毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ

文字の大きさ
上 下
59 / 74
五章 ― 菫 ―

五章-1

しおりを挟む
 今日は、卯月、中の酉の日。賀茂祭、通称葵祭の日だ。老若男女が祭に心躍らせる晴れの日であるが、菫子は軟禁状態のまま、念誦堂に籠っていた。

 祭の日ということで、見張りの役人が少なくなるのでは、と期待したが、そのようなことはなかった。

「ねえ、紫檀が斧で地面どーんってやって、あいつら追い払おうよー」
「そんなことしたら、本当に主上への謀反と取られて、今すぐに処刑されてしまうわ」

「じゃあ、ずっとこのままー?」
「それは……」

 駄々をこねる紫苑をなだめはしたが、菫子自身もこのままでは良くないとは思っている。でも、下手に動くのは危険。どうすれば。

「外、何か変」

 紫檀が眉をひそめてそう言った。警戒をしつつ、菫子は戸に耳を当てた。ばたり、と人が倒れる音がいくつも聞こえてきた。一緒に耳を立てていた紫苑と怪訝な顔で見合わせた。そっと、戸を薄く開けて様子を見てみた。

 見張りに立っていたはずの役人が、全員その場に伏していた。一番近くにいた役人を見てみると、胸が上下していることから、眠っているのだと分かった。役人が全員一斉に眠るなんて、異常事態だ。だが、菫子にとってここを出るまたとない機会には違いない。

「……よし」

 菫子は意を決して、戸を開けた。すると、妙な香りが鼻をついた。以前作ったことのある眠り薬に似ていた。続けて、念誦堂に付けられている車の存在が目に飛び込んできた。
 八葉車はちようくるま、牛車の屋根や袖に八つの葉の装飾を付けた車のことだが、菫子には、その車に見覚えがあった。

「これは……」

 立ち尽くしている間に、車の御簾が上がって、中の人物が姿を現した。

「久しぶりね、毒小町」
「……大叔母上」

 菫子の大叔母、高階妙子たえこ。かつては宮仕えもしていたらしいが、菫子が生まれた時にはもう家を守る女主であった。白髪の混ざる髪、表地が薄色に裏地が青のおうちの袿を纏っている姿は、貫禄がある。菫子にとっては畏怖、と言った方が近い。

「来なさい」

 役人が倒れているにも関わらず、発せられたのは短い言葉だけ。それこそ、その状況を作ったのが大叔母だと、言っているようなものだ。

 答えられずにいると、後ろから紫檀と紫苑がやってきた。菫子が警戒していることを察して、二人とも険しい顔をしている。

「何をしている。早く来なさい、その鬼らは置いて来なさい」

 二人のことを、よく見ないままに鬼と言い切った。裏で陰陽師を遣わしたのも、大叔母が関わっているとみて間違いなさそうだ。

「毒小町。主上の側近がどうなってもいいのかい」
「!」

 追い打ちをかけるように、大叔母は言った。俊元は、大叔母の手の内にあるというのだ。逆らうことなど出来ない。菫子は、車へと乗りこんだ。手を後ろにするように言われ、そのまま牛飼いに両手首を縛られた。

「毒小町と同じ車なんて、おぞましくて、本当は嫌だけれど、仕方がない。ほら、出して」

 大叔母の命令に、牛飼いが手綱を取った。紫檀と紫苑が心配そうにこちらを見ていて、飛び乗ってきそうな勢いだったが、大丈夫だから、と首を振って返した。大叔母に、逆らうわけにはいかないし、逆らうことなど出来ない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

魔法使いと子猫の京ドーナツ~謎解き風味でめしあがれ~

橘花やよい
キャラ文芸
京都嵐山には、魔法使い(四分の一)と、化け猫の少年が出迎えるドーナツ屋がある。おひとよしな魔法使いの、ほっこりじんわり物語。 ☆☆☆ 三上快はイギリスと日本のクォーター、かつ、魔法使いと人間のクォーター。ある日、経営するドーナツ屋の前に捨てられていた少年(化け猫)を拾う。妙になつかれてしまった快は少年とともに、客の悩みに触れていく。人とあやかし、一筋縄ではいかないのだが。 ☆☆☆ あやかし×お仕事(ドーナツ屋)×ご当地(京都)×ちょっと謎解き×グルメと、よくばりなお話、完結しました!楽しんでいただければ幸いです。 感想は基本的に全体公開にしてあるので、ネタバレ注意です。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。 架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました!🌸平安の世、目の中に未来で起こる凶兆が視えてしまう、『星詠み』の力を持つ、藤原宵子(しょうこ)。その呪いと呼ばれる力のせいで家族や侍女たちからも見放されていた。 ある日、急きょ東宮に入内することが決まる。東宮は入内した姫をことごとく追い返す、冷酷な人だという。厄介払いも兼ねて、宵子は東宮のもとへ送り込まれた。とある、理不尽な命令を抱えて……。 でも、実際に会った東宮は、冷酷な人ではなく、まるで太陽のような人だった。

第7回キャラ文芸大賞(仮タイトル)

電網浮遊都市線アルファポリス行お猿の電車
キャラ文芸
第7回キャラ文芸大賞エントリー用小説です。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子
ホラー
自分と目をあわせると、何か良くないことがおきる。 幼い頃からの不吉な体験で、葛葉はそんな不安を抱えていた。 時は明治。 異形が跋扈する帝都。 洋館では晴れやかな婚約披露が開かれていた。 侯爵令嬢と婚約するはずの可畏(かい)は、招待客である葛葉を見つけると、なぜかこう宣言する。 「私の花嫁は彼女だ」と。 幼い頃からの不吉な体験ともつながる、葛葉のもつ特別な異能。 その力を欲して、可畏(かい)は葛葉を仮初の花嫁として事件に同行させる。 文明開化により、華やかに変化した帝都。 頻出する異形がもたらす、怪事件のたどり着く先には? 人と妖、異能と異形、怪異と思惑が錯綜する和風ファンタジー。 (※絵を描くのも好きなので表紙も自作しております) 第7回ホラー・ミステリー小説大賞で奨励賞 第8回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。 ありがとうございました!

夜勤の白井さんは妖狐です 〜夜のネットカフェにはあやかしが集結〜

瀬崎由美
キャラ文芸
鮎川千咲は短大卒業後も就職が決まらず、学生時代から勤務していたインターネットカフェ『INARI』でアルバイト中。ずっと日勤だった千咲へ、ある日店長から社員登用を条件に夜勤への移動を言い渡される。夜勤には正社員でイケメンの白井がいるが、彼は顔を合わす度に千咲のことを睨みつけてくるから苦手だった。初めての夜勤、自分のことを怖がって涙ぐんでしまった千咲に、白井は誤解を解くために自分の正体を明かし、人外に憑かれやすい千咲へ稲荷神の護符を手渡す。その護符の力で人ならざるモノが視えるようになってしまった千咲。そして、夜な夜な人外と、ちょっと訳ありな人間が訪れてくるネットカフェのお話です。   ★第7回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。

処理中です...