81 / 84
番外編 ある日の
ある日の宗征
しおりを挟む
属星祭に連なる鷹狩にて、宗征は刺客の対処を速やかに終えた。
巴を介した宵子の情報通りの人物を見つけ、観念しろ、とだけ言えば勝手に彰胤を狙っていたことを白状した。少し前に彰胤が言っていた、すぐに口を割るようなものは伏兵に向いていない、という言葉を思い出した。
手練れが送り込まれれば厄介だが、ままごとかと言いたくなるような刺客だと、彰胤を舐めているのかと腹が立つ。
「……いや、そもそも東宮様が狙われない方が良いのだが」
そういうわけにはいかないことは、宗征とて分かっている。刺客は引き渡したし、さっさと彰胤の元へ戻らねば。
「こんなところで何やってるんだ」
声を掛けられて、警戒を強めて振り返ったが、宗征はすぐに力を抜いた。鷹狩に出席はしているものの、暇を持て余している武官だった。そう親しくはないが、宗征とは、ほぼ同期にあたる男だ。
「何の用だ」
「どうせお前も暇だろう。これを東宮様のところの、いや今は東宮女御様の命婦に渡してくれないか」
男が袖口から取り出したのは、明らかに恋文だと分かるものだった。宗征は眉をひそめた。
「普通、恋文の仲介は女房に頼むものだろう」
「細かいことは気にするなよ」
「……命婦か。どこがいいのだ?」
「お前、近くにいて分からないのか。身分もそこそこ、あの冬の宮に仕え続けた慈悲深さ、歌や菓子作りの評判もいい」
仲子の菓子作りの評判については、宗征の腕によるものだが。宗征が黙って聞いていると、男は得意げに自分の主張を続ける。
「顔もまあまあだというのも聞いたしな、妾においておくには、ちょうどいいと思わないか」
「で?」
「うん?」
「質問に答えていない」
「今、答えただろう」
男は首を傾げている。こいつは話を聞いていなかったのか。
「だから、命婦に釣り合うと思うほど、“お前の”どこがいいのだ?」
かっと男の顔が赤くなり、なぜか怒り出した。
「は、はあ? 身内贔屓がすぎるんじゃないか」
「身内でもないし、贔屓でもないが」
当然のことを言っただけなのだが、男は歯ぎしりをしている。
宗征はあることに思い至り、男に向かって手のひらを差し出した。
「そうか、その文がとてつもなく素晴らしいということか。見せてくれ」
「……っ、もういい」
男は、文を自らの手でくしゃりと握りつぶすと、大股で去っていった。
「一体、何がしたかったのか」
宗征は少し考えてみたが、分からないので、それ以上考えるのは辞めた。早く彰胤の元へ戻り、ここへ来ているであろう宵子と仲子を見つけ出さなければ。連れ帰るための牛車の手配も必要だろう。
仲子ならば、上手く立ち回るだろうが、不測の事態はいくらでもある。
「やはり、心配だ」
宗征は急いで戻るため、駆け出した。
巴を介した宵子の情報通りの人物を見つけ、観念しろ、とだけ言えば勝手に彰胤を狙っていたことを白状した。少し前に彰胤が言っていた、すぐに口を割るようなものは伏兵に向いていない、という言葉を思い出した。
手練れが送り込まれれば厄介だが、ままごとかと言いたくなるような刺客だと、彰胤を舐めているのかと腹が立つ。
「……いや、そもそも東宮様が狙われない方が良いのだが」
そういうわけにはいかないことは、宗征とて分かっている。刺客は引き渡したし、さっさと彰胤の元へ戻らねば。
「こんなところで何やってるんだ」
声を掛けられて、警戒を強めて振り返ったが、宗征はすぐに力を抜いた。鷹狩に出席はしているものの、暇を持て余している武官だった。そう親しくはないが、宗征とは、ほぼ同期にあたる男だ。
「何の用だ」
「どうせお前も暇だろう。これを東宮様のところの、いや今は東宮女御様の命婦に渡してくれないか」
男が袖口から取り出したのは、明らかに恋文だと分かるものだった。宗征は眉をひそめた。
「普通、恋文の仲介は女房に頼むものだろう」
「細かいことは気にするなよ」
「……命婦か。どこがいいのだ?」
「お前、近くにいて分からないのか。身分もそこそこ、あの冬の宮に仕え続けた慈悲深さ、歌や菓子作りの評判もいい」
仲子の菓子作りの評判については、宗征の腕によるものだが。宗征が黙って聞いていると、男は得意げに自分の主張を続ける。
「顔もまあまあだというのも聞いたしな、妾においておくには、ちょうどいいと思わないか」
「で?」
「うん?」
「質問に答えていない」
「今、答えただろう」
男は首を傾げている。こいつは話を聞いていなかったのか。
「だから、命婦に釣り合うと思うほど、“お前の”どこがいいのだ?」
かっと男の顔が赤くなり、なぜか怒り出した。
「は、はあ? 身内贔屓がすぎるんじゃないか」
「身内でもないし、贔屓でもないが」
当然のことを言っただけなのだが、男は歯ぎしりをしている。
宗征はあることに思い至り、男に向かって手のひらを差し出した。
「そうか、その文がとてつもなく素晴らしいということか。見せてくれ」
「……っ、もういい」
男は、文を自らの手でくしゃりと握りつぶすと、大股で去っていった。
「一体、何がしたかったのか」
宗征は少し考えてみたが、分からないので、それ以上考えるのは辞めた。早く彰胤の元へ戻り、ここへ来ているであろう宵子と仲子を見つけ出さなければ。連れ帰るための牛車の手配も必要だろう。
仲子ならば、上手く立ち回るだろうが、不測の事態はいくらでもある。
「やはり、心配だ」
宗征は急いで戻るため、駆け出した。
23
お気に入りに追加
205
あなたにおすすめの小説
毒小町、宮中にめぐり逢ふ
鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。
生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。
しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
諦めて溺愛されてください~皇帝陛下の湯たんぽ係やってます~
七瀬京
キャラ文芸
庶民中の庶民、王宮の洗濯係のリリアは、ある日皇帝陛下の『湯たんぽ』係に任命される。
冷酷無比極まりないと評判の皇帝陛下と毎晩同衾するだけの簡単なお仕事だが、皇帝陛下は妙にリリアを気に入ってしまい……??
夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話
束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。
クライヴには想い人がいるという噂があった。
それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。
晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。
後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜
菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。
私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ)
白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。
妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。
利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。
雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる