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第一章 朔の姫と冬の宮
朔の姫と冬の宮 -2
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宵子は呪われている。生まれた時から、それは始まっていた。
宵子が生まれた時、空には深紅の月が浮かんでいた。月蝕である。羅睺星と呼ばれる悪星によって引き起こされる月蝕は、穢れや凶兆の証。何もせず、過ぎ去るのを待つべきとされている。宵子は、そんな月蝕の最中に生まれた。
「月蝕に生まれた子など、呪われておる」
父はそう言って自分の腕に赤子を抱くことはなかったらしい。そして、出産の数日後に母が亡くなった。元々、出産は死と隣り合わせの危険なものだが、そんな常識は意味を成さない。全ては、呪われた宵子のせいだと言われた。宵子は生まれてすぐに母を亡くし、父に見放された。
呪われた子は、離れに隔離されていた。哀れに思った数人の侍女が世話をしてくれていた。だが、彼女たちすらいなくなる事件が起こった。
宵子は三歳になり、さすがに袴着の儀式をした方が良いと考えた侍女に、母屋に連れていかれた。子どもの死亡率が高い平安の世で、子どもの成長を願う儀式はたくさんある。生まれてすぐに行なう産養、子どもが生まれて五十日目、百日目には、五十日の祝、百日の祝。
そして、三歳から五歳の頃に初めて袴を着ける袴着。これは父親が自分の子を世間にお披露目する意味合いもあった。
「どこいくの」
「中納言様――御父上のところでございますよ」
この頃には、少しずつ話せるようになっていた。そして、母屋には侍女や従者、たくさんの人がいた。それが、よくなかった。
「あのひと、ちかい。こっち、それとね、こっちのひとも。えっとね、あのひとも」
幼い宵子は、次々と母屋にいた人たちを指さした。指さされた人たちは、首を傾げたり、特に気にせず去っていた。その意味は、徐々に明らかとなった。宵子が指をさした者たちに、大なり小なり災いが起こった。一人として例外なく。
「やはり、呪われた子だ」
報告を受けた父はそう言って、内裏から名のある僧を呼び寄せた。宵子は、僧に色々と質問をされ、特に目を何度も診察された。
「この姫様には、人の目の中に星が視えるようじゃ。その輝く星によって、物事の前兆が分かるとな。まだ幼く、全てを言葉にすることが難しいようじゃが」
「未来が分かる、と申すか」
「うむ。ただし、凶兆だけじゃな」
凶兆だけ、という僧の言葉に父は化け物でも見るような、嫌悪と蔑みが混ざった表情をしていた。その日を境に宵子のいる離れに近づく者は誰もいなくなった。この家で、存在しない者とされた。
宵子には、二人の姉がいる。姉たちは正妻の子である一方、宵子は愛人や恋人などと言われる、いわゆる妾の子である。通常、長女を、大姫、次女を、中の姫と呼び、その下の娘は三の姫、四の姫と続く。
大姫と中の姫は、その生まれに相応しく、母屋に連なる対屋で暮らしている。離れで隔離されてはいるが、宵子は三の姫、と呼ばれるはずなのだが、誰が言い出したのか、朔の姫と呼ばれるようになった。
朔――新月のようにいるかも分からぬ存在感のない姫、と。
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