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第三章 東宮女御と斎宮女御
東宮女御と斎宮女御 -17
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霜月一日。朔旦冬至の宴の日。
いくつかの妨害を受けつつも、つつがなく宴の準備をやり遂げた。摂関家の思惑通りにはさせなかった。
すると、摂関家は、彰胤と宵子は宴を欠席するようにと言ってきた。主催として準備を完璧に終えたから、慣習として帝が出席者の前で、その成果を褒めなければならなくなる。それは困るから、欠席しろと。まあ、本心が露わになった主張に、当然だが宗征と仲子は怒っていた。
「まあまあ。そこまで相手に言わせたのなら、これは俺たちの勝ちだよ。宴自体は、しきたりばかりで面倒だから、欠席しよう。梨壺でゆっくりしよう」
彰胤は軽い口調でそう言って二人をなだめていた。とはいえ、準備をした主催側が誰もいないと宴が進まないから、宗征と仲子が駆り出された。
「新しい着物を用意してくれてありがとう」
宵子が縫った桜重ねの着物を、彰胤は着てくれている。迷惑だと思い込んで、一度、縫うことをやめてしまったが、でもやはり着て欲しいと何とか今日に間に合わせた。
「とても良くお似合いでございます」
「せっかくの着物を他の者に見せびらかして自慢したかったな。宴は面倒だけど、そこは残念だよ」
華やかな装いの彰胤を、見て欲しい。こんなにかっこいいのだと。でも、宵子だけで独り占めしていたいとも思う。贅沢な悩みだと口元が緩んだ。
「なんじゃ、宴に行けぬというのに、何だか嬉しそうじゃのう」
「そういう巴はご機嫌斜めね」
「宴で出る菓子を楽しみにしておったのじゃ」
「いや、そもそも猫の姿だと宴には出られないと思うよ。正式な場だから動物はだめだと思う」
「なんじゃと!」
巴は、尻尾をぴんと立てて驚きの声を上げた。よほど楽しみにしていたらしい。
「ただいま戻りましたー」
宗征と仲子が、梨壺に戻ってきた。宗征がなぜか満足したような顔をしている。
「宗征、何かいいことでもあったかい」
「席次が例の十二宮というものの順になっているため、どういう並びなのか誰も分からず困惑しておりまして。文句が出そうなところで斎宮女御様の御采配と告げると、困惑したまま、黙りこくっておりました。その様子が滑稽で」
宗征が、思い出して小さく笑っていた。それを見て、可愛い、と呟いた仲子の口元を宵子は見逃さなかった。
「何か、いい匂いがするのじゃ!」
「わっ、巴ちょっと待ってて」
仲子が持っている箱に、巴が飛びかからんばかりの勢いで近付いた。確かに、いい匂いがしている。
「宴の料理とお菓子、お酒を持ってきました!」
「え、いいの。持って来ても」
「だって、主催側でございますから。当然でございます」
仲子が持っている重箱の中には、美味しそうな料理、次の段にはお菓子があった。宗征の懐からは、酒が出てきた。もう、宴の準備は完璧だ。
「ここでも、朔旦冬至の宴、始めようか」
彰胤の言葉を合図に、小さな宴が始まった。四人と一匹だけの宴。どんな豪華な宴よりもきっとここが一番楽しい。
(三章・了)
霜月一日。朔旦冬至の宴の日。
いくつかの妨害を受けつつも、つつがなく宴の準備をやり遂げた。摂関家の思惑通りにはさせなかった。
すると、摂関家は、彰胤と宵子は宴を欠席するようにと言ってきた。主催として準備を完璧に終えたから、慣習として帝が出席者の前で、その成果を褒めなければならなくなる。それは困るから、欠席しろと。まあ、本心が露わになった主張に、当然だが宗征と仲子は怒っていた。
「まあまあ。そこまで相手に言わせたのなら、これは俺たちの勝ちだよ。宴自体は、しきたりばかりで面倒だから、欠席しよう。梨壺でゆっくりしよう」
彰胤は軽い口調でそう言って二人をなだめていた。とはいえ、準備をした主催側が誰もいないと宴が進まないから、宗征と仲子が駆り出された。
「新しい着物を用意してくれてありがとう」
宵子が縫った桜重ねの着物を、彰胤は着てくれている。迷惑だと思い込んで、一度、縫うことをやめてしまったが、でもやはり着て欲しいと何とか今日に間に合わせた。
「とても良くお似合いでございます」
「せっかくの着物を他の者に見せびらかして自慢したかったな。宴は面倒だけど、そこは残念だよ」
華やかな装いの彰胤を、見て欲しい。こんなにかっこいいのだと。でも、宵子だけで独り占めしていたいとも思う。贅沢な悩みだと口元が緩んだ。
「なんじゃ、宴に行けぬというのに、何だか嬉しそうじゃのう」
「そういう巴はご機嫌斜めね」
「宴で出る菓子を楽しみにしておったのじゃ」
「いや、そもそも猫の姿だと宴には出られないと思うよ。正式な場だから動物はだめだと思う」
「なんじゃと!」
巴は、尻尾をぴんと立てて驚きの声を上げた。よほど楽しみにしていたらしい。
「ただいま戻りましたー」
宗征と仲子が、梨壺に戻ってきた。宗征がなぜか満足したような顔をしている。
「宗征、何かいいことでもあったかい」
「席次が例の十二宮というものの順になっているため、どういう並びなのか誰も分からず困惑しておりまして。文句が出そうなところで斎宮女御様の御采配と告げると、困惑したまま、黙りこくっておりました。その様子が滑稽で」
宗征が、思い出して小さく笑っていた。それを見て、可愛い、と呟いた仲子の口元を宵子は見逃さなかった。
「何か、いい匂いがするのじゃ!」
「わっ、巴ちょっと待ってて」
仲子が持っている箱に、巴が飛びかからんばかりの勢いで近付いた。確かに、いい匂いがしている。
「宴の料理とお菓子、お酒を持ってきました!」
「え、いいの。持って来ても」
「だって、主催側でございますから。当然でございます」
仲子が持っている重箱の中には、美味しそうな料理、次の段にはお菓子があった。宗征の懐からは、酒が出てきた。もう、宴の準備は完璧だ。
「ここでも、朔旦冬至の宴、始めようか」
彰胤の言葉を合図に、小さな宴が始まった。四人と一匹だけの宴。どんな豪華な宴よりもきっとここが一番楽しい。
(三章・了)
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