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第三章 東宮女御と斎宮女御

東宮女御と斎宮女御 -10

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 もう一つ、凶星が出ていた辰の方角にある、雅楽寮ががくりょう。その名の通り、楽器を管理しているところだ。どの楽曲を選び、どの楽器を使うかを決めるのは主催の役割だ。

 雅楽寮に着いてすぐ、違和感があった。誰も彰胤と目を合わせようとしないのだ。

「少しいいかい」

 話しかけても、まるで聞こえていないようだった。

 視線を動かして役人たちの様子を観察する。先ほどの式部省の者とは違い、こちらを見下して悦に浸る気持ち悪い表情の者はいない。どちらかと言えば、怯えているような。役人たちがちらちらとある場所を見ていることに気が付いた。

「……なるほどな」

 視線が集まる先は、何の変哲もない仕切りだが、その奥にはこの者たちの上司にあたる人物がいるのだろう。少し見えている着物の端で察しがついた。

 立場が遠い東宮よりも、直属の上司の方が怖いという心境は想像に難くない。

「少し見させてもらうよ」
「あっ……」

 彰胤が楽器を見ようと歩き出したのを、戸惑いながら止めようとした役人がいた。彰胤を気遣うような表情をしていたから、良心がある者なのだろう。

「しーっ」

 彰胤は自分の唇に人差し指を当てて、相手に静かに、と伝えた。そのまま、楽器を見てまわり、紙に書き記していく。当日に使う楽器の種類や数、配置などを指示した紙が出来上がる。そっと文机の上にその紙を置いた。

「誰かが置いていった紙に書かれたことが、たまたま理にかなっていたから、その通りにした。それで構わないよ」

 彰胤は奥の上司には聞こえないように、役人に伝えた。彰胤を止めようとした役人が、目線だけで礼を返してきた。こういう者がいるなら、大丈夫だろう。

 雅楽寮を後にして、妙な感覚が残っていた。その場にいる者から無視をされていた中で一人だけ動いていたから、自分が透明になったかのような錯覚に陥ったせいだろう。

「…………本当に透明になれれば、どれほど良かったか」

 自分の口から出た声が、あまりにも弱々しくて思わず笑ってしまった。“それ”は表に出してはいけないと自戒していたのに。

 弱気になった彰胤の脳裏に、ふと、宵子の顔が浮かぶ。

「会いたいな」

 宴の準備の中で、衣装や装飾品、歌合せのことは宵子に任せている。仲子がいるから心配はないが、単純に量が多い。加勢に行きたいが、彰胤のやるべきこともまだまだ残っている。名簿のことも解決していない。やるべきことに阻まれて、思うように動けず、もどかしい。
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