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第四章 舞姫と代理

舞姫と代理 -4

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 五節の舞の本番、豊明節会の日を迎えた。宮中の重要な行事を執り行う、紫宸殿ししんでんに多くの人が集まっている。

 舞姫の衣装は、艶やかな色を作る五衣いつつぎぬうちきを羽織り、正装の際に必要な唐衣からころもと裳を身に付ける。そして、髪には冠と金や銀で作られた造花を飾り立て、白い組紐が長い黒髪と共に着物の上を流れている。普段のものよりも豪華な檜扇も必須だ。

 今日が本番といっても、実はこの日の前に二回、帝の前で舞を披露している。帳台試ちょうだいのこころみ御前試おんまえのこころみとそれぞれ呼ばれ、節会ではたくさんの参加者の前で舞うのだが、この二つは帝のみが見る。

 宵子を含め、舞姫は緊張していたが、無事に舞を終えた後の「見事であった」という一言は、陽だまりのように朗らかで、その場が明るくなった。彰胤の兄、太陽のようであるところも、似ているらしい。

「もう少しで、出番でございます」

 豊明節会の進行役が、宵子たち舞姫に声をかけてきた。舞姫たちに緊張の色が見え始めた。宵子は、すでに二回舞ったことで緊張はそれほどなく、澪標のお役目に意識を向けられそうだった。

「ああ、どうしましょう……」
 四人の舞姫の中で、一番年下の娘が俯いて不安そうに声を漏らしていた。今までの舞の前もかなり緊張していたから、宵子は心配で声をかけた。

「大丈夫かしら?」
「あっ、あの、緊張してしまいまして」

 顔を上げた娘の目に、直近に迫った凶星があった。しかも、点滅している。この子は、何かをしようとしている。だが、目の前の五節の舞への緊張で、それどころではないように見える。

 宵子は、他の二人に聞こえないように小さな声で囁いた。

「ねえ、今は何も仕掛けない方がいいわ」
「……え」
「企みがあると、気付いている方がいるわ。何も、しない方があなたのため」

 核心には触れない言い方で、娘の反応を見る。
 驚いて固まってしまった。そして、観念したように自分から話し出した。

「父上に、他の舞姫を転ばせて、自分が目立つようにしなさいと言われました。主上の目に留まりやすいように、と。申し訳ございません」
 そのまま、立ち去ろうとした娘を、宵子は引き留めた。

「待って。あなたは何もしていないわ。ただ、五節の舞を前に、緊張してしまっただけよ。大丈夫。一緒に成功させましょう」
「……っ、ありがとうございます。東宮女御様」
 娘は、拝礼をして感謝を伝えてきた。再び顔を上げた時には、点滅する凶星はなかったから、大丈夫。


 音楽が、奏でられ始めた。五節の舞が始まる。
 宵子たち舞姫は、扇で顔を隠しながら舞台に進み出る。音楽に合わせて、二の宮に教えられた通りに舞う。他の三人も問題なさそうだ。

 舞台は他より高く作られているから、席に座る者たちが良く見える。思った通り、ここからなら、一度にたくさんの人の目を視ることが出来る。宵子は、集中して目を視ていく。先ほどの娘と似た、差し迫っている点滅する凶星の貴族がいた。これは、先ほど対処したものだから、大丈夫。

――――いたわ

 もう一人、点滅する凶星を持つ人がいた。儀式のため、男性は皆、束帯そくたいの装束を身に付けていて、黒のほうの人ばかり。顔に見覚えはない。どこに座っていたか、である程度分かるだろうから、それだけ覚えて彰胤に伝えることにした。

 他には、通常の凶星を抱える人はいるものの、命の危険が伴うほどの強い星は視られなかった。

「……あ」

 凶星を視ることに集中していたから、あまり意識していなかったが、宵子が目を視ることが出来るということは、その相手からも見られているということ。こんなにたくさんの人の視線を浴びることは、今までなかった。今更ながらに緊張してきてしまった。幸いにも、舞はもう終わる。
 何事もなく舞を終えられて、ほっと息をついた。

「いやあ、見事でございましたな」
「ああ、今年も粒揃いで」

 舞姫がまだ退場している最中だというのに、評する会話が聞こえてくる。

「何といって注目は、朔の姫、いや、東宮女御様でございましたが。驚きましたな」
「顔に大きな傷がある、髪が老婆のように白い、でたらめであったな。性格に難ありとも言われておったが、舞姫の任を務めあげることが出来るのだから、それもでたらめと見て良い」
「はい。そして何よりあの美しさ。東宮様は、良き妃とお迎えになられたようでございますな」

 何やら褒められているようで、宵子は戸惑ってしまう。朔の姫、と蔑まれることを覚悟していたのに。

「中納言のところの姫だったか。今からでも接近しておくか」
「いえ、今は女二の宮様のご養女であらせられるとのことです」
「二の宮様は、袖の下の類は一切受け付けない御方だからなあ。やりにくいな」

 そんな会話を聞きながら、宵子は舞台を後にした。降りる直前で、中納言が席にいたことに気が付いた。気が付いたのは、鋭い視線を向けられていたから。

「この、呪いめが」

 そう聞こえたのは、気のせいか、本当か。宵子は急に着物が重くなったように感じた。

 中納言の表情は、自分の娘の評判に喜ぶ親の顔ではなく、惜しい道具を手放したと悔やむものだった。
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