星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~

鈴木しぐれ

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第二章 桐壺と澪標

桐壺と澪標 -2

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「こいつの価値基準は『可愛い』ことなんだ。変わっているが、悪いやつじゃないよ」
「可愛いことは正義でございますよ! 人でも動物でも、草木も花も、可愛いことは素晴らしいことです。東宮様もお生まれの時はもう、この世にこんなに可愛らしいものがあるとは! と思いましたが、最近は可愛いというところからは離れているような気がいたします」

 確かにとうに元服をした男性を相手に可愛いを求めるのは違うような気もする。東宮様が可愛くないとは愚弄か! と見当違いなことを言っている宗征の言葉を聞かなかったことにしたらしい仲子は、宵子の傍にぐっと寄ってきた。

「本当に可愛らしい御方でございますね。長く艶やかな黒髪、白く透き通った肌、切れ長の目は可愛いと言っては失礼なほどお美しく、紅を差した唇も頬も可愛らしく――」
「待って、急に、恥ずかしいわ」

 仲子が恥ずかしげもなく真っすぐに褒めてくるから、宵子は顔を覆った。顔が赤くなっている気がする。

「あら、本当のことでございますのに。ねえ、東宮様?」
「そうだね」

 間髪入れずにそう言った彰胤の言葉で、より一層顔が熱くなった。彰胤は、この状況を面白がっているのか、ずっと楽しそうな笑みを浮かべて仲子と宵子のやり取りを見ていた。宗征は、ずっと険しい顔をしているけれど。

 仲子は、少し改まって宵子に問いかけてきた。

「あたしを、姫様の傍に置いていただけますか」

 女房は皆、朔の姫を嫌うと勝手に思い込んでいたのは、宵子の方だった。そうではない人も、いるのかもしれないと、少し期待を持ってしまった。

「ええ。こちらこそ、よろしくね」
「ありがとうございます! また婚姻の儀の後には女房が増えるので、今のうちに準備を進めておかなくてはなりませんね」
「女房が増えるのでございますか」

 宵子は、彰胤に向けて問いかけた。ここまでの宵子の様子を見ていた彰胤が、少し言いにくそうに口を開いた。

「そうなんだよね。東宮の妃になると、ある程度の人数の女房は必要でね。命婦と同じく、俺に仕えていた信頼出来る者を置くから、不安には思わないで」
「分かり、ました」

 これも、取引の一環と思うことにした。暗殺計画の件を不問としてもらうのだから、我が儘は言えない。

「そうそう、仲子を紹介するのと、もう一つ話があってね」
 彰胤の顔には、少し険しさが見える。あまり良くない話なのかと宵子は身構える。

「中納言が、君を返せと言ってきているんだ」
「え……」
「相応しくないからとか、きちんと妃教育が出来ていないからとか、先日の件で迷惑をかけたから、とか色々と理由を並べ立ててね」

 そういえば、昨日のことで中納言である父にも咎が及ぶことになったのでは、と思い至る。彰胤は宵子の考えていることを察したようで、宗征に説明を、と短く指示をした。

「昨日の女房や兵のしたことは、東宮様をお守りしなければ、と気負って勘違いをしてしまった、と申しております。中納言は、あくまで、配下の独断と暴走ということにしたいようです」

 暗殺や襲撃を命じておきながら、父は何も知らないとしらを切りとおすつもりらしい。

「まあ、相応しくない、という点においては、中納言と同意見ですね。この婚姻は反対です。藤原の家に返すのがよろしいかと存じます」

 宗征が淡々と、そう彰胤へ進言した。ちらりと宵子の方を見たが、宗征の眼差しは冷たく軽視するものだった。

「それはお前が決めることではないよ」
 口調は穏やかなままだが、なぜか圧を感じる。宗征は一瞬、気まずそうに視線を逸らしたが、意見は変えようとはしなかった。

「東宮妃は、東宮様に相応しい相手でなくはなりません。足手まといになります。私は認めません」

 きっぱりと言うと、彰胤にだけ礼をして梨壺を後にしてしまった。彰胤は苦笑いで宗征の背中を見送っていた。

「もう! 学士殿は何を言っているのですか! こんなに可愛らしい姫様のどこに不満があるというのでございましょう。それに、東宮様のお選びになった御方じゃないですか。主人の決めたことに文句を言うなんて」

 仲子は、頬を膨らませながら怒っていた。宵子や彰胤の七歳上と言っていたから、二十五歳。仲子の方が可愛らしいと思う。

「姫様だって怒ってよろしいのですよ、あんな失礼男!」
「学士殿の言うことは、正しいわ。わたしは、東宮妃にはとても相応しくないわ」
「だめだよ」

 彰胤が短い言葉で、はっきりと言った。

「自分を下げるような言葉を言ってはだめだよ。婚姻の儀は、この問題を解決してからにするけれど、俺は君を追い返すつもりは一切ないからね」

 彰胤は、眩しく思うほどの真っすぐな笑顔を浮かべている。宵子は太陽のような笑みに対して、微笑み返せるほど、自分に自信などなかった。頷くふりをして、俯いた。
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