毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ

文字の大きさ
上 下
58 / 74
四章 ― 鬼 ―

四章-9

しおりを挟む
 正月の儀式の時、杯がいくつか用意されていたと言っていた。帝が使う杯を予想して毒を塗った杯を置くのは、仕掛ける側から考えると、不確かな方法だ。かといって、杯の全てに毒を塗るのは、露見する危険性が上がる。

「それは、分かってる。もっと、他に手掛かりは……」

 菫子は思わず、思考を口に出していた。そんなことも、気にしていられない。早く、早く毒と犯人を特定しなければ。

「わあ、ごめん。水瓶倒しちゃった。割れてないやろか」
「あたしのは丈夫に出来てるから、平気」

 菫子の考えの邪魔にならないよう、移動してくれたらしい紹子が、紫苑の水瓶を蹴ってしまったようだ。水瓶から少しだけ水が流れ出していた。紫檀がすばやく布巾で拭いたから、広がることはなかった。

「……水瓶。そうだわ。杯じゃなくて、水の方」

 どうして思い至らなかったのか。青梅で騒ぎになると分かっていたら、水を飲む流れになるのは予想出来る。水をすすめるのも自然だ。杯ではなく、水そのものに毒を入れれば、どの杯であろうと関係がない。

「何か、分かったん?」
「ええ。でもあと少し、足りないわ」

 ふと、紹子が話していた鳥のことを思い出した。どうして今、そのことを思い出したのか、菫子自身も分からない。何かの意志に動かされたような心地だった。

「ねえ、右近さん。お正月の儀式の時、綺麗な鳥を見たと言っていたわよね」
「うん。この世のものとは思えないほど、色鮮やかで、凄いなーって思うたから、よく覚えてる」
「それって、こんな鳥じゃなかったかしら」

 菫子は、折り本のある頁を広げて、紹子に見せた。

「これこれ、こういうのだった」
「そう……なんてこと……」

「なんで藤小町があの鳥のこと知ってるん? この頃は宮中にいないはずやよね」
「この鳥は、元々高階の家にいて、わたしが世話をしていたのよ」
「え、どういうこと?」

 紹子と、紫檀と紫苑が困惑した表情で、菫子を見つめていた。真実が分かったのに、話をすることが、気が重い。

「この鳥は、ちん。毒鳥よ」

 鴆は、本来は伝説上の、存在しない毒鳥である。だが、この鳥を、ある人は作り出してしまった。餌に少しずつ毒物を混ぜて、日々毒を摂取させ続ける。すると、羽一枚一枚に猛毒を持つ鳥が完成する。

 どうしてそのような酷いことを、と問えば、毒小町がどうして毒を持っているのか、それを解明するために、人為的に鳥を毒鳥にしたのだと返された。そして、毒を持つゆえ、誰にも世話が出来ないから、菫子がするようにと言いつけた。

 この毒鳥を作り出したのは、高階の大叔母だった。

「藤小町の、大叔母様が……?」
「ええ。宮中では、兵部ひょうぶの大輔たゆうの北の方、と言った方が通じるかしら」

「兵部大輔って……女御様のところの」
「そう。大叔父上と大叔母上の娘、わたしにとっては従妹伯母上が、女御様の女房をしていると聞いたわ。右近さんに聞き覚えがあるのなら、間違いないわ」

 麗景殿で使う油をすり替えたのは、おそらく指示を受けたこの女房。麗景殿に仕えているのなら、簡単なこと。正月の時には、水瓶に鴆の羽を一枚入れたのだろう。鴆の羽は一枚あれば、成人男性が死に至るほどの毒がある。

「まさか、大叔母上が……」

 大叔母にいい感情は持っていなかったけれど、それでも恩は感じていた。まさか帝を害するような計画を立て、それを実行してしまう人だったなんて。少なからず気が沈んでいる自分がいる。

 折り本は、いつも傍に置くようにしていたけれど、四六時中というわけにはいかない。どこかで盗み見されて、今回の毒の事件に使われたのだ。

「これを作った、わたしのせいだわ」
「違う! これは、藤小町が毒から人を助けるために作ったもの」
「そうやよ。悪用した人が、全面的に悪い」

 紹子は、力強く頷いて、菫子の手を掴む振りをしてくれた。触れられなくても、その温かさは伝わって来た。

「右近さん、お願い。中宮様を通して、主上に伝えて。源大臣と兵部大輔が犯人、身を守ることを最優先にしてください、と」

「分かった。そろそろ戻らんと、役人たちにばれてしまう。うち、ちゃんと伝えるから、藤小町はもうしばらくここで辛抱してて」

「ええ、右近さんも気を付けて。あの、本当に、ありがとう」
「友達やもん。当然やよ」

 紹子は、にっこり笑ってから、外の様子を窺いつつ、するりと念誦堂から出た。何食わぬ顔をして、予め用意していた籠を持って、役人に手渡した。そして、藤壺の方へと歩いて行った。紹子が何事もなく帰ることが出来そうで一安心だ。

 今、一番気がかりなのは。

「橘侍従様、どこにいらっしゃるのかしら。ご無事でいて……!」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

魔法使いと子猫の京ドーナツ~謎解き風味でめしあがれ~

橘花やよい
キャラ文芸
京都嵐山には、魔法使い(四分の一)と、化け猫の少年が出迎えるドーナツ屋がある。おひとよしな魔法使いの、ほっこりじんわり物語。 ☆☆☆ 三上快はイギリスと日本のクォーター、かつ、魔法使いと人間のクォーター。ある日、経営するドーナツ屋の前に捨てられていた少年(化け猫)を拾う。妙になつかれてしまった快は少年とともに、客の悩みに触れていく。人とあやかし、一筋縄ではいかないのだが。 ☆☆☆ あやかし×お仕事(ドーナツ屋)×ご当地(京都)×ちょっと謎解き×グルメと、よくばりなお話、完結しました!楽しんでいただければ幸いです。 感想は基本的に全体公開にしてあるので、ネタバレ注意です。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。 架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました!🌸平安の世、目の中に未来で起こる凶兆が視えてしまう、『星詠み』の力を持つ、藤原宵子(しょうこ)。その呪いと呼ばれる力のせいで家族や侍女たちからも見放されていた。 ある日、急きょ東宮に入内することが決まる。東宮は入内した姫をことごとく追い返す、冷酷な人だという。厄介払いも兼ねて、宵子は東宮のもとへ送り込まれた。とある、理不尽な命令を抱えて……。 でも、実際に会った東宮は、冷酷な人ではなく、まるで太陽のような人だった。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

第7回キャラ文芸大賞(仮タイトル)

電網浮遊都市線アルファポリス行お猿の電車
キャラ文芸
第7回キャラ文芸大賞エントリー用小説です。

羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子
ホラー
自分と目をあわせると、何か良くないことがおきる。 幼い頃からの不吉な体験で、葛葉はそんな不安を抱えていた。 時は明治。 異形が跋扈する帝都。 洋館では晴れやかな婚約披露が開かれていた。 侯爵令嬢と婚約するはずの可畏(かい)は、招待客である葛葉を見つけると、なぜかこう宣言する。 「私の花嫁は彼女だ」と。 幼い頃からの不吉な体験ともつながる、葛葉のもつ特別な異能。 その力を欲して、可畏(かい)は葛葉を仮初の花嫁として事件に同行させる。 文明開化により、華やかに変化した帝都。 頻出する異形がもたらす、怪事件のたどり着く先には? 人と妖、異能と異形、怪異と思惑が錯綜する和風ファンタジー。 (※絵を描くのも好きなので表紙も自作しております) 第7回ホラー・ミステリー小説大賞で奨励賞 第8回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。 ありがとうございました!

夜勤の白井さんは妖狐です 〜夜のネットカフェにはあやかしが集結〜

瀬崎由美
キャラ文芸
鮎川千咲は短大卒業後も就職が決まらず、学生時代から勤務していたインターネットカフェ『INARI』でアルバイト中。ずっと日勤だった千咲へ、ある日店長から社員登用を条件に夜勤への移動を言い渡される。夜勤には正社員でイケメンの白井がいるが、彼は顔を合わす度に千咲のことを睨みつけてくるから苦手だった。初めての夜勤、自分のことを怖がって涙ぐんでしまった千咲に、白井は誤解を解くために自分の正体を明かし、人外に憑かれやすい千咲へ稲荷神の護符を手渡す。その護符の力で人ならざるモノが視えるようになってしまった千咲。そして、夜な夜な人外と、ちょっと訳ありな人間が訪れてくるネットカフェのお話です。   ★第7回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。

処理中です...