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第二章 桐壺と澪標
桐壺と澪標 -5
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桐壺に戻ると、女官が宵子たちを待っていた。
「客人がお見えでございますが、いかがいたしましょう」
宮中まで宵子のことを訪ねて来る人なんて、いないと思うのだけれど。
「どなたがいらっしゃっているのかしら」
「中納言様の遣いの方でございます」
「……!」
父がわざわざ遣いを送り込んできた。いい話ではないことは、容易に想像が出来る。あまり、会いたくはない。でも、逆らうことは、出来ない。
「分かったわ……」
女官が、呼んで参りますと下がってから、すぐに御簾の向こうに遣いがやってきた。女房ではなく、男性の従者が来たことから、父がすぐにでも連れ戻したがっていることが分かる。
「姫様、中納言様が藤原の家に戻ってきて良い、との仰せでございます。一刻も早く、お戻りください」
戻ってきて『良い』なんて、嫌味な言い方だ。宵子が暗殺の計画を知っているから、父の指示があったことを知っているから、早く宮中から引き離したいのだろう。もしも、家に戻ったりしたら、殺されてしまう。彰胤の暗殺の成否に関係なく、宵子を殺そうとしていたのだから。
「姫様、大丈夫でございますか」
隣にいる仲子が、心配そうに声をかけてきた。宵子は頷いて、従者に問いかけた。
「父上は、他に何と仰せだったかしら」
「姫様を心配しておいででした。箱入り娘が、いきなり宮中に出ては、さぞ苦労していることであろうと。悪意も混在する場所であるからと」
従者の口調も言葉も、外向きの取り繕ったもの。宵子を本気で心配などしていない。ただ、言葉の中に少し引っ掛かるものがある。悪意、とは渡殿が汚されていた嫌がらせのことを指しているのだろうか。宵子が宮中を離れたいと思うよう、仕向けられたのかと、勘ぐった。
考えすぎかと思ったが、仲子も同じように考えたらしく、あからさまに従者に向けて顔をしかめている。
「この御方は、東宮様が妃にと所望しておられる方でございますよ。東宮様のお許しもなしに、連れ帰れるとお思いですか」
仲子は、言葉の上ではぎりぎり礼儀を保っているが、声音が怒っていると言っているようなもので、従者はそそくさとその場を後にした。また来ますと言っていたが、それにも仲子は相手が去ってから小声で言い返していた。
「二度と来るなー!」
子どもの喧嘩のように言うものだから、可愛らしい。
「姫様はもっと怒っていいんですよ、あんな失礼なやつ」
「いいのよ、いつものことだから」
「良くありませんよ。あんなのばっかりなんですか。姫様のご実家って」
「そうねえ、あまり母屋の人たちとは話さなかったから、分からないわ」
「はっ、つい、ご実家のことを悪く言ってしまいました。姫様は、帰りたいとお思いですか……? でしたら、余計なことを申しました」
仲子が、恐る恐るそう聞いてきた。
帰りたい? あの離れに? 自分に問いかけて、答えはすぐに出る。
「帰りたいとは思わないわ」
「そうでございますか」
仲子は、ほっとした表情になった。対照的に宵子の顔は曇る。帰りたいとは思わない、
でも、他に帰る場所なんて、宵子にはない。ここにいられるのも、取引のおかげで、いつまでいられるか、分からない。第一、宗征に認められていないのだし。
「姫様?」
「いえ、何でもないわ」
桐壺に戻ると、女官が宵子たちを待っていた。
「客人がお見えでございますが、いかがいたしましょう」
宮中まで宵子のことを訪ねて来る人なんて、いないと思うのだけれど。
「どなたがいらっしゃっているのかしら」
「中納言様の遣いの方でございます」
「……!」
父がわざわざ遣いを送り込んできた。いい話ではないことは、容易に想像が出来る。あまり、会いたくはない。でも、逆らうことは、出来ない。
「分かったわ……」
女官が、呼んで参りますと下がってから、すぐに御簾の向こうに遣いがやってきた。女房ではなく、男性の従者が来たことから、父がすぐにでも連れ戻したがっていることが分かる。
「姫様、中納言様が藤原の家に戻ってきて良い、との仰せでございます。一刻も早く、お戻りください」
戻ってきて『良い』なんて、嫌味な言い方だ。宵子が暗殺の計画を知っているから、父の指示があったことを知っているから、早く宮中から引き離したいのだろう。もしも、家に戻ったりしたら、殺されてしまう。彰胤の暗殺の成否に関係なく、宵子を殺そうとしていたのだから。
「姫様、大丈夫でございますか」
隣にいる仲子が、心配そうに声をかけてきた。宵子は頷いて、従者に問いかけた。
「父上は、他に何と仰せだったかしら」
「姫様を心配しておいででした。箱入り娘が、いきなり宮中に出ては、さぞ苦労していることであろうと。悪意も混在する場所であるからと」
従者の口調も言葉も、外向きの取り繕ったもの。宵子を本気で心配などしていない。ただ、言葉の中に少し引っ掛かるものがある。悪意、とは渡殿が汚されていた嫌がらせのことを指しているのだろうか。宵子が宮中を離れたいと思うよう、仕向けられたのかと、勘ぐった。
考えすぎかと思ったが、仲子も同じように考えたらしく、あからさまに従者に向けて顔をしかめている。
「この御方は、東宮様が妃にと所望しておられる方でございますよ。東宮様のお許しもなしに、連れ帰れるとお思いですか」
仲子は、言葉の上ではぎりぎり礼儀を保っているが、声音が怒っていると言っているようなもので、従者はそそくさとその場を後にした。また来ますと言っていたが、それにも仲子は相手が去ってから小声で言い返していた。
「二度と来るなー!」
子どもの喧嘩のように言うものだから、可愛らしい。
「姫様はもっと怒っていいんですよ、あんな失礼なやつ」
「いいのよ、いつものことだから」
「良くありませんよ。あんなのばっかりなんですか。姫様のご実家って」
「そうねえ、あまり母屋の人たちとは話さなかったから、分からないわ」
「はっ、つい、ご実家のことを悪く言ってしまいました。姫様は、帰りたいとお思いですか……? でしたら、余計なことを申しました」
仲子が、恐る恐るそう聞いてきた。
帰りたい? あの離れに? 自分に問いかけて、答えはすぐに出る。
「帰りたいとは思わないわ」
「そうでございますか」
仲子は、ほっとした表情になった。対照的に宵子の顔は曇る。帰りたいとは思わない、
でも、他に帰る場所なんて、宵子にはない。ここにいられるのも、取引のおかげで、いつまでいられるか、分からない。第一、宗征に認められていないのだし。
「姫様?」
「いえ、何でもないわ」
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