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第二章 桐壺と澪標
桐壺と澪標 -17
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属星祭につらなる、鷹狩が始まった。
場所は宮中の西側に位置する、北野。ここは帝専用の狩場である。そんな場所を若宮が主催の鷹狩で借りることが出来ると権威を示したいのだろう。
「馬鹿馬鹿しいよなあ」
誰にも聞こえないよう、彰胤は呟いた。
彰胤は、狩衣を身に纏っている。その名の通り、鷹狩をする際に用いられる装束である。脇の部分が縫い合わされていないため、動きやすいのが特徴だ。動きやすいという点から、中級、下級貴族は普段着として用いている。
近頃は上級貴族も外出時には着ているようだが、東宮の立場では、さすがに許されない。彰胤が着るのは、本来の目的通り、鷹狩の時くらいだろう。
左手には鹿の皮で作られた手覆いを付けている。鷹を留まらせるためのもので、今は巴がしっかりとその前足で掴んでいる。もちろん、鷹の姿で。
「人が多すぎぬか。この姿じゃと、色んな音が聞こえてうるさいのじゃ」
「体の機能まで化けた姿に影響されるのか、面白いね」
「むう、他人事じゃと思って」
「まあね」
さらりと返すと、巴は不満を表すように羽を広げてバタバタさせた。文句を言いつつも鷹の姿のままでいてくれるから、このまま協力してもらおう。
宵子は、何度も行かない方がいいと進言していた。それを無下にすることは心苦しいが、宵子が巴を貸さなければ、彰胤は鷹狩へ来られなかった。本当に行かせたくないなら、巴を貸さなければいい。
「いや、俺が困るから、それはしないのか」
鷹狩を欠席は出来ないと彰胤が繰り返し言ったから、宵子は彰胤が困ることのないように、巴を貸した。だが、心配ではあるから、行くなと言う。
「いじらしいなあ」
「いじらしいって何じゃ?」
「んー、健気で可愛いってこと」
「鷹の姿が可愛いとは、変わっておるのう」
「いや、巴のことじゃないからな」
巴と話している横で、宗征はずっと眉間に深く皺が寄った、険しい顔をしている。獲物になる鳥が怯えてさっさと逃げていってしまいそうだ。
「おい、妖」
「巴じゃ。主が付けてくれた名で呼ぶのじゃ」
「……巴、どこで誰が聞いているか分からん。必要な時以外は口を閉じておけ」
「こやつが喋るから、喋ってやっておるのじゃ」
「東宮様をこやつ呼ばわりなど、無礼な!」
宗征が、上げた大きな声で、小さな鳥たちが驚いて本当に木から飛び去っていった。
「宗征、落ち着け。巴は妖だ、人の階級に収める必要はないだろう」
「しかし、飼い主は姫君です」
結局、宗征が不満を持っているのはそこらしい。
鐘の音が北野に響いた。狩りを始める合図だ。宗征は、周囲の警戒にあたります、と言って少しだけ距離を取って、一切の隙もなくあたりを見回している。
「さて、頼んだよ、巴。ほどほどの獲物を取って来てくれ」
「ほどほどって何じゃ。一番のものを取って来れるのじゃ」
「いや、それだとまずいんだ。主上よりも小さく、さりとて小さすぎないものを頼む」
「人って面倒じゃな」
巴は翼を大きく広げて、その場で何度か羽ばたきを繰り返してから高く飛び上がった。他の鷹の様子を見るように、高い位置で飛んでいる。
その後、勢子に向かって飛んでいくのが見えた。勢子とは、狩りの時に獲物を追い込む役割を担う者たちのこと。帝が参加する鷹狩とあって、勢子の数も多い。
「おい、見たか。勢子の方に寄っていった鷹がいるぞ」
「やはり、急ごしらえの鷹だと、使えないんだろう。気の毒に」
他の参加者が話しているのが聞こえてくる。というか、こちらに聞かせるように言っている。ちらちらと視線をこちらに向けて、様子を窺っている。この程度で怒り出すとでも思われているのか。
「ふあーあ」
これ見よがしに、あくびをしてやった。悔しそうに去っていくのを横目に見ていた。これが宵子の言っていた凶星なわけはない。気を抜くな、と自分に言い聞かせる。
鷹がこちらに全速力で迫ってくる。一瞬、驚いたが巴が戻ってきたのだと理解する。まだ獲物は持っていない。
「偵察は出来たかい」
「主からの伝言じゃ。刺客は若宮派の従者。青朽葉色の着物の人に注意して、だそうじゃ」
「は?」
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