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第四章 舞姫と代理
舞姫と代理 -5
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五節の舞を披露した翌日から、桐壺にはたくさんの贈り物が届けられるようになった。噂がでたらめであったと、新たな噂が流れて、宵子への評判ががらりと変わった。
「いやあ、女御が世間に見つかってしまったな。嬉しいけれど、ちょっと複雑だね。俺だけが知っている、というのも良かったからね」
「おぬしだけではないのじゃ。ここにおる者は皆知っておるのじゃ」
「そうだね」
彰胤は巴の顎の下を撫でて微笑んでいる。巴はごろごろと喉を鳴らしている。
「舞姫の女御はとても綺麗だったよ。本当に天女のようだった。巴は見られなくて残念だったね」
「えっ、東宮様もご覧になっていたのですか」
舞台の上から、彰胤の姿は見つけられなかったけれど。
「端の方からこっそりね。招かれてはいないけど、女御の姿を見たかったから。宗征も一緒にな」
「はい。女御様の舞姫姿、お見事でございました。別の舞姫の企みも防いだうえでの舞。素晴らしいものです。さすがは女御様でございます」
久しぶりに宗征の饒舌な褒めに、宵子は照れてしまうが、素直に嬉しい。仲子が、ぶすーっと頬を膨らませながら、巴を抱きかかえた。
「あたしは、見れていないんですけど! お二人だけずるいです。ねえ、巴」
「実はこっそり見ておったのじゃ」
「えっ!」
「見つからない抜け道を発見したのじゃ。もう宮中のどこへでも行けるのじゃ」
巴は顔を後ろに柔らかく曲げて、仲子に向かって得意げに笑ってみせた。
「じゃあ、見れていないのは、本当にあたしだけじゃないですか! はあ、ただの女房は大人しく届いた贈り物の仕分けでもしていますよー」
仲子はむくれながら、贈り物を広げていった。宵子も隣に腰掛けて、贈り物に目を通していく。
「また今度、命婦にだけ舞を披露するわ。二の宮様のおかげで上手くなったのよ」
「約束でございますよ」
仲子はにっこり笑った。それだけで、すっかり機嫌を直してくれたみたいだ。てきぱきと手を動かしている。
「あ、これは貴重な香ではございませんか!」
「仲子は香も好きなの?」
「はい。こう、香りがふわっと広がっていくのが、可愛いです」
仲子が感激している香がどういうものか気になって、宵子はさっそく香を聞いてみる。香は『聞く』と表現するのだと、冊子で読んだときはなんと美しい表現をするのだろうと思った。
香は、粉状にした香料を混ぜ合わせて、甘葛《あまづら》などで丸く成形されている。それを、熱した灰が敷き詰めてある香炉に埋めて、香りを楽しむ。
「初めて聞く香りだわ。どこか、不思議な……」
宵子は、目の前の香炉がぼやけて見えた気がした。そんなことは、と思って瞬きをしたが、今度は手に力が入らなくなった。
がしゃん、と派手な音を立てて、香炉が床に落ちた。
「女御!」
「女御様!」
宵子は香炉を拾おうとするが、視界がぐにゃりと歪む。すぐ近くにあるはずの香炉に手が届かない。目の前が暗くなっていく。
「これか!?」
巴が、危険を察知したのか、香炉に近寄ってその香りを確かめている。
「妙な香りじゃ、もしや毒か」
「ともえ、だめよ」
「妖に毒は効かないのじゃ。無理して動くでない、主」
まさか、あの舞台から視えた凶星が、自分を狙ったものだとは、思ってもいなかった。どんどん視界が暗闇に飲まれていく。彰胤の切羽詰まった顔が見えた。焦りと泣きそうな感情がぐちゃぐちゃで、そんな顔は初めて見た。大丈夫、と答えたかったけれど、上手く声が出ない。
宵子は、意識を手放した。
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