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第三章 東宮女御と斎宮女御
東宮女御と斎宮女御 -12
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「わたしは……雲居の雁、でございましょうか」
「光源氏の息子のお相手ね。あなたも意外なところにいくわね」
雲居の雁は、両親が離婚してどちらにも引き取られず見捨てられ、祖母の家で暮らす少女時代を送る。その時に出会ったのが光源氏の息子、夕霧で、将来の結婚の約束をして、紆余曲折ありながらも、二人は結ばれるのだ。
「幼い頃からの約束、というものに憧れがございまして。縁が深い、想い合う相手がいることは、素敵なことと存じます」
初めは両親に見捨てられた、という境遇に共感して気になったのだけれど、それはわざわざ口にはしなかった。約束に憧れるのは本当のことだから。
「幼馴染との淡い初恋を貫き通して、結婚するって素敵よねえ。あんなにまっすぐな恋、してみたいわ。ねえ、わたくし、あなたのも聞いてみたいわ」
「えっ、あたしでございますか」
楽しくなってきたらしい淑子は、仲子にも話題を振った。にこにこと聞いていた仲子は、自分に回ってくるとは思っていなかったようで、慌てていた。うーん、とたっぷり考え込んだ後で答えた。
「朝顔の斎院様でございますね」
「まあ」
「あら」
仲子の答えが一番以外だった。
朝顔の斎院は、光源氏の年上の従姉で高貴な出自のため正妻候補に名前が上がるが、妻になることはなかった。朝顔の斎院が光源氏に惹かれていなかったわけではなく、結婚によって得る幸せよりも、時折、文を交わす関係でい続けることを選んだ人だ。
「あ、誰かに求婚されて断りたい! とかではございませんよ。高貴な出自でもございませんし。ただ、想う相手はいても、結婚を望むわけじゃない、というところに共感すると言いますか」
「まあ、好いている方がいるのね。素敵だわ。誰かは聞かないけれど、どういうところが好きなのかしら。聞かせてちょうだい」
今更ながら、淑子はかなり恋の話が好きなようだ。少女のように、目を輝かせて仲子に尋ねている。宵子も、仲子のそういう話は初めて聞くから、どきどきしてしまう。仲子は、二人分の視線に照れながらも口を開いた。
「まっすぐで、真面目で少し融通が利かないところも、とてもとても可愛いのでございます。今のまま、近くに居られれば、あたしはそれで満足でございます」
今のまま、近く、と言った。宵子は、その言葉たちから宗征を連想した。二人が並ぶ姿はお似合いで、宵子も夫婦のようだと思ったこともある。
「命婦、もしかして」
「内緒でございますよ」
そう言って微笑む仲子は、どきっとするほど艶っぽかった。恋をしている人は、こんなにも美しいのかと、息を飲んだ。
「ふふっ、こうして話していると、本当に姉妹のようで楽しいわ」
「姉妹……」
藤原家にいた頃は、姉とまともに話したことなどなかった。だから、本当の姉妹というものがよく分からない。けれど。
「嬉しいです。斎宮女御様と、このように楽しい時間を過ごすことが出来て」
「まあ、可愛いことを言ってくれるのね。お姉様と呼んでもいいわよ」
得意げに言うのが、この人の可愛らしいところだ。淑子は、女房にお茶のお代わりを頼んで、再び宵子たちに向き直った。
「そういえば、梨壺と桐壺で、宴の準備を任されたのよね。何か困ってはいないかしら」
「主な準備は東宮様と学士殿がやってくださっているので。わたしは、女房たちに助けられながら、衣装や装飾品のことをしているだけでございます。名簿が集まらず少し苦労をしている、とは聞きましたが」
「大変な役割と思うけれど、しっかりね」
「わたしは、力が及ばないことばかりでございます。もっと、東宮様のお役に立ちたいのですけれど」
つい、愚痴のようなことを言ってしまい、宵子ははっと口を押さえた。
「そうねえ、夫のために装束を新調してみる、というのはどうかしら。夫の装束を用意するのは、妻の役目の一つですもの」
「わたしがして、迷惑にはならないでしょうか……」
「なるはずないわ。むしろ、相手のためになることよ」
仲子も、そうですよ、と力強く言ってくれている。せっかく助言をくれたのだから、やってみることにする。
「頑張って、みます」
「姉からもう少し助言をするなら、不安な時は抱きしめてもらうのが一番よ。一瞬で消えていくわ。あとは、言いたいことはきちんと伝えることね」
「は、はい……」
どちらも宵子には少し難しいことのような気がする。だが、淑子はなぜか得意げに微笑んだ。
「大丈夫よ、だってあなた、恋する顔をしているもの」
「光源氏の息子のお相手ね。あなたも意外なところにいくわね」
雲居の雁は、両親が離婚してどちらにも引き取られず見捨てられ、祖母の家で暮らす少女時代を送る。その時に出会ったのが光源氏の息子、夕霧で、将来の結婚の約束をして、紆余曲折ありながらも、二人は結ばれるのだ。
「幼い頃からの約束、というものに憧れがございまして。縁が深い、想い合う相手がいることは、素敵なことと存じます」
初めは両親に見捨てられた、という境遇に共感して気になったのだけれど、それはわざわざ口にはしなかった。約束に憧れるのは本当のことだから。
「幼馴染との淡い初恋を貫き通して、結婚するって素敵よねえ。あんなにまっすぐな恋、してみたいわ。ねえ、わたくし、あなたのも聞いてみたいわ」
「えっ、あたしでございますか」
楽しくなってきたらしい淑子は、仲子にも話題を振った。にこにこと聞いていた仲子は、自分に回ってくるとは思っていなかったようで、慌てていた。うーん、とたっぷり考え込んだ後で答えた。
「朝顔の斎院様でございますね」
「まあ」
「あら」
仲子の答えが一番以外だった。
朝顔の斎院は、光源氏の年上の従姉で高貴な出自のため正妻候補に名前が上がるが、妻になることはなかった。朝顔の斎院が光源氏に惹かれていなかったわけではなく、結婚によって得る幸せよりも、時折、文を交わす関係でい続けることを選んだ人だ。
「あ、誰かに求婚されて断りたい! とかではございませんよ。高貴な出自でもございませんし。ただ、想う相手はいても、結婚を望むわけじゃない、というところに共感すると言いますか」
「まあ、好いている方がいるのね。素敵だわ。誰かは聞かないけれど、どういうところが好きなのかしら。聞かせてちょうだい」
今更ながら、淑子はかなり恋の話が好きなようだ。少女のように、目を輝かせて仲子に尋ねている。宵子も、仲子のそういう話は初めて聞くから、どきどきしてしまう。仲子は、二人分の視線に照れながらも口を開いた。
「まっすぐで、真面目で少し融通が利かないところも、とてもとても可愛いのでございます。今のまま、近くに居られれば、あたしはそれで満足でございます」
今のまま、近く、と言った。宵子は、その言葉たちから宗征を連想した。二人が並ぶ姿はお似合いで、宵子も夫婦のようだと思ったこともある。
「命婦、もしかして」
「内緒でございますよ」
そう言って微笑む仲子は、どきっとするほど艶っぽかった。恋をしている人は、こんなにも美しいのかと、息を飲んだ。
「ふふっ、こうして話していると、本当に姉妹のようで楽しいわ」
「姉妹……」
藤原家にいた頃は、姉とまともに話したことなどなかった。だから、本当の姉妹というものがよく分からない。けれど。
「嬉しいです。斎宮女御様と、このように楽しい時間を過ごすことが出来て」
「まあ、可愛いことを言ってくれるのね。お姉様と呼んでもいいわよ」
得意げに言うのが、この人の可愛らしいところだ。淑子は、女房にお茶のお代わりを頼んで、再び宵子たちに向き直った。
「そういえば、梨壺と桐壺で、宴の準備を任されたのよね。何か困ってはいないかしら」
「主な準備は東宮様と学士殿がやってくださっているので。わたしは、女房たちに助けられながら、衣装や装飾品のことをしているだけでございます。名簿が集まらず少し苦労をしている、とは聞きましたが」
「大変な役割と思うけれど、しっかりね」
「わたしは、力が及ばないことばかりでございます。もっと、東宮様のお役に立ちたいのですけれど」
つい、愚痴のようなことを言ってしまい、宵子ははっと口を押さえた。
「そうねえ、夫のために装束を新調してみる、というのはどうかしら。夫の装束を用意するのは、妻の役目の一つですもの」
「わたしがして、迷惑にはならないでしょうか……」
「なるはずないわ。むしろ、相手のためになることよ」
仲子も、そうですよ、と力強く言ってくれている。せっかく助言をくれたのだから、やってみることにする。
「頑張って、みます」
「姉からもう少し助言をするなら、不安な時は抱きしめてもらうのが一番よ。一瞬で消えていくわ。あとは、言いたいことはきちんと伝えることね」
「は、はい……」
どちらも宵子には少し難しいことのような気がする。だが、淑子はなぜか得意げに微笑んだ。
「大丈夫よ、だってあなた、恋する顔をしているもの」
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