50 / 84
第三章 東宮女御と斎宮女御
東宮女御と斎宮女御 -13
しおりを挟む*
桐壺へ戻って、準備の続きに取り掛かる。ちょうど、歌合せに使う予定の紙が、届けられたところだった。蒔絵が施された美しい箱の中に、淡く色が付いた紙がたくさん入っている。
「綺麗な紙を使うのね」
「せっかくの朔旦冬至の宴でございますからね。色ごとに分けて整理しておきましょう」
「ええ」
仲子が、紙の束を箱の中から持ち上げた。下の方の紙に少し違和感があり、宵子は覗き込んだ。床に転がっていた巴が先にそれを見つけた。
「ここに墨が付いておるのじゃ」
「え、本当? ああ、転がっている巴も可愛い……」
仲子の可愛いもの好きがここで発動して、紙の束が少し崩れた。紙は文机に着地した。ちょうど巴が覗き込んでいたあたりで、紙にはべっとりと墨が付いていた。うっかり付いてしまった、なんて量を遥かに超えている。その紙の周囲も確認してみると、やはり墨が付いている。
「女御様、先ほどは見えにくかったようですが、真ん中あたりにも墨汚れがございますね……」
「本当だわ。これだと、半分以上どこかしらに墨が付いてしまっているわね」
「汚れがあっては、歌合せに使えません。新しく用意させましょうか」
宵子は、汚れをもう一度よく見た。紙の真ん中に墨の付いた筆を勢いよく置いたような汚れ。それが二か所もある。
「ねえ命婦、これは妨害や嫌がらせの類だと考えていいのかしら」
「……おそらくは」
仲子もそう思っていたのだろう。苦々しい表情で頷いた。
「なんじゃと。主に嫌がらせとはけしからんのじゃ」
彰胤に対しても、妨害や嫌がらせが起こっていると聞いた。本当に、この準備を押し付けた上で失敗をさせたいのだ、摂関家の者たちは。
もう一度、紙を用意させても、きっと同じことが起こる。
「女御様、東宮様にご相談してもよろしいかと」
「いいえ。東宮様もお忙しいし、戦っておられるもの。だから私も。前みたいな強がりじゃないわ。頑張ってみたいの」
「分かりました。あたしも一緒に戦います!」
宵子は、考える。
歌合せをなくすことは、出来ない。歌合せには必ず筆と紙が必要になる。でも、今は紙が使えそうにない。やはり八方ふさがりなのか。
いや、違う。筆と“書くもの”があればいい。宵子は少し前に茅と苗から聞いた話を思い出した。
「命婦、前に壊れた扇子の骨組みがたくさん出てきたって茅と苗が言っていたわよね」
「ああ、言っておりましたね。蔵の片付けを任されたら、溜め込んでいたいらないものが雪崩のように、と」
「その扇子の骨組みはまだあるかしら」
「すぐに捨てられはしないと思いますが……何にお使いになるのですか」
ただの思い付きだから、興味津々に仲子に尋ねられて、緊張してしまう。
「ええっと、扇子の骨組みに、紙の汚れていないところを切り貼りして、そこに歌を書いてもらうようにするのはどうかしら、と思って」
仲子の表情をちらりと窺う。仲子は、目をまん丸にしていた。
「凄いです! とてもいいと思います! ただの紙に書くよりも、扇子に書く方が風流で、祝いの宴にはぴったりでございます。紙を汚してきた者たちへの意趣返しにもなりますしね」
「主は天才なのじゃ」
想像以上に仲子からの評判が良くて、嬉しくなった。巴もなぜか得意げにしている。他の女房たちにも同じ説明をして、扇子の骨組みを集めてもらい、宵子は紙の汚れていないところを切り出していた。
「あ、女御様、手に墨が付いてしまっています」
「あら、本当だわ。でももう乾いているから、綺麗な紙に付かないわ、大丈夫よ」
「女御様の手が汚れたままなことが、よくありません!」
「これくらい構わないわ。今は扇子を作らないと、ね?」
紙を切る、扇子に貼り合わせる、はみ出たところを切る。汚れた紙の解決策は上手くいきそうだけど、その分時間はかかってしまう。女房達も手伝ってくれているが、少しでも手を動かさないと。
「あたしがたくさん頑張って、作業に余裕を持たせますからね!」
「ちょっと命婦さん、はみ出し過ぎです。もっと丁寧にしてください」
「うう、ごめんなさい」
「頑張るのじゃ、賑やか娘」
張り切った直後に、小少将に注意されて、しゅんとしている姿は、仲子本人には申し訳ないけれど可愛かった。その後の巴の励ましに喜んで、もふもふしている姿も。
3
お気に入りに追加
206
あなたにおすすめの小説
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。
石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。
ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。
ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。
母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる