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第二章 桐壺と澪標

桐壺と澪標 -1

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 あの騒動の翌日、宵子は梨壺に呼ばれていた。

「君に紹介したい者がいてな」

 彰胤に促されて、一人の女房が進み出てきた。

「本日より、姫様にお仕えします。弁命婦べんのみょうぶ、もしくは単に命婦みょうぶとお呼びくださいませ」
「あの、この女房は東宮様付きの者ではございませんか」

 昨日の衣装合わせの時に、東宮の着付けをしていたうちの一人だったはず。彰胤にまだ動くなと言っていた、あの女房だ。

「ああ。俺に仕えていた、信用の出来る者だよ。君のところの女房頭にと思ってな」
「よろしいのですか」

「先日の件で、藤原の者は信用出来ないから、こちらから付ける方が安心だ。この命婦の母は、俺の乳母の一人でな。命婦の方が七歳上で、姉弟のように育っていた仲だな」
「さようでございますねー」

 命婦――清原きよはらの仲子なかこは、彰胤の頭を撫でるような仕草をしてみせ、にこにこと笑っている。

「命婦、東宮様に馴れ馴れしいぞ。慎め」
「いつものことじゃないか」
「いつものことではありませんか」

 宗征の言葉に対して、彰胤と仲子は同じ調子で返していた。本当に姉弟のようで微笑ましい。

 ただ、宵子には女房に対して、いい思い出がない。三歳以前は世話をしてくれた者がいると、老師から聞いているが、幼くて全く覚えていない。朔の姫は無視して当然、そうでなければ見下し、蔑む、そういう女房しか、いなかった。

「あの、わたしに、女房は必要ありません。大抵のことは一人で出来ますので」
「まあ! そんな寂しいことを言わないでください。姫様のお世話をするのが、女房の仕事でございます。あたしの仕事を取らないでくださいませ」

 怒る、というより拗ねるような可愛らしい口調で、仲子はそう言って、宵子の前にかしずいた。

「姫様にとっては、あたしはいらないものでしょうか」
「……っ、違うわ。朔の姫に仕えるなんて、誰だって嫌でしょう? だから、誰も、必要ないと」

 喉に言葉をつっかえながら、そう言うと、なぜか仲子の方が泣きそうな顔になっていった。

「誰が、そのようなことを申したのですか。そんな、ひどいことを」
「皆、そうだったわ。呪われた姫に仕えるなんて、凶事でしょう」
「あたしは違います! そもそも、朔の姫の噂は、全てでたらめだったではありませんか。未来が視えることだって、素敵なことです」

 仲子が星詠みのことを口にして、思わず彰胤を見ると、静かに頷いた。

「命婦には話してある。大丈夫、他の者には話すつもりはないよ。君の一番近くに置く信頼のおける者だから、君が隠しごとで気負う必要のないようにね。もちろん、婚姻の取引のことも知っている」

 仲子は、お任せください、と自分の胸を打った。宗征が、はしたない、と注意している。仲子は気を取り直して口を開いた。

「姫様は、凶兆が視えるのでございますよね。では、あたしの目を視てくださいませ。姫様に仕えることが、あたしにとって凶事なんかじゃないって、分かっていただけると思います」
 宵子は、ずいっと顔を寄せて来る仲子の目を見つめた。

「……!」

 そこには、凶星が一切なかった。大なり小なり、人の目の中には凶星が必ずある。宗征のように、少しつまずくだとか、ほんの些細な凶兆でも、星となって現れる。仲子には、それすら、ない。

「どうでございますか?」
「ないわ。一切、凶星がないわ。こんなに強運な人は見たことがないくらいよ」
「えへへ、あたし、運は物凄くいいんですよ。自慢じゃないですけど」

 仲子は胸を張って、自慢げににっこり笑った。そして、宵子の手を取って静かに続けた。

「姫様に仕えることは、凶事などではございません。今も、これから先も」
「本当に、命婦はいいの。元々、東宮様にお仕えしていたというのに……」
「それが命令でございますから。ですが、こうして姫様にお会いして、姫様付きになれることが嬉しいのです」

「どうして」
「だって、東宮様よりも、姫様の方が可愛いんですもの!」
「……?」

 当然と言わんばかりの勢いでそう言われたが、答えになっていないような気がする。助け舟を求めて彰胤の方を見ると、苦笑いを浮かべていた。
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