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第四章 舞姫と代理
舞姫と代理 -8
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「ここ数日の、東宮様のご様子がずっとおかしかったのです。おそらく、里下がりの件が原因でございましょう。女御様、どうかお願いいたします」
「東宮様の言いつけを破らせてしまうわね」
「いえ、『東宮様にお叱りを受けようとも、東宮様の傍にいるべき者を見極めるのが、私の仕事でございます』から。女御様は、必要な御方です」
会ったばかりのころ、言っていた文言を宗征は口にした。そして、宵子が必要であると、そう言った。
「女御様、東宮様にがつんと言ってやったらいいんですよ! あたし、里下がりの準備なんか、しませんから」
「そうじゃそうじゃ!」
宗征と仲子、巴に背中を押されて、宵子は梨壺に向かった。梨壺の入り口まで仲子が付き添ってくれたが、二人きりの方が話しやすいだろうから、と一度帰っていった。後でお迎えに参ります、という言葉と共に、両手をぎゅっと握ってくれた。
宵子は、一度、深呼吸をしてから、梨壺へ足を踏み入れた。
「失礼します、東宮女御が参りました」
「え、どうして、ここに」
彰胤が、目を点にして驚いている。そして、気まずそうにふいと宵子から目を逸らした。その目には凶星があった。日付は、今日。宵子がやって来ることが、凶事? 少し怯む気持ちもあったが、宵子は足に力を込めて踏みとどまった。
「どうして、里下がりなんて、指示をなさったのですか」
「宵子を、これ以上危険な目に遭わせないためだよ。俺の近くにいたせいで、毒なんかに……っ」
「どうして、何もおっしゃってくださらなかったのですか。どうして、会いに来てくださらなかったのですか」
言いながら、泣きそうになったが、ぐっと堪える。今は泣いてはいけない。
「会えば、決心が鈍ると、思ったから」
見れば、彰胤の方が泣きそうな表情をしていて、宵子は近くに駆け寄った。彰胤の手のひらが、そっと宵子の頬に触れた。少し、震えている。
「毒は、怖かっただろう」
「はい、彰胤様にあんな顔をさせたまま、いなくなるなんて、嫌でございましたから」
「……っ」
「今は何ともございません」
宵子は、頬に添えられた彰胤の手に、自分の手を重ねた。宵子の手よりも少し冷たい彰胤の手。この手を取ると決めたのは、宵子自身だ。
「彰胤様も、毒を受けたことがあると聞きました」
「俺はいい。でも宵子が危ない目に遭うのは、怖い。俺が怖いんだ。……これも、俺のわがままだ」
彰胤は、手をそっと引き抜いて、弱々しく笑った。太陽のような笑みではなく、曇って光が遮られた、見ている方が苦しくなる笑み。そんな顔をして欲しくない。それと同時に、宵子は憤りも沸いてくるのを感じた。
「今回のわがままは、聞きません」
「宵子……?」
宵子の口調が強いことに気が付いて、彰胤は違和感を持ったらしい。強い言葉を口にするのは、勇気がいる。でも、今ここで言わなければ、きっと彰胤は宵子の手を離してしまう。
「わたしは、巻き込まれる覚悟は、とっくに決めています。彰胤様も、覚悟を決めてくださいませ」
「……覚悟?」
「わたしを巻き込む、覚悟です」
彰胤は、息を飲んでいた。目線が、宵子から床に落ちて、自らの手を見つめている。
「でも、俺は――」
「おぬし、しっかりするのじゃ!」
梨壺の入り口で、巴が猫の姿で、仁王立ちしていた。宵子は、誰かに見られないように急いで中へ回収した。
「巴、どうしてここに」
「居ても立っても居られなくてのう、来てしまったのじゃ。どうやら、来て良かったようじゃ」
巴は、彰胤の真ん前でもう一度仁王立ちをすると、口を開いた。
「東宮様の言いつけを破らせてしまうわね」
「いえ、『東宮様にお叱りを受けようとも、東宮様の傍にいるべき者を見極めるのが、私の仕事でございます』から。女御様は、必要な御方です」
会ったばかりのころ、言っていた文言を宗征は口にした。そして、宵子が必要であると、そう言った。
「女御様、東宮様にがつんと言ってやったらいいんですよ! あたし、里下がりの準備なんか、しませんから」
「そうじゃそうじゃ!」
宗征と仲子、巴に背中を押されて、宵子は梨壺に向かった。梨壺の入り口まで仲子が付き添ってくれたが、二人きりの方が話しやすいだろうから、と一度帰っていった。後でお迎えに参ります、という言葉と共に、両手をぎゅっと握ってくれた。
宵子は、一度、深呼吸をしてから、梨壺へ足を踏み入れた。
「失礼します、東宮女御が参りました」
「え、どうして、ここに」
彰胤が、目を点にして驚いている。そして、気まずそうにふいと宵子から目を逸らした。その目には凶星があった。日付は、今日。宵子がやって来ることが、凶事? 少し怯む気持ちもあったが、宵子は足に力を込めて踏みとどまった。
「どうして、里下がりなんて、指示をなさったのですか」
「宵子を、これ以上危険な目に遭わせないためだよ。俺の近くにいたせいで、毒なんかに……っ」
「どうして、何もおっしゃってくださらなかったのですか。どうして、会いに来てくださらなかったのですか」
言いながら、泣きそうになったが、ぐっと堪える。今は泣いてはいけない。
「会えば、決心が鈍ると、思ったから」
見れば、彰胤の方が泣きそうな表情をしていて、宵子は近くに駆け寄った。彰胤の手のひらが、そっと宵子の頬に触れた。少し、震えている。
「毒は、怖かっただろう」
「はい、彰胤様にあんな顔をさせたまま、いなくなるなんて、嫌でございましたから」
「……っ」
「今は何ともございません」
宵子は、頬に添えられた彰胤の手に、自分の手を重ねた。宵子の手よりも少し冷たい彰胤の手。この手を取ると決めたのは、宵子自身だ。
「彰胤様も、毒を受けたことがあると聞きました」
「俺はいい。でも宵子が危ない目に遭うのは、怖い。俺が怖いんだ。……これも、俺のわがままだ」
彰胤は、手をそっと引き抜いて、弱々しく笑った。太陽のような笑みではなく、曇って光が遮られた、見ている方が苦しくなる笑み。そんな顔をして欲しくない。それと同時に、宵子は憤りも沸いてくるのを感じた。
「今回のわがままは、聞きません」
「宵子……?」
宵子の口調が強いことに気が付いて、彰胤は違和感を持ったらしい。強い言葉を口にするのは、勇気がいる。でも、今ここで言わなければ、きっと彰胤は宵子の手を離してしまう。
「わたしは、巻き込まれる覚悟は、とっくに決めています。彰胤様も、覚悟を決めてくださいませ」
「……覚悟?」
「わたしを巻き込む、覚悟です」
彰胤は、息を飲んでいた。目線が、宵子から床に落ちて、自らの手を見つめている。
「でも、俺は――」
「おぬし、しっかりするのじゃ!」
梨壺の入り口で、巴が猫の姿で、仁王立ちしていた。宵子は、誰かに見られないように急いで中へ回収した。
「巴、どうしてここに」
「居ても立っても居られなくてのう、来てしまったのじゃ。どうやら、来て良かったようじゃ」
巴は、彰胤の真ん前でもう一度仁王立ちをすると、口を開いた。
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