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第五章 月と星
月と星 -6
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「桐壺に何用だ」
「女御様への菓子の差し入れだ。いつも通りのことをせねば、気が滅入ってしまうだろう」
「その菓子に問題はないのだろうな」
「疑うのなら、召し上がればよろしいかと」
少しの間があって、桐壺に宗征がやって来た。見張りも黙らせる菓子、さすがだ。
「女御様、遅くなり申し訳ございません」
宗征にも今回の件を調べてもらっていた。もちろん、菓子はここへ来るための口実。巴から聞いたことを仲子がざっくりと話して聞かせた。
「温明殿にいるはずの東宮様がいらっしゃらない、というのはこちらでも掴みました。ですが、巴と同じく移動させられた場所は分かっておりません」
「そう、なのね」
「それから、自白した呪詛師が偽物であることが分かりました」
「偽物?」
宗征は険しい表情をしたまま、頷いて続けた。
「捕えられたのは、東宮様を巻き込むための嘘の自白をするための、呪術には一切精通していない者だそうです。本物は今も斎宮女御様とその御子を呪っているということでございます。こちらも何とかせねば、お二人が危険です」
移動させられて中納言に命を狙われている彰胤、呪詛師に未だ呪詛を受け続けている弘子。どちらも、猶予がない危険な状況だ。
どちらかを見捨てる、なんて選択肢は宵子にはない。だったら、やるべきことは自ずと見えてくる。
「二手に、分かれましょう。学士殿と命婦は斎宮女御様をお助けに。わたしと巴で東宮様を見つけ出すわ。どこにいるか分からない東宮様を見つけるには、巴の力が必要になるわ」
「女御様が出るのは危険でございます!」
「そうでございます。私と命婦にお任せください」
宵子は首を振った。
「学士殿の目には、戌(西北西)の方角に凶星が視えるわ。桐壺に入って来た時に視えた。けれど、命婦と一緒にいる時はそれが弱まるの。二人でなら、大丈夫かもしれないの」
凶星が視えているのに、そこへ行くように言わなければならないことは心苦しい。仲子は、宵子の手を取っていつものようににっこりと笑った。
「凶星があるということは、そこに斎宮女御様を狙う者がいる可能性が高いということです。どんとお任せください」
「命婦には、凶星はございますか」
宗征にそう聞かれて、宵子はまじまじと仲子の目を視る。やはり、見間違いではない。
「いいえ、命婦には凶星は視えないわ」
「さすがの強運といったところだな、命婦」
「あたしがいれば、学士殿も安心ですね」
宗征がはいはい、と流しているのもいつも通りだ。
「二人には、斎宮女御様の元へ行ってもらう。だから、わたしが東宮様を探すわ」
「ですが、やはり危険ですし、別の者に……」
「巴が妖であると知っている人でなければ、一緒に行動は出来ないもの。それに、凶星で仕掛けてくる人も判断出来るわ。お願い、行かせて」
宗征と仲子は、難しい顔をしていたが、やがて諦めたように頷いた。ここで止めても、宵子は向かうだろうと、そう思ったのだろう。
「巴、必ず女御様を守れ」
「当然じゃ。任せておくのじゃ」
方向が決まったが、問題が一つ残っている。外の見張りだ。
「女御様が外に出ようとすれば、止められてしまいます」
「それに、女御様に近しい女房のことを把握されているだろうから、命婦も難しいかもしれません」
「そうね……」
仲子と宗征の指摘に、宵子は頷く。ただ、一切の死角なく見張っているわけではない。御簾越しに、じろじろと見ることは失礼にあたる。夜は、室内の方が明るくなって、外から御簾の内が見えやすくなってしまうのだが、今宵は望月、つまり外も明るい。
「ねえ、考えがあるのだけれど――」
「女御様への菓子の差し入れだ。いつも通りのことをせねば、気が滅入ってしまうだろう」
「その菓子に問題はないのだろうな」
「疑うのなら、召し上がればよろしいかと」
少しの間があって、桐壺に宗征がやって来た。見張りも黙らせる菓子、さすがだ。
「女御様、遅くなり申し訳ございません」
宗征にも今回の件を調べてもらっていた。もちろん、菓子はここへ来るための口実。巴から聞いたことを仲子がざっくりと話して聞かせた。
「温明殿にいるはずの東宮様がいらっしゃらない、というのはこちらでも掴みました。ですが、巴と同じく移動させられた場所は分かっておりません」
「そう、なのね」
「それから、自白した呪詛師が偽物であることが分かりました」
「偽物?」
宗征は険しい表情をしたまま、頷いて続けた。
「捕えられたのは、東宮様を巻き込むための嘘の自白をするための、呪術には一切精通していない者だそうです。本物は今も斎宮女御様とその御子を呪っているということでございます。こちらも何とかせねば、お二人が危険です」
移動させられて中納言に命を狙われている彰胤、呪詛師に未だ呪詛を受け続けている弘子。どちらも、猶予がない危険な状況だ。
どちらかを見捨てる、なんて選択肢は宵子にはない。だったら、やるべきことは自ずと見えてくる。
「二手に、分かれましょう。学士殿と命婦は斎宮女御様をお助けに。わたしと巴で東宮様を見つけ出すわ。どこにいるか分からない東宮様を見つけるには、巴の力が必要になるわ」
「女御様が出るのは危険でございます!」
「そうでございます。私と命婦にお任せください」
宵子は首を振った。
「学士殿の目には、戌(西北西)の方角に凶星が視えるわ。桐壺に入って来た時に視えた。けれど、命婦と一緒にいる時はそれが弱まるの。二人でなら、大丈夫かもしれないの」
凶星が視えているのに、そこへ行くように言わなければならないことは心苦しい。仲子は、宵子の手を取っていつものようににっこりと笑った。
「凶星があるということは、そこに斎宮女御様を狙う者がいる可能性が高いということです。どんとお任せください」
「命婦には、凶星はございますか」
宗征にそう聞かれて、宵子はまじまじと仲子の目を視る。やはり、見間違いではない。
「いいえ、命婦には凶星は視えないわ」
「さすがの強運といったところだな、命婦」
「あたしがいれば、学士殿も安心ですね」
宗征がはいはい、と流しているのもいつも通りだ。
「二人には、斎宮女御様の元へ行ってもらう。だから、わたしが東宮様を探すわ」
「ですが、やはり危険ですし、別の者に……」
「巴が妖であると知っている人でなければ、一緒に行動は出来ないもの。それに、凶星で仕掛けてくる人も判断出来るわ。お願い、行かせて」
宗征と仲子は、難しい顔をしていたが、やがて諦めたように頷いた。ここで止めても、宵子は向かうだろうと、そう思ったのだろう。
「巴、必ず女御様を守れ」
「当然じゃ。任せておくのじゃ」
方向が決まったが、問題が一つ残っている。外の見張りだ。
「女御様が外に出ようとすれば、止められてしまいます」
「それに、女御様に近しい女房のことを把握されているだろうから、命婦も難しいかもしれません」
「そうね……」
仲子と宗征の指摘に、宵子は頷く。ただ、一切の死角なく見張っているわけではない。御簾越しに、じろじろと見ることは失礼にあたる。夜は、室内の方が明るくなって、外から御簾の内が見えやすくなってしまうのだが、今宵は望月、つまり外も明るい。
「ねえ、考えがあるのだけれど――」
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