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第三章 東宮女御と斎宮女御
東宮女御と斎宮女御 -8
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「主催側にまわった方が、東宮様が狙われることを防げるのではありませんか」
「そうだね、女御の言うことにも一理ある。だから二人とも落ち着け。やけ食いとか言って悪かったよ」
彰胤が謝ったことで、別の方向に仲子と宗征の火が付いてしまった。
「やけ食いは悪くございませんよ! むしろもっと食べてくださいませ」
「なぜ命婦が言うんだ。言うなら作った私だろう。足りなければまた作って参ります」
「あたしの分もください」
「もっと用意するのじゃ」
「だからなぜ命婦と巴が食べるんだ」
やけ食いに話が乗っ取られてしまった。
何だか平和な話にすり替わって、思わず笑ってしまう。何も解決はしていないけど、この人たちとなら何とかなる気がする。
「何とか、なりそうに思えて来るな」
彰胤に心を読まれたかと思ったが、単に彰胤も同じように考えていたらしい。
「はい。わたしもそう思います」
「とはいえ、こっちに準備を丸投げして、失敗させて恥をかかせようという算段はあるだろうね」
菓子を何個作るかまで話が脱線していた二人と一匹は、はっと本題に帰ってきた。今日は、二十七日、そう時間もない。
「どう準備を進めるか、役割分担も考えなければ」
「そうですね。学士殿とあたしだと出来る分野が違いますし」
さっと切り替えた二人は、計画を話し合い始めた。巴は蚊帳の外になってしまい、宵子たちの方へやってきた。
「宴に菓子は出るのかのう」
「あら、学士殿のお菓子が気に入ったの?」
「うむ。あれはなかなかに美味じゃった」
「宗征にまた頼もうか。そういえば、猫って菓子を食べても問題ないのかい」
「妖じゃからのう、何でも平気なのじゃ」
ふと巴と宗征の目が合ったが、宗征は以前のように逸らしはしなくなった。
「学士殿とは仲良くなれたのね」
「仲良くなったというか、会話が出来るから別に『予測不能の行動をする小さきもの』には当てはまらぬと、一人勝手に納得してたのじゃ。まあ、何でもいいのじゃが」
彰胤が愉快そうに笑っている。宵子が首を傾げると、彰胤は楽しそうに話し出した。
「いやあ、宗征と打ち解けてくれて良かったなあと思ってね。最初は迷惑をかけて、申し訳なかった」
「いえ、そんな」
「実はね、命婦がお役目に加わる時にも、宗征はだいぶ反対したんだよ」
彰胤は、相談を続けている宗征と仲子に聞こえないように小声でそう言った。内緒話のようになり、自然と顔が近付いて、胸の鼓動が早くなる。
「どうしても俺たち男は、御簾の内側へは入れないだろう。だから、お役目には女房の力も必要になると思ったんだ。だけど、宗征は大反対でね」
「どうやって、命婦はお役目に加わったのですか」
「命婦が口喧嘩で宗征と対等に言い合ったのと、小弓の勝負で勝ったからね」
小弓は、その名の通り、小さな弓のことで、それを使って的当てをする室内の遊びのこと。膝を立てた姿勢で弓を射るが、遊びとはいえ弓の扱いが上手くないと、もちろん的にも当たらない。
「命婦は小弓が得意なのね。凄いわ」
内緒話のていを忘れて、つい仲子たちに声をかけてしまった。
「それほどでもございませんよ」
小弓と聞いて、何の話をしていたのか察したらしい宗征が、少し嫌な顔をしていた。自分が勝負に負けた話をされていたのだから当然だ。
「命婦、宴の余興に小弓を披露するかい?」
「えー、嫌ですよ。小弓は可愛くないですもん。それに、お偉いさんの前でなんて失敗したら何言われるか分からないじゃないですか」
「そうかい」
本気で薦めていたわけではないようで、彰胤は笑みを浮かべながら頷いていた。
「そうそう、命婦は澪標のために、男装をすることもあるんだ。御簾の内側へは女性しか入れないように、男性にしか行けない場所も多いからね。極力ないようにしているけれど、必要に応じてね」
「だから、この間の鷹狩の時、着替えの手際が良かったのですね。納得しました」
「あれは、助かったけど、女御はもうしてはだめだよ」
いらぬ墓穴を掘ってしまった。もう言い訳をすることはせず、静かに頷いた。彰胤の手のひらが、宵子の頭をそっと撫でた。
「女御には、危険な目には遭って欲しくないからね」
「はい……」
「それに、局に妃がいないと摂関家あたりが妙な勘ぐりを入れて来るかもしれないから、そっちの方面でも、厄介事に巻き込まれないようにと思ってね」
もう充分、厄介なことになってますけどねー、と仲子が声を飛ばしてきた。朔旦冬至の宴ですでに厄介事になっていると言いたいのだろう。それは確かにその通りだ。
「準備、わたしも頑張りますね」
「女御には、衣装や装飾品を任せることになると思う。無理はしなくていいからね」
「大丈夫でございます。忙しくなると思いますが、宴の準備なんて初めてなので、楽しみです」
「それは頼もしいね」
この人の笑顔に、きちんと応えたい。
「そうだね、女御の言うことにも一理ある。だから二人とも落ち着け。やけ食いとか言って悪かったよ」
彰胤が謝ったことで、別の方向に仲子と宗征の火が付いてしまった。
「やけ食いは悪くございませんよ! むしろもっと食べてくださいませ」
「なぜ命婦が言うんだ。言うなら作った私だろう。足りなければまた作って参ります」
「あたしの分もください」
「もっと用意するのじゃ」
「だからなぜ命婦と巴が食べるんだ」
やけ食いに話が乗っ取られてしまった。
何だか平和な話にすり替わって、思わず笑ってしまう。何も解決はしていないけど、この人たちとなら何とかなる気がする。
「何とか、なりそうに思えて来るな」
彰胤に心を読まれたかと思ったが、単に彰胤も同じように考えていたらしい。
「はい。わたしもそう思います」
「とはいえ、こっちに準備を丸投げして、失敗させて恥をかかせようという算段はあるだろうね」
菓子を何個作るかまで話が脱線していた二人と一匹は、はっと本題に帰ってきた。今日は、二十七日、そう時間もない。
「どう準備を進めるか、役割分担も考えなければ」
「そうですね。学士殿とあたしだと出来る分野が違いますし」
さっと切り替えた二人は、計画を話し合い始めた。巴は蚊帳の外になってしまい、宵子たちの方へやってきた。
「宴に菓子は出るのかのう」
「あら、学士殿のお菓子が気に入ったの?」
「うむ。あれはなかなかに美味じゃった」
「宗征にまた頼もうか。そういえば、猫って菓子を食べても問題ないのかい」
「妖じゃからのう、何でも平気なのじゃ」
ふと巴と宗征の目が合ったが、宗征は以前のように逸らしはしなくなった。
「学士殿とは仲良くなれたのね」
「仲良くなったというか、会話が出来るから別に『予測不能の行動をする小さきもの』には当てはまらぬと、一人勝手に納得してたのじゃ。まあ、何でもいいのじゃが」
彰胤が愉快そうに笑っている。宵子が首を傾げると、彰胤は楽しそうに話し出した。
「いやあ、宗征と打ち解けてくれて良かったなあと思ってね。最初は迷惑をかけて、申し訳なかった」
「いえ、そんな」
「実はね、命婦がお役目に加わる時にも、宗征はだいぶ反対したんだよ」
彰胤は、相談を続けている宗征と仲子に聞こえないように小声でそう言った。内緒話のようになり、自然と顔が近付いて、胸の鼓動が早くなる。
「どうしても俺たち男は、御簾の内側へは入れないだろう。だから、お役目には女房の力も必要になると思ったんだ。だけど、宗征は大反対でね」
「どうやって、命婦はお役目に加わったのですか」
「命婦が口喧嘩で宗征と対等に言い合ったのと、小弓の勝負で勝ったからね」
小弓は、その名の通り、小さな弓のことで、それを使って的当てをする室内の遊びのこと。膝を立てた姿勢で弓を射るが、遊びとはいえ弓の扱いが上手くないと、もちろん的にも当たらない。
「命婦は小弓が得意なのね。凄いわ」
内緒話のていを忘れて、つい仲子たちに声をかけてしまった。
「それほどでもございませんよ」
小弓と聞いて、何の話をしていたのか察したらしい宗征が、少し嫌な顔をしていた。自分が勝負に負けた話をされていたのだから当然だ。
「命婦、宴の余興に小弓を披露するかい?」
「えー、嫌ですよ。小弓は可愛くないですもん。それに、お偉いさんの前でなんて失敗したら何言われるか分からないじゃないですか」
「そうかい」
本気で薦めていたわけではないようで、彰胤は笑みを浮かべながら頷いていた。
「そうそう、命婦は澪標のために、男装をすることもあるんだ。御簾の内側へは女性しか入れないように、男性にしか行けない場所も多いからね。極力ないようにしているけれど、必要に応じてね」
「だから、この間の鷹狩の時、着替えの手際が良かったのですね。納得しました」
「あれは、助かったけど、女御はもうしてはだめだよ」
いらぬ墓穴を掘ってしまった。もう言い訳をすることはせず、静かに頷いた。彰胤の手のひらが、宵子の頭をそっと撫でた。
「女御には、危険な目には遭って欲しくないからね」
「はい……」
「それに、局に妃がいないと摂関家あたりが妙な勘ぐりを入れて来るかもしれないから、そっちの方面でも、厄介事に巻き込まれないようにと思ってね」
もう充分、厄介なことになってますけどねー、と仲子が声を飛ばしてきた。朔旦冬至の宴ですでに厄介事になっていると言いたいのだろう。それは確かにその通りだ。
「準備、わたしも頑張りますね」
「女御には、衣装や装飾品を任せることになると思う。無理はしなくていいからね」
「大丈夫でございます。忙しくなると思いますが、宴の準備なんて初めてなので、楽しみです」
「それは頼もしいね」
この人の笑顔に、きちんと応えたい。
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