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第一章 朔の姫と冬の宮
朔の姫と冬の宮 -6
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「何か、考え事かい」
彰胤の声で、宵子は思考から戻ってきた。
小刀は今も宵子の懐に入っている。暗殺のことは気取られてはいけない。決行の頃合いは、父の遣わした女房から指示があるという。それまでは決して追い返されることはあってはならない、疑われることがあってもならない、と。
「申し訳ございません。緊張、しておりまして」
「緊張?」
今、宵子と彰胤は向かい合って座っている。
唐突な訪問ではあったが、東宮を外に立たせたままにするわけにはいかない。桐壺の中へと入ってもらった。宮中に来て、宵子が与えられたのは、北東に位置する淑景舎、庭に桐が植えられていることから、一般的に桐壺と呼ばれるところ。
帝の住む清涼殿から最も遠く、不遇の場所と言われるが、東宮が住む梨壺には一番近く、東宮妃の住まう場所としては適切である。
「今日、東宮様が桐壺へいらっしゃるなんて、思いがけないことでしたので」
婚姻の儀の日取りは、占いによって吉日が選ばれる。追って通達があるから、それまで待て、と言われていた。今日は星が降り、不吉だから部屋に籠る人がほとんど。何も起こらないと、安心していたのに。彰胤は従者を一人だけ連れてやって来た。
「あの、どうして、東宮様はいらっしゃったのですか。星が降る夜ですのに」
「どうしてって、そりゃあ、妻になる人の顔を見に来たのだよ」
彰胤は、にこにこと笑顔でそう言ってのける。人当たりよく、楽しげに話す様子を見て、一体どこが冷酷な冬の宮なのだろう、と疑問に思った。
彰胤の手が、宵子の持つ檜扇に伸びてきた。強い力ではないが、ゆっくりと檜扇を下げさせられた。顔を見に来た、というのが会いに来たという意味ではなく、本当に顔を見るためのようだ。
「綺麗な顔をしているね。星明かりによく映える」
「――お、恐れ多いことでございます」
宵子の頬に指を沿わせながら、そんなことを言うものだから、彰胤の手から逃れるように宵子は思わず俯いた。彰胤は気を悪くした様子もなく、明るく宵子に話しかけてくる。
「いやあ、実は宮中には君の噂が色々とあってね」
「噂、でございますか」
「中納言が自邸に隠している姫、それはもう宮中での恰好の噂の的だよ。顔に大きな傷がある、髪が老婆のように白い、ひどくわがまま、気が触れている、などなど。まあ、全部嘘だったみたいだけど」
彰胤は、どこか満足そうに宵子を見た。確かに、父が宵子を見放したのはそんな理由などではない。噂は当てにならない。何より、星詠みのことは知られてはいないようで、安心した。
「ああ、それから、未来を知ることが出来る、とかね」
「……っ」
今まさに考えていたことを言い当てられたようで、宵子は思わず息を飲んだ。何とか平静を装って、聞き返した。
「そのような、噂もあるのですか」
「いいや。これは優秀な臣下に調べさせた話だ。よくやったぞー」
彰胤は、手をひらひらと振り、背後に控える男性の労をねぎらっていた。宵子は、視線を彰胤から横にずらして、その男性を見た。宵子と目が合うと、彼は口を真一文字に結んだまま、控えめに礼を返してきた。
「未来を知るなんて、陰陽師や宿曜師の方々でなければ、出来ないことでございましょう。わたしには、とても――」
「俺の目の中には、どんな星が視えるかい?」
目の中に星。はっきりとそう言った。本当に星詠みのことを調べ上げたらしい。これ以上、誤魔化すことは難しそうだ。こんな呪いのことなど、出来れば知られないままでいたかった。
「……わたしが視ることの出来るのは、凶兆だけでございます。呪われたものです。口にするなと、老師からも言われております」
「どうして、言ってはならないんだい」
「老師が口にするなと」
「誰かに言われたから、ではなく、君が言わない理由は」
「そ、れは……」
言葉に詰まってしまった。災いを招くから、という理由は宵子自身が納得していない。今まで言わなかったのは。恩のある老師がそう言ったから。ただそれだけだった。
「俺は、知りたい。言ってくれないかい」
「……」
「そうだなあ、じゃあ、東宮からの命令ってことで」
「そんな」
そう言われたら、断れるはずがない。悪戯っ子のように笑顔で東宮の地位を使ってくるなんて、ずるい人だ。でも、不思議と嫌な感じはしなかった。
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