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第二章 桐壺と澪標

桐壺と澪標 -14

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 彰胤はやってきた時には、女房たちが頑張ってくれたおかげで、桐壺が片付いた後だった。宗征も共に来ているが、相変わらず宵子への視線は険しい。宵子の膝の上に乗る巴の姿を見つけてから、さらに眉間の皺が深くなった。

 彰胤も巴に気付き、おお、と面白そうに笑った。

「見慣れない猫がいるね」
「さっき、桐壺へ迷い込んで来まして、そのままここで飼うことにいたしました」
「いいじゃないか」
「それで、この猫なんですが」

 宵子は、巴がただの猫ではなく妖であることを説明しようとしたのに、巴が先に口を開いてしまった。

「よろしくなのじゃ」
「喋った!」
「何者ですか!」

 彰胤と宗征が揃って驚きの声を上げた。巴は、苦笑いをしながら呟いていた。

「この流れ、三回目じゃな」
「あの、妖を飼うのは、だめでしょうか。宮中では猫を飼う妃や姫君も多いと聞きますし。他では話さないよう、言い聞かせますから」

 巴は、分かったのじゃ、と頷いてくれた。恐る恐る、彰胤の様子を窺う。

「ん? 別にいいんじゃないか」
 猫を飼うと言った時と変わらない調子で言われ、宵子は安心すると共に少し拍子抜けした。

「良くありません! 猫を飼う妃はいても、妖を飼う妃なんて聞いたことがありません」
「冬の宮の妃なのだから、それくらいでいいだろう」

 宗征は納得していない。宵子としては、宗征にも認めてもらいたいのだが、余計に敵視されてしまったかもしれない。

 特に気にしていなさそうな彰胤は、宵子の前に座ると、自分の目を指さした。

「凶星は今もあるか、視てもらいたくてね」
 気持ちを切り替えて、じっと、彰胤の目を見つめる。二日前に見た凶星は大きさを増してそこにある。

「はい。明日、とり(西)の方角の凶星は変わらずございます。それから、もう一つ、ございます」
「もう一つ?」

「小さいですが、いぬ(西北西)の方角にも凶星がございます。重なっていて見えづらいですが、大きなものの手前にあるようなので、先に小さな災いがあると思います」
「なるほどねー」

 宗征が少し考えた後で、ぽつりと零した。

属星祭ぞくしょうさいの中で、何かが起こるということでしょうか」
「属星祭も行なうのですか」

 そう尋ねれば、宗征は険しい顔で言葉を返してきた。

「属星祭の行事の一つとして、鷹狩が行なわれるのです。そのようなことも知らずに、東宮様に恐れ多くも助言をしておられたのですか」
「学士殿が言わないからでしょう!」

 仲子が、頬を膨らませて横やりを入れた。すると、今度は巴が宵子の膝の上でくつろぎながら聞いてきた。

「祭なのは知っておるが、属星ってなんじゃ?」
「属星っていうのは、生まれ年の干支によって属する星が決まるのよ。その星を祭ることで、幸運や健康を願うの。朝起きて一番に星の名前を唱えることを習慣にする人も多いわよ」

「あたしもやってます!」
「へー、干支ってことは十二種類あるってことかのう」

「北斗七星になぞらえるから、七つよ。子年は貪狼どんろう星。丑・亥年は巨門こもん星。寅・戌年は禄存ろくぞん星。卯・酉年は文曲ぶんきょく星。辰・申年は廉貞れんてい星。巳・未年は武曲ぶきょく星。午年は破軍はぐん星」

 ちなみに、子年と午年が単独で一つの星に属するのは、子と午が北と南を示すもので、天地を繋ぐからとされている。北辰(北極星)が入らないのは、天の頂にいる星は帝のものとされているから。

 巴は、多すぎて覚えられないのじゃ、と言って興味をなくしてしまった。

「俺は、破軍星。女御も同じだね」
「はい」
「あたしは、巨門星でごさいますよ。学士殿は、廉貞星ですね」
「今回の属星祭は、どの星を祭るのでございますか」

 宗征に、またそんなことも知らぬとは、と指摘されてしまうかも、と身構えたが、今度はため息だった。

「はあ……。文曲星、つまり主役は若宮様です」
「!」

 鷹狩には、帝も若宮も出席すると言っていたが、まさか主催が若宮側だったとは。こんなの、危険すぎる。

「東宮様、やはり明日の参加は控えた方が……」
「大丈夫だよ。災いが起こると、知ったうえで臨めるのだから、心強い」

 また、流されてしまった。

 教えてくれてありがとう、と言って彰胤は明日の準備があるからと、梨壺に戻っていった。
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