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五章 ― 菫 ―
五章-9
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「殿! どうしてそのような者に負けているのです! 全て上手くいっていたというのに。お前が! お前が余計なことばかりするから。そう、全てお前のせいだ!!」
大叔母は、なりふり構わず菫子に襲い掛かって来た。
「……っ」
菫子は、血のついた手のひらを突き出そうとした。が、やはりこの毒で人を傷付けたくはない。手を握りしめて血を隠し、菫子は目を瞑った。
「あーもう、仕方ないなあ」
ため息と共にそう呟く紫苑の声が聞こえて、菫子は瞼を押し開けた。
紫苑は、さっと御簾を下まで下ろした。そして、ぐっと全身に力を込めたかと思うと、その姿が青鬼に変化した。車の天井いっぱいまで到達する異形の姿に、大叔母は、ひぃっとか細い声を出して、失神した。
「うるさいんだよ、ばーか!」
すぐにいつもの子どもの姿に戻った紫苑が、腰に手を当てて、倒れた大叔母に向けてべーっと舌を出した。
車の外で、たくさんの足音がこちらに近付いて来ていた。まだ兵がいたのかと体を強張らせる。御簾を少し押し上げて様子を窺って、杞憂であったことを知る。
「としもとー! 大丈夫?」
紫檀が、宮中の警備の者たちを引き連れてやってきたのだった。俊元から呼んできて欲しいと頼まれていたようだ。警備の者たちは、この状況に驚いていたが、もうすぐ斎院の列がやってくるため、急いで場の収集に動き出した。
俊元は、指示を出す役割を担い、せわしなく動いていた。伸びている兵たち、気を失っている大叔父と大叔母を拘束していく。全員を警備の者に引き渡し終えて、ようやく路上は元の通りになった。
引き渡しが終わってすぐ、車の後ろ側から、俊元が乗り込んできた。鈍色の着物を身に纏っている菫子が外に出るわけにもいかないので、車の中で待っていたが、俊元の無事な姿をこの目で見るまで、気が気ではなかった。
「橘侍従様……!」
乗り込んでくるなり、菫子は俊元に抱きついた。触れるのが怖い、のは二の次だった。俊元が死んでしまっていたかもしれない、失っていたかもしれない、そう思うと今更ながらに怖かった。ちゃんと、ここにいることを確かめたかった。
俊元は、驚いていたが、優しく抱きしめ返してくれた。唯一、菫子が安心して抱きしめ合える人。とても、温かい人。
「……巻き込んで、申し訳ありませんでした」
俊元の袍に顔を埋めたまま、菫子はそう言った。俊元が攫われて、危険な目に遭ったのは、菫子のせいだ。
菫子の背中にまわっていた俊元の手が、菫子の頬を包み込んだ。持ち上げられるようにして、菫子は上を向かされた。近くに俊元の顔があった。
「謝罪よりも、感謝の方がいいな」
「……! ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
大叔母は、なりふり構わず菫子に襲い掛かって来た。
「……っ」
菫子は、血のついた手のひらを突き出そうとした。が、やはりこの毒で人を傷付けたくはない。手を握りしめて血を隠し、菫子は目を瞑った。
「あーもう、仕方ないなあ」
ため息と共にそう呟く紫苑の声が聞こえて、菫子は瞼を押し開けた。
紫苑は、さっと御簾を下まで下ろした。そして、ぐっと全身に力を込めたかと思うと、その姿が青鬼に変化した。車の天井いっぱいまで到達する異形の姿に、大叔母は、ひぃっとか細い声を出して、失神した。
「うるさいんだよ、ばーか!」
すぐにいつもの子どもの姿に戻った紫苑が、腰に手を当てて、倒れた大叔母に向けてべーっと舌を出した。
車の外で、たくさんの足音がこちらに近付いて来ていた。まだ兵がいたのかと体を強張らせる。御簾を少し押し上げて様子を窺って、杞憂であったことを知る。
「としもとー! 大丈夫?」
紫檀が、宮中の警備の者たちを引き連れてやってきたのだった。俊元から呼んできて欲しいと頼まれていたようだ。警備の者たちは、この状況に驚いていたが、もうすぐ斎院の列がやってくるため、急いで場の収集に動き出した。
俊元は、指示を出す役割を担い、せわしなく動いていた。伸びている兵たち、気を失っている大叔父と大叔母を拘束していく。全員を警備の者に引き渡し終えて、ようやく路上は元の通りになった。
引き渡しが終わってすぐ、車の後ろ側から、俊元が乗り込んできた。鈍色の着物を身に纏っている菫子が外に出るわけにもいかないので、車の中で待っていたが、俊元の無事な姿をこの目で見るまで、気が気ではなかった。
「橘侍従様……!」
乗り込んでくるなり、菫子は俊元に抱きついた。触れるのが怖い、のは二の次だった。俊元が死んでしまっていたかもしれない、失っていたかもしれない、そう思うと今更ながらに怖かった。ちゃんと、ここにいることを確かめたかった。
俊元は、驚いていたが、優しく抱きしめ返してくれた。唯一、菫子が安心して抱きしめ合える人。とても、温かい人。
「……巻き込んで、申し訳ありませんでした」
俊元の袍に顔を埋めたまま、菫子はそう言った。俊元が攫われて、危険な目に遭ったのは、菫子のせいだ。
菫子の背中にまわっていた俊元の手が、菫子の頬を包み込んだ。持ち上げられるようにして、菫子は上を向かされた。近くに俊元の顔があった。
「謝罪よりも、感謝の方がいいな」
「……! ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
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