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第三章 東宮女御と斎宮女御
東宮女御と斎宮女御 -9
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彰胤は、あちらこちらを訪れている。宴の準備のために、各方面に指示やお願いをするのだが、宗征と手分けしても量が多くて大変だ。
「こんなの、二人でやる量じゃないよ」
思わず零した愚痴も、誰にも聞かれず風に乗ってどこかへ行ってしまう。体に当たる風が冷たくなってきている。冬本番が近付いてきている証拠だ。
寒さに急かされるように、彰胤は足早に進む。宴の準備には、食事や酒はもちろん、出席者の席次、雅楽や歌合せの手配、衣装、装飾品など多くのものが必要になる。彰胤は、予め宵子に凶星を視てもらっていた。
今日を示していたのは、二か所。午(南)の方角と、辰(東南東)の方角。この二つが示すところ以外を先に巡ることにした。凶星がない方角では、特に何も起きないと分かった上で訪問出来るから、だいぶ気持ちが楽だった。
「さて、問題のところへ行くか」
彰胤がやってきたのは午の方角に位置する式部省。文官の人事や礼式を司る重要な省で、そこに勤める者たちの地位も高い。
「失礼する。朔旦冬至の宴に使う名簿を受け取りに来た」
「東宮様。わざわざご足労いただき恐縮でございます。言ってくださればこちらから出向きますものを」
「近くへ来たついでだよ」
これは、ただの定型文。言葉だけで恐縮して、この者たちが実際に彰胤のところまで足を運ぶことはしない。手が空いている者がいないとか、粗相があっては失礼だから、などと理由を付けてくるから、そのやり取りが面倒でこちらから行くことにしている。
「それで、名簿はどこに」
「ちょうど書いているところでございます。少々お待ちください」
今日受け取りに来ると伝えていたのに、今も書いているなどあり得ない。準備で忙しい彰胤の時間を奪う、地味だが嫌な手口だ。
以前は嫌がらせに飽き飽きすることはあっても、別に焦ることはなかった。宗征が怒りだして大変だなあと思ったりはしたが。だが今は、いらぬことに時間を取られる分、宵子に会う時間が減ってしまうことを痛感している。宵子にも準備を任せているから、二人とも時間が奪われる。
「急がせろ」
気が付けば、そう口にしていた。無茶を言っているわけではない、今日に仕上げる指示をしていたのだから当然のことを言っただけ。今までは面倒だと諦めて、口にすらしなかった。
「は、はい。ただちに」
役人は彰胤が急かしてきたことに驚きの表情を浮かべ、裏へと駆けて行った。
彰胤は口元だけに笑みを浮かべた。ここに宗征がいれば、東宮様に失礼なやつです、などと言い放つだろうと想像して、おかしかった。
役人が持ってきた名簿に、彰胤はざっと目を通して、そして眉をひそめた。
「これで全部か?」
「はい。上からの指示で書き写したのは、以上でございます」
「……」
明らかに書いてある人数が少ない。これを元に席次を決めてしまえば、当日に席がないと文句が出るに違いない。いや、文句を言わせるため、彰胤に恥をかかせるための、嫌がらせ。口振りからして、目の前の役人が主導ではないのだろう。
「まあ、どうにかするか」
とりあえずは、渡された名簿を持って式部省を後にする。ここで粘っていても仕方がない。
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