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番外編 ある日の
ある日の宗征
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属星祭に連なる鷹狩にて、宗征は刺客の対処を速やかに終えた。
巴を介した宵子の情報通りの人物を見つけ、観念しろ、とだけ言えば勝手に彰胤を狙っていたことを白状した。少し前に彰胤が言っていた、すぐに口を割るようなものは伏兵に向いていない、という言葉を思い出した。
手練れが送り込まれれば厄介だが、ままごとかと言いたくなるような刺客だと、彰胤を舐めているのかと腹が立つ。
「……いや、そもそも東宮様が狙われない方が良いのだが」
そういうわけにはいかないことは、宗征とて分かっている。刺客は引き渡したし、さっさと彰胤の元へ戻らねば。
「こんなところで何やってるんだ」
声を掛けられて、警戒を強めて振り返ったが、宗征はすぐに力を抜いた。鷹狩に出席はしているものの、暇を持て余している武官だった。そう親しくはないが、宗征とは、ほぼ同期にあたる男だ。
「何の用だ」
「どうせお前も暇だろう。これを東宮様のところの、いや今は東宮女御様の命婦に渡してくれないか」
男が袖口から取り出したのは、明らかに恋文だと分かるものだった。宗征は眉をひそめた。
「普通、恋文の仲介は女房に頼むものだろう」
「細かいことは気にするなよ」
「……命婦か。どこがいいのだ?」
「お前、近くにいて分からないのか。身分もそこそこ、あの冬の宮に仕え続けた慈悲深さ、歌や菓子作りの評判もいい」
仲子の菓子作りの評判については、宗征の腕によるものだが。宗征が黙って聞いていると、男は得意げに自分の主張を続ける。
「顔もまあまあだというのも聞いたしな、妾においておくには、ちょうどいいと思わないか」
「で?」
「うん?」
「質問に答えていない」
「今、答えただろう」
男は首を傾げている。こいつは話を聞いていなかったのか。
「だから、命婦に釣り合うと思うほど、“お前の”どこがいいのだ?」
かっと男の顔が赤くなり、なぜか怒り出した。
「は、はあ? 身内贔屓がすぎるんじゃないか」
「身内でもないし、贔屓でもないが」
当然のことを言っただけなのだが、男は歯ぎしりをしている。
宗征はあることに思い至り、男に向かって手のひらを差し出した。
「そうか、その文がとてつもなく素晴らしいということか。見せてくれ」
「……っ、もういい」
男は、文を自らの手でくしゃりと握りつぶすと、大股で去っていった。
「一体、何がしたかったのか」
宗征は少し考えてみたが、分からないので、それ以上考えるのは辞めた。早く彰胤の元へ戻り、ここへ来ているであろう宵子と仲子を見つけ出さなければ。連れ帰るための牛車の手配も必要だろう。
仲子ならば、上手く立ち回るだろうが、不測の事態はいくらでもある。
「やはり、心配だ」
宗征は急いで戻るため、駆け出した。
巴を介した宵子の情報通りの人物を見つけ、観念しろ、とだけ言えば勝手に彰胤を狙っていたことを白状した。少し前に彰胤が言っていた、すぐに口を割るようなものは伏兵に向いていない、という言葉を思い出した。
手練れが送り込まれれば厄介だが、ままごとかと言いたくなるような刺客だと、彰胤を舐めているのかと腹が立つ。
「……いや、そもそも東宮様が狙われない方が良いのだが」
そういうわけにはいかないことは、宗征とて分かっている。刺客は引き渡したし、さっさと彰胤の元へ戻らねば。
「こんなところで何やってるんだ」
声を掛けられて、警戒を強めて振り返ったが、宗征はすぐに力を抜いた。鷹狩に出席はしているものの、暇を持て余している武官だった。そう親しくはないが、宗征とは、ほぼ同期にあたる男だ。
「何の用だ」
「どうせお前も暇だろう。これを東宮様のところの、いや今は東宮女御様の命婦に渡してくれないか」
男が袖口から取り出したのは、明らかに恋文だと分かるものだった。宗征は眉をひそめた。
「普通、恋文の仲介は女房に頼むものだろう」
「細かいことは気にするなよ」
「……命婦か。どこがいいのだ?」
「お前、近くにいて分からないのか。身分もそこそこ、あの冬の宮に仕え続けた慈悲深さ、歌や菓子作りの評判もいい」
仲子の菓子作りの評判については、宗征の腕によるものだが。宗征が黙って聞いていると、男は得意げに自分の主張を続ける。
「顔もまあまあだというのも聞いたしな、妾においておくには、ちょうどいいと思わないか」
「で?」
「うん?」
「質問に答えていない」
「今、答えただろう」
男は首を傾げている。こいつは話を聞いていなかったのか。
「だから、命婦に釣り合うと思うほど、“お前の”どこがいいのだ?」
かっと男の顔が赤くなり、なぜか怒り出した。
「は、はあ? 身内贔屓がすぎるんじゃないか」
「身内でもないし、贔屓でもないが」
当然のことを言っただけなのだが、男は歯ぎしりをしている。
宗征はあることに思い至り、男に向かって手のひらを差し出した。
「そうか、その文がとてつもなく素晴らしいということか。見せてくれ」
「……っ、もういい」
男は、文を自らの手でくしゃりと握りつぶすと、大股で去っていった。
「一体、何がしたかったのか」
宗征は少し考えてみたが、分からないので、それ以上考えるのは辞めた。早く彰胤の元へ戻り、ここへ来ているであろう宵子と仲子を見つけ出さなければ。連れ帰るための牛車の手配も必要だろう。
仲子ならば、上手く立ち回るだろうが、不測の事態はいくらでもある。
「やはり、心配だ」
宗征は急いで戻るため、駆け出した。
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