ。強い心がある」
「そんな、こと」
「それは、強さだ。誇っていい」
瞬きの合間に、涙が一筋ほろりと零れ落ちた。優月は、自分自身でそれに驚いて頬に手をやった。嬉しかった、のだろうか。嬉しいと思うよりも前に涙が落ちた。目元に残った涙を拭って、叶を見た。その顔を見て、この気持ちは嬉しいというより、安心した、といった方が近いかもしれないと思った。
「話、聞いてもらって、いいですか」
「もちろん。話してみろ、と言ったのは、こっちだからな」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~
鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました!🌸平安の世、目の中に未来で起こる凶兆が視えてしまう、『星詠み』の力を持つ、藤原宵子(しょうこ)。その呪いと呼ばれる力のせいで家族や侍女たちからも見放されていた。
ある日、急きょ東宮に入内することが決まる。東宮は入内した姫をことごとく追い返す、冷酷な人だという。厄介払いも兼ねて、宵子は東宮のもとへ送り込まれた。とある、理不尽な命令を抱えて……。
でも、実際に会った東宮は、冷酷な人ではなく、まるで太陽のような人だった。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
時守家の秘密
景綱
キャラ文芸
時守家には代々伝わる秘密があるらしい。
その秘密を知ることができるのは後継者ただひとり。
必ずしも親から子へ引き継がれるわけではない。能力ある者に引き継がれていく。
その引き継がれていく秘密とは、いったいなんなのか。
『時歪(ときひずみ)の時計』というものにどうやら時守家の秘密が隠されているらしいが……。
そこには物の怪の影もあるとかないとか。
謎多き時守家の行く末はいかに。
引き継ぐ者の名は、時守彰俊。霊感の強い者。
毒舌付喪神と二重人格の座敷童子猫も。
*エブリスタで書いたいくつかの短編を改稿して連作短編としたものです。
(座敷童子猫が登場するのですが、このキャラをエブリスタで投稿した時と変えています。基本的な内容は変わりありませんが結構加筆修正していますのでよろしくお願いします)
お楽しみください。


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
花好きカムイがもたらす『しあわせ』~サフォークの丘 スミレ・ガーデンの片隅で~
市來茉莉(茉莉恵)
キャラ文芸
【私にしか見えない彼は、アイヌの置き土産。急に店が繁盛していく】
父が経営している北国ガーデンカフェ。ガーデナーの舞は庭の手入れを担当しているが、いまにも閉店しそうな毎日……
ある日、黒髪が虹色に光るミステリアスな男性が森から現れる。なのに彼が見えるのは舞だけのよう? でも彼が遊びに来るたびに、不思議と店が繁盛していく
繁盛すればトラブルもつきもの。 庭で不思議なことが巻き起こる
この人は幽霊? 森の精霊? それとも……?
徐々にアイヌとカムイの真相へと近づいていきます
★第四回キャラ文芸大賞 奨励賞 いただきました★
※舞の仕事はガーデナー、札幌の公園『花のコタン』の園芸職人。
自立した人生を目指す日々。
ある日、父が突然、ガーデンカフェを経営すると言い出した。
男手ひとつで育ててくれた父を放っておけない舞は仕事を辞め、都市札幌から羊ばかりの士別市へ。父の店にあるメドウガーデンの手入れをすることになる。
※アイヌの叙事詩 神様の物語を伝えるカムイ・ユーカラの内容については、専門の書籍を参照にしている部分もあります。
貧乏神の嫁入り
石田空
キャラ文芸
先祖が貧乏神のせいで、どれだけ事業を起こしても失敗ばかりしている中村家。
この年もめでたく御店を売りに出すことになり、長屋生活が終わらないと嘆いているいろりの元に、一発逆転の縁談の話が舞い込んだ。
風水師として名を馳せる鎮目家に、ぜひともと呼ばれたのだ。
貧乏神の末裔だけど受け入れてもらえるかしらと思いながらウキウキで嫁入りしたら……鎮目家の虚弱体質な跡取りのもとに嫁入りしろという。
貧乏神なのに、虚弱体質な旦那様の元に嫁いで大丈夫?
いろりと桃矢のおかしなおかしな夫婦愛。
*カクヨム、エブリスタにも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる