56 / 84
第四章 舞姫と代理
舞姫と代理 -2
しおりを挟む
「着物、こんなに重いのですね……」
「舞姫は豪華に着飾るのが慣習だからね。練習用ではあるけど、本番に似た衣装で練習しないと意味ないからね」
さすがに音楽までは用意出来ないから、弘子の手拍子に合わせて舞っていく。巴が、頑張れ、と小さく拳を上げて応援してくれている。
「そこで体を半回転させて」
「はい」
「扇は描かれた絵が見えるように、倒し過ぎないで」
「は、はい」
「指先まで気を遣って」
短い言葉で、的確に弘子の指導が飛んでくる。舞自体は覚えれば出来ないことはないのだが、儀式で神に捧げるため、美しく仕上げるとなると、気を付ける点がいくつもある。そして、舞の拍子はゆっくりとしたものだから、一見すると楽に見えるが、ゆっくりした動きの分、足や腕に負担がかかる。
「少し体の重心がずれているか。たぶん、いつもより疲れるでしょう?」
「はい、少し……」
「休憩にしようか」
弘子が、侍女たちに指示をして酒を持って来させた。小さい盃で、控えめな酒盛りということだろうか。
「よろしいのですか。お酒をいただいても」
「そんなに高い酒じゃないからね。……ああ、私が出家しているのに飲んでもいいのかってことね」
宵子は、小さく頷いて弘子の反応を窺った。出家の身で飲むことは大丈夫なのか、心配になってしまった。
「酒を断たねばならない、という決まりはないよ。もちろん、溺れるのはだめだけれど。酒は神に捧げるものでもある。舞姫の練習には沿っているわ」
一部、こじつけのような気もするけれど、この人が言うとそういうものか、と思ってしまう妙な説得力がある。宵子は、小さく笑って酒の瓶を手に取った。
「二の宮様、お注ぎします」
「あら、ありがとう」
宵子と弘子は、盃を軽く合わせて乾杯をする。強い酒ではなく、甘さが感じられる上品な酒だった。
「気に入ったようで良かった」
宵子の反応を見て、弘子はそう言った。巴が興味を示したようで、宵子の盃に近寄ってくる。
「巴、お酒はだめよ」
舌を出して、酒を掬い取ろうとしていた巴が、動きを止める。ちらりと宵子の方を見て、もう一度、酒に近づく。
「だめって言っているでしょ」
少し強めに言うと、ようやく引き下がった。妖は何でも食べると言っていたが、酒は酔うかもしれないから、ここでは辞めておいた方がいい。
「よく懐いているね、その妖」
「はい――えっ」
「むう!?」
宵子も巴も、思わず驚きの声を上げてしまった。巴が妖だなんて、言っていないはずなのに。
「だって、その猫、あまりにも人の言葉を理解しているから。舞の練習の時も、じっと見ていたし。そういうものがいることは知っていたよ。まあ、実際会うのは初めてだけれど」
「あの、申し訳ございません。すぐに連れ帰りますので」
さあっと血の気が引く。妖と偽って連れてきたことも、内親王に対して失礼になってしまう。宵子は、巴を抱えて立ち上がろうとしたが、着物が重くてすぐに立てない。
「待って、帰らなくていいわ」
「舞姫は豪華に着飾るのが慣習だからね。練習用ではあるけど、本番に似た衣装で練習しないと意味ないからね」
さすがに音楽までは用意出来ないから、弘子の手拍子に合わせて舞っていく。巴が、頑張れ、と小さく拳を上げて応援してくれている。
「そこで体を半回転させて」
「はい」
「扇は描かれた絵が見えるように、倒し過ぎないで」
「は、はい」
「指先まで気を遣って」
短い言葉で、的確に弘子の指導が飛んでくる。舞自体は覚えれば出来ないことはないのだが、儀式で神に捧げるため、美しく仕上げるとなると、気を付ける点がいくつもある。そして、舞の拍子はゆっくりとしたものだから、一見すると楽に見えるが、ゆっくりした動きの分、足や腕に負担がかかる。
「少し体の重心がずれているか。たぶん、いつもより疲れるでしょう?」
「はい、少し……」
「休憩にしようか」
弘子が、侍女たちに指示をして酒を持って来させた。小さい盃で、控えめな酒盛りということだろうか。
「よろしいのですか。お酒をいただいても」
「そんなに高い酒じゃないからね。……ああ、私が出家しているのに飲んでもいいのかってことね」
宵子は、小さく頷いて弘子の反応を窺った。出家の身で飲むことは大丈夫なのか、心配になってしまった。
「酒を断たねばならない、という決まりはないよ。もちろん、溺れるのはだめだけれど。酒は神に捧げるものでもある。舞姫の練習には沿っているわ」
一部、こじつけのような気もするけれど、この人が言うとそういうものか、と思ってしまう妙な説得力がある。宵子は、小さく笑って酒の瓶を手に取った。
「二の宮様、お注ぎします」
「あら、ありがとう」
宵子と弘子は、盃を軽く合わせて乾杯をする。強い酒ではなく、甘さが感じられる上品な酒だった。
「気に入ったようで良かった」
宵子の反応を見て、弘子はそう言った。巴が興味を示したようで、宵子の盃に近寄ってくる。
「巴、お酒はだめよ」
舌を出して、酒を掬い取ろうとしていた巴が、動きを止める。ちらりと宵子の方を見て、もう一度、酒に近づく。
「だめって言っているでしょ」
少し強めに言うと、ようやく引き下がった。妖は何でも食べると言っていたが、酒は酔うかもしれないから、ここでは辞めておいた方がいい。
「よく懐いているね、その妖」
「はい――えっ」
「むう!?」
宵子も巴も、思わず驚きの声を上げてしまった。巴が妖だなんて、言っていないはずなのに。
「だって、その猫、あまりにも人の言葉を理解しているから。舞の練習の時も、じっと見ていたし。そういうものがいることは知っていたよ。まあ、実際会うのは初めてだけれど」
「あの、申し訳ございません。すぐに連れ帰りますので」
さあっと血の気が引く。妖と偽って連れてきたことも、内親王に対して失礼になってしまう。宵子は、巴を抱えて立ち上がろうとしたが、着物が重くてすぐに立てない。
「待って、帰らなくていいわ」
13
お気に入りに追加
207
あなたにおすすめの小説
忌み子と呼ばれた巫女が幸せな花嫁となる日
葉南子
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞 奨励賞をいただきました!
応援ありがとうございました!
★「忌み子」と蔑まれた巫女の運命が変わる和風シンデレラストーリー★
妖が災厄をもたらしていた時代。
滅妖師《めつようし》が妖を討ち、巫女がその穢れを浄化することで、人々は平穏を保っていた──。
巫女の一族に生まれた結月は、銀色の髪の持ち主だった。
その銀髪ゆえに結月は「忌巫女」と呼ばれ、義妹や叔母、侍女たちから虐げられる日々を送る。
黒髪こそ巫女の力の象徴とされる中で、結月の銀髪は異端そのものだったからだ。
さらに幼い頃から「義妹が見合いをする日に屋敷を出ていけ」と命じられていた。
その日が訪れるまで、彼女は黙って耐え続け、何も望まない人生を受け入れていた。
そして、その見合いの日。
義妹の見合い相手は、滅妖師の名門・霧生院家の次期当主だと耳にする。
しかし自分には関係のない話だと、屋敷最後の日もいつものように淡々と過ごしていた。
そんな中、ふと一頭の蝶が結月の前に舞い降りる──。
※他サイトでも掲載しております
月花は愛され咲き誇る
緋村燐
キャラ文芸
月鬼。
月からやってきたという鬼は、それはそれは美しい姿をしていたそうだ。
時が経ち、その姿もはるか昔のこととなった現在。
色素が薄いものほど尊ばれる月鬼の一族の中、三津木香夜はみすぼらしい灰色の髪を持って生を受けた。
虐げられながらも生きてきたある日、日の本の国で一番の権力を持つ火鬼の一族の若君が嫁探しのために訪れる。
そのことが、香夜の運命を大きく変えることとなった――。
野いちご様
ベリーズカフェ様
ノベマ!様
小説家になろう様
エブリスタ様
カクヨム様
にも掲載しています。
毒小町、宮中にめぐり逢ふ
鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。
生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。
しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。
あやかし狐の京都裏町案内人
狭間夕
キャラ文芸
「今日からわたくし玉藻薫は、人間をやめて、キツネに戻らせていただくことになりました!」京都でOLとして働いていた玉藻薫は、恋人との別れをきっかけに人間世界に別れを告げ、アヤカシ世界に舞い戻ることに。実家に戻ったものの、仕事をせずにゴロゴロ出来るわけでもなく……。薫は『アヤカシらしい仕事』を探しに、祖母が住む裏京都を訪ねることに。早速、裏町への入り口「土御門屋」を訪れた薫だが、案内人である安倍晴彦から「祖母の家は封鎖されている」と告げられて――?
満月の夜に烏 ~うちひさす京にて、神の妻問いを受くる事
六花
キャラ文芸
第八回キャラ文芸大賞 奨励賞いただきました!
京貴族の茜子(あかねこ)は、幼い頃に罹患した熱病の後遺症で左目が化け物と化し、離れの陋屋に幽閉されていた。一方姉の梓子(あづさこ)は、同じ病にかかり痣が残りながらも森羅万象を操る通力を身につけ、ついには京の鎮護を担う社の若君から求婚される。
己の境遇を嘆くしかない茜子の夢に、ある夜、社の祭神が訪れ、茜子こそが吾が妻、番いとなる者だと告げた。茜子は現実から目を背けるように隻眼の神・千颯(ちはや)との逢瀬を重ねるが、熱心な求愛に、いつしか本気で夢に溺れていく。しかし茜子にも縁談が持ち込まれて……。
「わたしを攫ってよ、この現実(うつつ)から」
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~
椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」
仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。
料亭『吉浪』に働いて六年。
挫折し、料理を作れなくなってしまった――
結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。
祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて――
初出:2024.5.10~
※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる