星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~

鈴木しぐれ

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第四章 舞姫と代理

舞姫と代理 -1

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 宵子は今、四条のとある屋敷にいる。そして、ある女性と向き合っている。失礼のないように、梅襲を身に纏ってきた。外側から淡紅梅、紅梅、紅、濃蘇芳、そして単に濃紫を合わせた、梅の色味を表した明るい合わせ。

「二の宮様、舞の練習をお引き受けくださって、ありがとうございます」
「いいのいいの。私が女御に会わせて欲しいと、彰胤に言っていたからね」

 女二の宮――弘子ひろこ内親王。彰胤とは十歳離れているから、御年二十八と聞いている。にかっと歯が見えるくらいに親しみ深く笑う様子は、出家して現世から離れた人には、感じない。少しほっとした。義理とはいえこんな人が母なんて、恐れ多いことだけれど。

「それにしても、急に五節ごせちの舞姫の代理なんて、大変だね」
「はい……」

 霜月の中の卯の日、新嘗祭しんじょうさいが行なわれる。五穀の収穫を神に感謝して神饌しんせんを捧げる、宮中行事として重要な祭祀である。

 その翌日に、帝が新穀を臣下に振る舞い、歌や舞が披露され、酒を飲む豊明とよのあかり節会せちえが行なわれる。五節の舞は、その節会で選ばれた四人の女性が舞う、天女を彷彿させる舞のこと。

 彰胤は、この代理の話を聞いた時、ため息をついていた。

「はあ……。舞姫の予定だった娘が体調不良、ね……」
「どうかされたのでございますか」

「舞姫に選ばれるのは名誉なことではあるけど、高貴な女性は人前で顔を晒すのを避けるのが普通だからね。体調不良と言ってはいるけど、おそらく娘を外に出したくないか、本人が出たがらないかのどちらかだろう。だって、まだ一週間ある」

「一週間では治らないか、治っても練習の時間がとても取れない、ということかもしれません。疑い過ぎてもいけませんよ、東宮様」
 仲子がそう釘を刺した。彰胤の推測が合っているとしても、もうそこを覆すは出来ない。

「まあ、そうだな。でも、代わりの舞姫を女御に、というのはおかしいだろう?」
「それはおかしいです。とても」

 今度は仲子も全力で肯定していた。首が取れるんじゃないかと思うくらい、頷いている。

 舞姫には、公卿の娘から二人、受領か殿上人の娘から二人、未婚の者が選ばれる。つまり、官位からしても、未婚という条件からしても、宵子は当てはまらないのだ。

「噂の“朔の姫”を表に引っ張り出そうという魂胆でございましょうね。断ってよいかと存じます」
 宗征は、淡々とそう言うが、言葉の端々に棘がある。苛立っているのだろうな、と察しはつく。

「ただ、豊明節会で帝を対象にした何かが動いているという情報もあってね。気がかりではある。舞姫を出す予定の貴族あたりだろうと」

「舞姫で見初められると、入内していた時期もあったそうですから、それを狙っているとかでしょうか」
「それだけならいいんだけどね」

 彰胤と宗征が揃って腕を組んで悩んでいる。情報が不確かでまだ判断が出来ないのだろう。宵子は、決心をしてその場の空気を変える挙手をした。

「では、わたしが舞姫として出ます」
「えっ」
「舞台の上からなら、たくさんの人の目を視ることが出来ます。凶星も確認出来ると思います」

「でも、女御様がわざわざ舞姫の役割をなさらずとも……」
「舞姫の打診が来ているのなら、逆にこの機会を利用しましょう。澪標のため」

 それが現状、一番いい方法だと思って、宵子はそう提案した。澪標のお役目のため、出来ることはしたい。大勢の前に出れば、朔の姫と蔑まれるかもしれないが、そこは覚悟の上。

「ははっ、女御はしたたかだね」
「だめでございますか」
「いいと思うよ」

 にやりと笑った彰胤の答えで、舞姫の代理を務めることが決まった。

 とはいえ、基本的な舞の知識はあるものの、機会がないから舞ったことがない。五節の舞という重要な祭祀において、失敗は出来ない。

「そうだ、姉上に頼もうか」

 女二の宮へ舞を習うために、宵子は四条へとやってきたのだった。面白そうだから、と巴も付いて来ている。妖であることは秘密だから、しゃべらないようにとは言ってある。
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