毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ

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五章 ― 菫 ―

五章-4

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 葵祭の最大の関心事、路頭の儀は、斎院と宮中の遣いの列が賀茂神社までの道を、行列をなして進む儀式のことだ。飾り立てられた車や着飾った人々、その豪奢な行列を一目見ようと、大勢の人が車や立ち見などでやってきていて、路上は埋め尽くされていた。

 菫子と大叔母を乗せた車は、祭見物の車と同じように、一条大路を進む。

 外の、祭を心待ちにして高揚している雰囲気とは、正反対に車の中は、重苦しい空気が流れていた。縛られている手を動かしてみたが、解けそうにない。

 最悪縛られたまま、車を飛び降りることも出来なくはないが、俊元を人質に取られている以上、下手なことは出来ない。今、唯一抵抗出来るのは、口くらいだ。

「鴆の羽を水瓶に入れるよう指示したのは、大叔母上ですか、大叔父上ですか」
「おやまあ、そんなことまで突き止めていたのかい。本当に厄介な娘だ」

 帝暗殺未遂を認めたも同然の発言だった。

「このようなこと、許されません。すぐに捕縛されます」
「それはない。何故なら,犯人はお前だから。役人が言っただろう、今回の毒の事件の全ては毒小町が起こしたものだとな」

 役人に手を回したのも、大叔母だった。だが、兵部大輔の大叔父も含め、高階氏にそこまでの影響力があるとは思えなかった。一体、どうやって。

「全く、お前が帝に呼ばれて調査を始めたと聞いた時は、どうしたものかと頭を悩ませたもんだ。まあ、お前が宮中に行ったことで、犯人にすることが出来るようになって良かった」

「わたしは、何もしていません。主上も、お信じにはならないでしょう」
「自分は主上に気に入られているとでも? 仮にそうだとしても、周りの大きい声を抑え込むことを出来はしないさ」

「でも」
「口答えもいい加減にしなさい。道中の暇つぶしとしてもつまらない。お前は罪を被って死になさい。せめてわたしたちの役に立って死になさい。何のためにわざわざ毒小町を育てたと思っているのか」

 大叔母の真上から押さえつけるような言葉、口調に、菫子は黙って下を向かざるを得なかった。高階の家での日々を思い出して、自然と視線は下に落ち、口が重くなる。

 しおらしい菫子の様子を見て、少し機嫌を直したらしい大叔母は、勝手に話し出した。

「何も知らない愚かなお前に教えてやろう。早い出世に必要なのは、手柄を上げることではなく、その官位を開けることだ。毒小町を使って邪魔者を消し、わたしたち高階氏ではなく、源氏を据える。妙案だろう」

 ようやく理解出来た。高階氏が毒をもって空けた場所に源氏が座る。長年その協力関係があるからこそ、源氏は上の官位に、高階氏は不相応の強い権限を持っているのだ。

 今、大叔母の言った毒小町には、おそらく母も含まれている。母は、唇に毒を持っていた。元々、宮中に流れていた噂、体の一部に毒を持ち、密殺をする者、とは母のことだったようだ。母もまた、大叔母に従わされていたのだろうか。

「あっ」

 車同士が近距離ですれ違ったらしく、菫子の乗っている車が大きく揺れた。手首を縛られているため、体勢を崩してしまった。体が大きく傾き、大叔母の方へと倒れ込む。

 触れないように体を捻った瞬間、菫子の腹に何かが当たった。丸めた背中が車の内側に衝突した。

「うっ、げほげほ」

 大叔母が、手にしていた懐剣で菫子の腹を突いたようだった。大叔母は咳き込む菫子を、嫌悪の表情で見下ろしていた。

「全身が毒など、厄介な。母は優秀であったというのに、お前は失敗作だ」
「……」
「間違ってもわたしに触れてくれるな」

 菫子自身、人を殺めようと思って触れたことなど、一度もない。それなのに、お前は好きで人を殺める人間だと言われているような言い方に、わずかに反発する気持ちが、怒りが小さな泡となって浮かんできた。

「……どうして、おかあさまは亡くなったのですか」
「お前の毒のせいだ。今更何を言う」
「本当ですか」

 静かに重ねて問うと、檜扇で隠した大叔母の表情が一瞬だけ揺らいだように見えた。同じように菫子の髪に触れたのに、亡くなってしまった母と侍女、熱を出しただけだった紹子、この二つの大きな違いは、それが起きた場所。菫子はそう考えた。

「何度も言わせるな、お前のその厄介な毒のせいだ」

 大叔母は苛立った様子で、閉じた檜扇で車の床を、ばしっと叩きつけた。牛飼いが、いかがいたしましたか、と聞くのにも、不機嫌に答えていた。

 その仕草を見て、ある場面を思い出した。

 母が亡くなった時、大叔母は同じように檜扇を床に叩きつけていた。そして、大叔母が部屋を出て、母の亡骸と父と菫子が残された。幼い菫子は、目の前のことが現実だと受け止めきれず、夢をみているように思っていた。

 父は、母の頬を愛おしそうに撫で、そして、口付けを落とした。父の目から零れ落ちる涙が、夕日を反射させて綺麗だった、なんて不謹慎なことを思っていた。

 母は唇に毒を持つ人だった。つまり、あれが最初で最後の口付けだったのだ。それから、父は母に向けて話しかけていた。菫子も聞いていたはずだ。


 ――あの時、お父様はなんと言っていたのだったかしら。
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