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前編
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「バイト、探さなくちゃ……」
自分を鼓舞するために声に出したものの、その弱々しさに思わず苦笑いした。
大学からの帰り道、先週までなら急いでバイト先に向かっていた時間だが、今は帰路についている。あんなことがなければ、と何度も考えてしまう。
ふと、塀に貼られたチラシが目に付いた。
『巫女のアルバイト募集中』
巫女といえば、お正月におみくじや御神酒を渡すくらいのイメージしかなかった。初夏にも仕事はあるのかと、思ったのが正直な感想だった。巫女は、髪を染めているのは駄目だと聞いたことがある。幸い、肩にかかる髪は黒髪だ。今まさにバイトを探している身、話だけでも聞いてみたい。
「よし」
彼女――東条優月は、視線を上へと向けた。目の前の長い石段がある。長年使われているからか、石はところどころすり減っていて、気を付けないとつまずいてしまいそうだ。一番上まで来ると、朱色の鳥居が出迎えてくれる。清廉な空気に満ちていて、気持ちが落ち着くような、深呼吸がしたくなるような心地がした。
「あのー、すみません」
境内には誰もいない。社務所に行けば誰かいるかもしれないが、その前に神社の来たのだから、参拝をしていくことにした。財布から出した五円玉を賽銭箱へ。よく見かけるしめ縄のついた大きな鈴はなく、賽銭箱の横の小さめの台にハンドベルがちょこんと置いてある。アンティークのベルで、細工が繊細で綺麗だ。台の上には、但し書きも添えてあった。
『参拝の際、このベルを鳴らすこと。こいねがう強い想いがあるのなら』
優月は、変わったルールだと思いつつも、その通りにした。少し重みのあるベルを左右に振ると、リンと涼やかな音が境内に響いた。その後は作法に則って、二礼二拍手一礼。手を合わせたまま、心の中で願った。
――このお人好しな性格を直せますように、と。
「お、依頼か」
品のある落ち着いた若い男性の声がした。バイト募集のチラシに引かれて気軽に来たけれど、神社ならではのしきたりがあったらどうしようと、今更ながらに緊張してきてしまった。
声のした方に視線をやると、声の印象とは違う、小柄な男の子が立っていた。七、八歳くらいだろうか、七五三のお祝いで着るような着物を身に纏っている。目が合うと、少年はゆっくりとこちらに歩いてきた。
「あぐっ」
少年は、着物に足を取られて転んでしまった。見事に顔からいっていて、見ているだけで痛そうだった。
「大丈夫?」
「ん? 君、俺が視えるのか」
優月の喉を、ひゅっと空気が通った。この少年は、人間じゃない。
優月は、昔から妖や幽霊といった人ならざる者が視えることがある。遭遇した時には驚くが、同じく視えていた祖母からもらったお守りを出すと、そういうものは逃げ出していく。だから、あまり日常生活には影響してこなかった。
いつも通り、お守りをしっかりと握りしめて、少年の前に突き出した。
「え、あれ……?」
少年は、逃げ出すどころか、興味津々にお守りを観察していた。
「なんで」
「こんなもので退散する奴らと同じにされては困る。俺は、神、だからな」
「神様……?」
無駄に目がいい優月でも、神様は視たことがなかった。でも、こんな子どもが神様だと言われても。
自分を鼓舞するために声に出したものの、その弱々しさに思わず苦笑いした。
大学からの帰り道、先週までなら急いでバイト先に向かっていた時間だが、今は帰路についている。あんなことがなければ、と何度も考えてしまう。
ふと、塀に貼られたチラシが目に付いた。
『巫女のアルバイト募集中』
巫女といえば、お正月におみくじや御神酒を渡すくらいのイメージしかなかった。初夏にも仕事はあるのかと、思ったのが正直な感想だった。巫女は、髪を染めているのは駄目だと聞いたことがある。幸い、肩にかかる髪は黒髪だ。今まさにバイトを探している身、話だけでも聞いてみたい。
「よし」
彼女――東条優月は、視線を上へと向けた。目の前の長い石段がある。長年使われているからか、石はところどころすり減っていて、気を付けないとつまずいてしまいそうだ。一番上まで来ると、朱色の鳥居が出迎えてくれる。清廉な空気に満ちていて、気持ちが落ち着くような、深呼吸がしたくなるような心地がした。
「あのー、すみません」
境内には誰もいない。社務所に行けば誰かいるかもしれないが、その前に神社の来たのだから、参拝をしていくことにした。財布から出した五円玉を賽銭箱へ。よく見かけるしめ縄のついた大きな鈴はなく、賽銭箱の横の小さめの台にハンドベルがちょこんと置いてある。アンティークのベルで、細工が繊細で綺麗だ。台の上には、但し書きも添えてあった。
『参拝の際、このベルを鳴らすこと。こいねがう強い想いがあるのなら』
優月は、変わったルールだと思いつつも、その通りにした。少し重みのあるベルを左右に振ると、リンと涼やかな音が境内に響いた。その後は作法に則って、二礼二拍手一礼。手を合わせたまま、心の中で願った。
――このお人好しな性格を直せますように、と。
「お、依頼か」
品のある落ち着いた若い男性の声がした。バイト募集のチラシに引かれて気軽に来たけれど、神社ならではのしきたりがあったらどうしようと、今更ながらに緊張してきてしまった。
声のした方に視線をやると、声の印象とは違う、小柄な男の子が立っていた。七、八歳くらいだろうか、七五三のお祝いで着るような着物を身に纏っている。目が合うと、少年はゆっくりとこちらに歩いてきた。
「あぐっ」
少年は、着物に足を取られて転んでしまった。見事に顔からいっていて、見ているだけで痛そうだった。
「大丈夫?」
「ん? 君、俺が視えるのか」
優月の喉を、ひゅっと空気が通った。この少年は、人間じゃない。
優月は、昔から妖や幽霊といった人ならざる者が視えることがある。遭遇した時には驚くが、同じく視えていた祖母からもらったお守りを出すと、そういうものは逃げ出していく。だから、あまり日常生活には影響してこなかった。
いつも通り、お守りをしっかりと握りしめて、少年の前に突き出した。
「え、あれ……?」
少年は、逃げ出すどころか、興味津々にお守りを観察していた。
「なんで」
「こんなもので退散する奴らと同じにされては困る。俺は、神、だからな」
「神様……?」
無駄に目がいい優月でも、神様は視たことがなかった。でも、こんな子どもが神様だと言われても。
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