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第二章 桐壺と澪標
桐壺と澪標 -22
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宵子は、彰胤に手を引かれたまま、牛車の中に乗り込んだ。仲子も、乗るように言われていた。宗征と巴はどこにいるのだろうと思ったら、御者を宗征が務めていて、巴は鷹の姿のまま、その横にいた。
彰胤が声をかけると、牛車はゆっくりと動き出した。本来、御者の仕事は専門の者がいて、学士の仕事ではないはずだが、今は宵子の姿を見られて困る人がいなくて助かった。
「命婦、一体何をしているんだ。自分の主人にこんな格好をさせて、ここまで連れて来るなんて」
「申し訳ございません……」
彰胤は、宵子にではなく、仲子に対して苦言を呈していた。宵子は、待ってください、と声を上げた。
「わたしが、命婦に、お願いしたのです。命婦を叱るのはおやめくださいませ」
「女御、確かに未来視は助かると言ったけれど、このような危険なことはしなくていい。怪我でもしたらどうするんだい。自分の身をもっと大事にしないといけないよ」
彰胤の口調は、聞き分けのない幼子を諭すようなもので、怒りすらほとんど見られない。穏やかで優しい声と言葉。でもそれが、今は憤りを感じる。
「……そのままお返しします」
「え?」
「東宮様こそ、ご自分のことを大事にしてくださいませ!」
こんな大声を出したのは初めてで、自分でも驚いた。彰胤も、目をまん丸にして固まっていた。まさか怒られるなんて、思っていなかったのだろう。一度、外に出した憤りは、止められなかった。
「危険があると、何度もお伝えしたのに、鷹狩に向かわれました。怪我をするかもしれなかったのは、東宮様の方です! どうしてもっと、ご自分のことを大事になさらないのですか!」
一息で言い切ると、少し気持ちが落ち着いてきた。少し冷静になると、思い上がっていたことにも気が付く。
「星詠みが信用出来ない、ということでございましょう。こんな力、信用出来なくて当然ですが」
「いや、そこは疑ってはいない。決して」
「では、どうしてわざわざ危険なところへ行かれるのですか……」
「それは……」
言い淀む彰胤。視線が床に落ち、何度も口を開いては閉じる、を繰り返していた。口にするかどうか、すごく悩んでいることは伝わってきた。宵子は、何も言わずに待っていた。
「なあ、命婦」
「あたしは話していいと思います。女御様なら、大丈夫でございますよ」
仲子の言葉が後押しになったようで、彰胤は意を決したように顔を上げた。
「言わずに済むなら、巻き込まずに済むなら、その方がいいと思っていたんだ。でも、伏せていたばかりに、こうして無茶をさせてしまった。だから、話すことにするよ」
「はい」
宵子は、緊張しつつもゆっくりと頷いた。
「俺は、あるお役目を担っている。前に話した、主上や若宮の話は覚えているかい?」
「もちろんでございます」
「その話で、意図的に隠していたことがあるんだ。主上と性格が正反対で、主上派からは疎まれている――――でも、俺と主上自身は幼い頃から仲がいいんだよ、今もね。更衣の生まれだとか、兄上は気にしていない」
ではどうして、と宵子が問うのは分かっていたのだろう。一つ頷いてから彰胤は続けた。
「世間には、仲が良くない、対立していると思われた方が、都合がいいからね。主上と、若宮を守るために」
「守る、ために」
「主上は、摂関家が政治の中心になることを良しとしていない。俺も同じ意見でね。でも、いくら摂関家と関わりがないとはいえ、後ろ盾の弱い俺が帝になっても、国が荒れてしまう。俺は、帝になるつもりはない。若宮に東宮の座を明け渡すつもりだよ」
「そう、だったのですか」
「ただし、明け渡すのは、若宮が充分に成長して、摂関家の爺どもの傀儡にならない歳になってから。それまでは、絶対にこの座に居続けて、帝への反意のあるもの、東宮の座を狙うもの、現状に不満を持ち政治を崩そうとするもの、それらの盾になるお役目」
彰胤の真剣な眼差しに、その覚悟が滲み出ていた。宵子は、思わず息を飲んだ。なんて、美しいのか。
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