55 / 84
第四章 舞姫と代理
舞姫と代理 -1
しおりを挟む
宵子は今、四条のとある屋敷にいる。そして、ある女性と向き合っている。失礼のないように、梅襲を身に纏ってきた。外側から淡紅梅、紅梅、紅、濃蘇芳、そして単に濃紫を合わせた、梅の色味を表した明るい合わせ。
「二の宮様、舞の練習をお引き受けくださって、ありがとうございます」
「いいのいいの。私が女御に会わせて欲しいと、彰胤に言っていたからね」
女二の宮――弘子内親王。彰胤とは十歳離れているから、御年二十八と聞いている。にかっと歯が見えるくらいに親しみ深く笑う様子は、出家して現世から離れた人には、感じない。少しほっとした。義理とはいえこんな人が母なんて、恐れ多いことだけれど。
「それにしても、急に五節の舞姫の代理なんて、大変だね」
「はい……」
霜月の中の卯の日、新嘗祭が行なわれる。五穀の収穫を神に感謝して神饌を捧げる、宮中行事として重要な祭祀である。
その翌日に、帝が新穀を臣下に振る舞い、歌や舞が披露され、酒を飲む豊明節会が行なわれる。五節の舞は、その節会で選ばれた四人の女性が舞う、天女を彷彿させる舞のこと。
彰胤は、この代理の話を聞いた時、ため息をついていた。
「はあ……。舞姫の予定だった娘が体調不良、ね……」
「どうかされたのでございますか」
「舞姫に選ばれるのは名誉なことではあるけど、高貴な女性は人前で顔を晒すのを避けるのが普通だからね。体調不良と言ってはいるけど、おそらく娘を外に出したくないか、本人が出たがらないかのどちらかだろう。だって、まだ一週間ある」
「一週間では治らないか、治っても練習の時間がとても取れない、ということかもしれません。疑い過ぎてもいけませんよ、東宮様」
仲子がそう釘を刺した。彰胤の推測が合っているとしても、もうそこを覆すは出来ない。
「まあ、そうだな。でも、代わりの舞姫を女御に、というのはおかしいだろう?」
「それはおかしいです。とても」
今度は仲子も全力で肯定していた。首が取れるんじゃないかと思うくらい、頷いている。
舞姫には、公卿の娘から二人、受領か殿上人の娘から二人、未婚の者が選ばれる。つまり、官位からしても、未婚という条件からしても、宵子は当てはまらないのだ。
「噂の“朔の姫”を表に引っ張り出そうという魂胆でございましょうね。断ってよいかと存じます」
宗征は、淡々とそう言うが、言葉の端々に棘がある。苛立っているのだろうな、と察しはつく。
「ただ、豊明節会で帝を対象にした何かが動いているという情報もあってね。気がかりではある。舞姫を出す予定の貴族あたりだろうと」
「舞姫で見初められると、入内していた時期もあったそうですから、それを狙っているとかでしょうか」
「それだけならいいんだけどね」
彰胤と宗征が揃って腕を組んで悩んでいる。情報が不確かでまだ判断が出来ないのだろう。宵子は、決心をしてその場の空気を変える挙手をした。
「では、わたしが舞姫として出ます」
「えっ」
「舞台の上からなら、たくさんの人の目を視ることが出来ます。凶星も確認出来ると思います」
「でも、女御様がわざわざ舞姫の役割をなさらずとも……」
「舞姫の打診が来ているのなら、逆にこの機会を利用しましょう。澪標のため」
それが現状、一番いい方法だと思って、宵子はそう提案した。澪標のお役目のため、出来ることはしたい。大勢の前に出れば、朔の姫と蔑まれるかもしれないが、そこは覚悟の上。
「ははっ、女御はしたたかだね」
「だめでございますか」
「いいと思うよ」
にやりと笑った彰胤の答えで、舞姫の代理を務めることが決まった。
とはいえ、基本的な舞の知識はあるものの、機会がないから舞ったことがない。五節の舞という重要な祭祀において、失敗は出来ない。
「そうだ、姉上に頼もうか」
女二の宮へ舞を習うために、宵子は四条へとやってきたのだった。面白そうだから、と巴も付いて来ている。妖であることは秘密だから、しゃべらないようにとは言ってある。
「二の宮様、舞の練習をお引き受けくださって、ありがとうございます」
「いいのいいの。私が女御に会わせて欲しいと、彰胤に言っていたからね」
女二の宮――弘子内親王。彰胤とは十歳離れているから、御年二十八と聞いている。にかっと歯が見えるくらいに親しみ深く笑う様子は、出家して現世から離れた人には、感じない。少しほっとした。義理とはいえこんな人が母なんて、恐れ多いことだけれど。
「それにしても、急に五節の舞姫の代理なんて、大変だね」
「はい……」
霜月の中の卯の日、新嘗祭が行なわれる。五穀の収穫を神に感謝して神饌を捧げる、宮中行事として重要な祭祀である。
その翌日に、帝が新穀を臣下に振る舞い、歌や舞が披露され、酒を飲む豊明節会が行なわれる。五節の舞は、その節会で選ばれた四人の女性が舞う、天女を彷彿させる舞のこと。
彰胤は、この代理の話を聞いた時、ため息をついていた。
「はあ……。舞姫の予定だった娘が体調不良、ね……」
「どうかされたのでございますか」
「舞姫に選ばれるのは名誉なことではあるけど、高貴な女性は人前で顔を晒すのを避けるのが普通だからね。体調不良と言ってはいるけど、おそらく娘を外に出したくないか、本人が出たがらないかのどちらかだろう。だって、まだ一週間ある」
「一週間では治らないか、治っても練習の時間がとても取れない、ということかもしれません。疑い過ぎてもいけませんよ、東宮様」
仲子がそう釘を刺した。彰胤の推測が合っているとしても、もうそこを覆すは出来ない。
「まあ、そうだな。でも、代わりの舞姫を女御に、というのはおかしいだろう?」
「それはおかしいです。とても」
今度は仲子も全力で肯定していた。首が取れるんじゃないかと思うくらい、頷いている。
舞姫には、公卿の娘から二人、受領か殿上人の娘から二人、未婚の者が選ばれる。つまり、官位からしても、未婚という条件からしても、宵子は当てはまらないのだ。
「噂の“朔の姫”を表に引っ張り出そうという魂胆でございましょうね。断ってよいかと存じます」
宗征は、淡々とそう言うが、言葉の端々に棘がある。苛立っているのだろうな、と察しはつく。
「ただ、豊明節会で帝を対象にした何かが動いているという情報もあってね。気がかりではある。舞姫を出す予定の貴族あたりだろうと」
「舞姫で見初められると、入内していた時期もあったそうですから、それを狙っているとかでしょうか」
「それだけならいいんだけどね」
彰胤と宗征が揃って腕を組んで悩んでいる。情報が不確かでまだ判断が出来ないのだろう。宵子は、決心をしてその場の空気を変える挙手をした。
「では、わたしが舞姫として出ます」
「えっ」
「舞台の上からなら、たくさんの人の目を視ることが出来ます。凶星も確認出来ると思います」
「でも、女御様がわざわざ舞姫の役割をなさらずとも……」
「舞姫の打診が来ているのなら、逆にこの機会を利用しましょう。澪標のため」
それが現状、一番いい方法だと思って、宵子はそう提案した。澪標のお役目のため、出来ることはしたい。大勢の前に出れば、朔の姫と蔑まれるかもしれないが、そこは覚悟の上。
「ははっ、女御はしたたかだね」
「だめでございますか」
「いいと思うよ」
にやりと笑った彰胤の答えで、舞姫の代理を務めることが決まった。
とはいえ、基本的な舞の知識はあるものの、機会がないから舞ったことがない。五節の舞という重要な祭祀において、失敗は出来ない。
「そうだ、姉上に頼もうか」
女二の宮へ舞を習うために、宵子は四条へとやってきたのだった。面白そうだから、と巴も付いて来ている。妖であることは秘密だから、しゃべらないようにとは言ってある。
13
お気に入りに追加
207
あなたにおすすめの小説
忌み子と呼ばれた巫女が幸せな花嫁となる日
葉南子
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞 奨励賞をいただきました!
応援ありがとうございました!
★「忌み子」と蔑まれた巫女の運命が変わる和風シンデレラストーリー★
妖が災厄をもたらしていた時代。
滅妖師《めつようし》が妖を討ち、巫女がその穢れを浄化することで、人々は平穏を保っていた──。
巫女の一族に生まれた結月は、銀色の髪の持ち主だった。
その銀髪ゆえに結月は「忌巫女」と呼ばれ、義妹や叔母、侍女たちから虐げられる日々を送る。
黒髪こそ巫女の力の象徴とされる中で、結月の銀髪は異端そのものだったからだ。
さらに幼い頃から「義妹が見合いをする日に屋敷を出ていけ」と命じられていた。
その日が訪れるまで、彼女は黙って耐え続け、何も望まない人生を受け入れていた。
そして、その見合いの日。
義妹の見合い相手は、滅妖師の名門・霧生院家の次期当主だと耳にする。
しかし自分には関係のない話だと、屋敷最後の日もいつものように淡々と過ごしていた。
そんな中、ふと一頭の蝶が結月の前に舞い降りる──。
※他サイトでも掲載しております
毒小町、宮中にめぐり逢ふ
鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。
生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。
しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。
月花は愛され咲き誇る
緋村燐
キャラ文芸
月鬼。
月からやってきたという鬼は、それはそれは美しい姿をしていたそうだ。
時が経ち、その姿もはるか昔のこととなった現在。
色素が薄いものほど尊ばれる月鬼の一族の中、三津木香夜はみすぼらしい灰色の髪を持って生を受けた。
虐げられながらも生きてきたある日、日の本の国で一番の権力を持つ火鬼の一族の若君が嫁探しのために訪れる。
そのことが、香夜の運命を大きく変えることとなった――。
野いちご様
ベリーズカフェ様
ノベマ!様
小説家になろう様
エブリスタ様
カクヨム様
にも掲載しています。
あやかしが家族になりました
山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ
いつもありがとうございます。
当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。
ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。
一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。
ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。
そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。
真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。
しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。
家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。
あやかし狐の京都裏町案内人
狭間夕
キャラ文芸
「今日からわたくし玉藻薫は、人間をやめて、キツネに戻らせていただくことになりました!」京都でOLとして働いていた玉藻薫は、恋人との別れをきっかけに人間世界に別れを告げ、アヤカシ世界に舞い戻ることに。実家に戻ったものの、仕事をせずにゴロゴロ出来るわけでもなく……。薫は『アヤカシらしい仕事』を探しに、祖母が住む裏京都を訪ねることに。早速、裏町への入り口「土御門屋」を訪れた薫だが、案内人である安倍晴彦から「祖母の家は封鎖されている」と告げられて――?
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる