新米神様とバイト巫女は、こいねがう

鈴木しぐれ

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前編

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「はい、終わったよ」
「もう出来たのか」
「裂け方が意外と綺麗だったから」

 着物を受け取った彼は、羽織ると腕を動かして袖が引っかからないことを確認していた。その場でくるりと一周する間に、きちんと元通りに着付けが済んでいて、優月は目を擦った。見間違いかもしれない。

「助かった。礼を言う」
「その耳飾りも直そうか?」

 彼がくるりと回った時に見えた、耳飾りが気になった。長めの赤いタッセルが付いているのだが、先が不揃いで幼い子どもが作ったもののようだった。

「ああ、これはこのままでいいんだ。ところで、お人好しの性格を直したいと言っていたが、直す必要あるのか?」
「えっ、なんで知って」
「参拝の時に言っていただろう」

「心の中でしか、言ってない、のに……」
「神だからな。話してみるといい」

 優月は、彼から距離を取るように後ろに下がった。裂けた着物が気になって、アンティークのミシンに気を取られて、帰ろうとしていたことを忘れていた。

「……君、目がいいのなら視えるはずだ」

 彼は、優月の前にコトリと何かを置いた。それは、かんざしだった。水晶玉が連なるように三つ、飾り付けられていて、持ち上げれば、しゃらりと音が鳴った。

「!」

 彼の周りを舞う、色鮮やかな、いくつもの糸のような綿のようなものが視えた。窓から入る光でキラキラと輝くそれは、人智を超えた神聖なものであると、肌で感じた。本能がそう告げていた。

「我が名は、かなう。願いを叶える神だ。願いを言ってみるといい、人間よ」
「ほ、本当に、神様、だったの……」

 さっきまで威厳たっぷりに微笑んでいたのに、叶はきょとんとして言った。

「ここまで来て信じていなかったのか。信じていないのに、俺の着物を直したのか」

 馬鹿にしたような、呆れたような、とんだお人好しだ、という言葉が続くと思い、優月は身構えた。それは今までも嫌というほど言われてきた。分かっている。

「君、すごいな」

 心底、感心した、という口調だった。どうして、という言葉は出てこなくて、優月は叶を見つめ返した。

「相手が神だからではなく、困っているから助ける、と決断出来るのはすごいことだ。強い心がある」
「そんな、こと」
「それは、強さだ。誇っていい」

 瞬きの合間に、涙が一筋ほろりと零れ落ちた。優月は、自分自身でそれに驚いて頬に手をやった。嬉しかった、のだろうか。嬉しいと思うよりも前に涙が落ちた。目元に残った涙を拭って、叶を見た。その顔を見て、この気持ちは嬉しいというより、安心した、といった方が近いかもしれないと思った。

「話、聞いてもらって、いいですか」
「もちろん。話してみろ、と言ったのは、こっちだからな」

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