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第二章 桐壺と澪標

桐壺と澪標 -13

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「もうすぐ東宮様がこちらにいらっしゃいます。不審な動きは、怪しまれてしまいますよ?」
「……っ」
「おい、早く行こう」

 そそくさと立ち去っていく陰陽師たち。

 怪しまれる、と言ったのは、相手が彰胤のことか、冬の宮と近しいと摂関家から怪しまれることか、仲子はぼかして言ったが、どちらでも好きに取ればいいということだろう。

「ふう。衣の色からしても、見習いでしょう。あれくらい脅かせばもう来ないと思います」
「ありがとう、命婦」
「助かったのじゃ」

 狐が尻尾を嬉しそうに左右に振っている。口をぱかっと開けて笑っているように見える。

「このまま、ここに置いてはくれないかのう。ここ、ものすごく暖かいのじゃ」

 狐はそう言って、さっき出したばかりの炭櫃にすり寄っている。
 動物と一緒に暮らすのは久しぶりのことで、宵子の胸が躍る。だが、すぐにあの記憶を思い出す。うさぎが見つかって、父に殴られ、蹴られたあの時の。

「どういたしますか、女御様」
「……」
「女御様?」
「……東宮様は、動物はお嫌いかしら」
「えっと、東宮様は大丈夫だと思いますよ」

 仲子は、宵子の顔を覗き込んで、にっこりと笑った。

「飼うかどうか、女御様が決めてよろしいのですよ。だって、ここ桐壺の主であらせられるのですから」
「わたしが、決める」

 宵子は、きちんと座り直して、狐を近くに呼び寄せた。狐はとことこと肉球で床を踏みしめながら歩いて、ちょこんと座った。

「あなた、狐の妖なのよね。別の姿に化けることは出来るかしら」
「条件はあるが、出来るのじゃ」
「なら、猫に化けてみてちょうだい」

 ぼふん、と煙のようなものが出ると同時に、狐は体を一回転させた。もう一度床についた足は、狐のものではなかった。黒と白の不規則に混ざった猫の姿だった。瞳は黄色から黄緑色の間の色をしていて、綺麗だった。額の渦だけは狐の姿と変わらないまま。

「どうじゃ、上手いものじゃ――」
「まあー!! 可愛い猫ちゃん!!」

 仲子が甲高い声を上げた。どうやら猫の姿は仲子の可愛い基準に刺さったらしい。

「触ってもいい? いいですか?」
「別に良いが。……ぬわあ、くすぐったいのじゃ」

 仲子は両腕で猫を抱きしめて、頬をすりすりして満面の笑みだ。反対に猫の方は仲子の想像以上の勢いに押され気味だった。

「ああー、本当に可愛い。もふもふと可愛さの掛け合わせは、もはや罪深いですー」
「ぬう、もう良いじゃろう、離れるのじゃ」
「ええー」

 仲子は不満そうだったが、猫を解放した。さっと宵子の後ろに避難してきた。一瞬でへとへとになっていた。

「あなた、名前は何て言うの?」
「特にないのじゃ。付けてくれんか」
「わたしが付けていいの」
「うむ。助けてもらった恩人じゃしな」

 宵子は、猫を見つめながら考える。やはり、目が行くのは、額の渦。ふわふわした毛並みが描くそれはとても可愛らしい。渦から連想して、宵子は思い付いた名を口にした。

ともえはどうかしら」
「うむ、気に入ったのじゃ。あるじ

「主?」
「そこの賑やか娘がそう呼んでおったじゃろう」

 仲子が、宵子を桐壺の主と言ったことを指しているらしい。可愛らしい見た目から発せられその呼び方は、言葉自体の印象よりも柔らかくて、嫌な気はしない。

「いいわよ、その呼び方で。よろしくね、巴」
「こちらこそじゃ」

 巴の話し方は、少し老師に似ていて、懐かしい気持ちになる。

「さて、東宮様がいらっしゃる前に、暖房具の用意は終わらせないといけませんね」
「え? 陰陽師たちを追い返すための口実ではなくて、本当にいらっしゃるの?」
「はい。あれ、言ってませんでしたか」

 他の女房たちも驚いて、慌てて作業を進め出した。もっと早く言ってください、と同僚から怒られつつ、仲子も作業に加わった。

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