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第五章 月と星
月と星 -3
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客星の凶兆を吹き飛ばす、いい知らせが、宮中を駆け巡った。
斎宮女御、弘子の懐妊。
帝に待望の御子が生まれるとあって、宮中は祝いの雰囲気一色だった。普段は、真面目な帝も、宴を開くことを検討しているという話も聞こえてきた。
「ねえ、命婦。斎宮女御様に何かお祝いの品をお送りしてもご迷惑でないかしら」
「よろしいと思います。何にいたしましょうか」
「そうね、お菓子を気に入ってらしたから、お祝いのお菓子かしら。懐妊で好みが変わることもあると聞いたことがあるけれど、どうなのかしら」
「そうでございますね。食の好みなど、藤壺の女房たちに聞いてみても良いかもしれませんね」
「お菓子を控えた方が良ければ、目で見て楽しめるものにしましょう」
「綺麗な硯箱、などいかがでございましょう」
「いいと思うわ」
仲子と楽しく相談を進めていて、何を送るか、候補が絞り込めてきた。
しかし、懐妊の知らせから一週間も経たないうちに、弘子の体調が急変したという話が飛び込んできた。熱があり、寝込んでいる状態だという。
陰陽師の調べによって、呪詛されていると、判明した。
宮中に、戦慄が走る。
「そんな、斎宮女御が呪詛に……」
「一体誰がそのようなことを」
「帝に反意ある者でしょうか」
「早く犯人を捕まえなければ、お命が危ないわ」
心配の声も、誰かを疑う声も、全て噂話に包み込まれて、宮中を暗く落としていく。帝も気落ちしてしまっているという。藤壺で付きっきりで看病をしたいという願いも、帝が呪詛に巻き込まれることがあってはならないと、止められているらしい。
「心配だわ……」
宵子は、自分には何も出来ないもどかしさを抱えたまま、桐壺に座している。帝にお会いした時は、失礼に当たらないよう、目は見ないようにしていた。もちろん、礼儀としては正しい。でも、あの時、凶星を視ていれば、防げたかもしれない。
「いえ、それも傲慢かしら」
日付と方角が分かったところで、星詠みは秘密なのだから、伝える方法がない。それに、今回は呪詛、方角はあってないようなもの。
犯人は総力をあげて探しているという。今は、弘子の体調の回復を祈ることしか出来ない。
二日後には、呪詛師が捕まった。
その事実に安堵したのも、つかの間。呪詛師がとんでもないことを言った。東宮に命じられて、斎宮女御を呪詛した、と。
それは、宗征によって梨壺にいた彰胤と宵子にも伝えられた。
「何だと!?」
「捕えられた呪詛師がそのように自白したとのことでございます」
「嵌められたな……。主上の御子が男児であれば、東宮の地位が危ういから、というのが筋書きだろう」
「そのようなこと、あり得ませんのに……!」
主上と若宮のために、お役目を担っている彰胤がそんなことをするはずがない。宵子は、思わず大きな声を上げてしまう。彰胤がそんな心無いことをいわれるなんて。
「ああ、ありがとう、女御。だが、世間はその筋書きである程度は納得してしまうんだよ」
「もうすぐ、こちらにも調べがやって来るかと」
宗征が、外に注意を払いながらそう言った。確かに遠くから複数の足音がこちらに近づいて来るのが聞こえてくる。
「女御、桐壺に戻っていてくれ」
「ですが……っ」
「大丈夫。ここにいると、女御も巻き込まれてしまう」
彰胤は、宵子の手を握ってじっと見つめてきた。見つめ返すと、凶星が二つ、視えた。一つは以前、視たときのもの。もう一つ、新たに強く光り輝いている。
近づいて来る足音に急かされるように、宵子は、早口で伝える。
「一つは、以前と同じ午(南)の方角、そして、もう一つ、三日後に乾(北西)の方角、でございます」
「ありがとう。さあ、行って」
宵子に凶星を視させて、罪悪感を薄めてから帰そうとした。分かっている。でも、ここでわがままを言って居座れば、彰胤の立場を悪くしてしまうかもしれない。呪いと言われた朔の姫を、よく思わない者はまだたくさんいる。
「すぐ、お戻りになってくださいね」
「ああ」
宵子は、桐壺へと戻ってきたが、すぐにしゃがみ込んでしまう。不安で押しつぶされてしまいそうだ。
仲子が、ぴったりと隣に座って寄り添ってくれる。
「大丈夫でございますよ。無実だということは、調べですぐに明らかになりますよ」
「でも、嘘の自白が仕組まれたことなら、調べを行なう側にも、東宮様が犯人であれば、都合がいいという者がいるかもしれないわ。もしそうなら、やっていないことでも……っ」
唇を噛みしめていないと、泣いてしまいそうだった。泣いても、解決なんてしないのに。不安で仕方がない。
お役目のことも、出生の真実も知っている帝なら、信頼し合っている兄ならば、彰胤の無実を信じてくれる。でも、彰胤本人は帝と連絡を取ることは出来ないだろうし、宵子の方からは橋渡しとなってくれる弘子が臥せってしまっている。
「東宮様……」
すぐに帰って来る、と不安を押さえつけて、待っていた。
だが、彰胤は、翌日になっても梨壺に帰っては来なかった。
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