毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ

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四章 ― 鬼 ―

四章-1

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「藤小町、これでいいん?」
「もう少し練り合わせた方がいいと思うわ」
「分かったー」

 紹子が身に纏っているのは、花橘の重ね。単衣に白、五衣は内側から淡青、青、白と続き、濃淡のある淡朽葉。生地は薄衣うすぎぬとなっていて、涼しげだ。

 更衣ころもがえは卯月朔日なので、もう十日ほど前に済ましてある。紹子は春に続いて山吹色の着物を入れた合わせをしている。少し前に聞いてみたら、この色好きなんよーと満面の笑みだった。

 今日は初夏らしく、荷葉香かようこうを作っている。荷葉香は、蓮の花の香りに似せたもので、夏を代表する香だ。

 作り方は、全体量の半量の沈香、沈香の三分の一ほどの丁子、甲香を入れる。それから少量の安息香あんそくこう、白檀、甘松、霍香かっこう熟鬱金じゅくうこんを混ぜ合わせる。紹子に教えながら、菫子も香
を作っていく。甘松を少し増やしてみたものを作ってみた。

「そういえば、歌は渡せたん?」
「橘侍従様、最近はここに来ておられないから」
「あらー、忙しいんやね。もうすぐ葵祭やし」

 一生懸命、歌を作って、一応紙に書いてみた。けれど、俊元が来たとして、渡す勇気が出るかどうか。
それに、もっと重要なことが迫っている。葵祭は帝が定めた期限だ。犯人を見つけださなければならないが、俊元からの情報や証拠品がないと、菫子は調べることも出来ない。

 連絡を取る手段も、菫子の側からはほとんどない。焦ってきているのは確かだ。

「葵祭、東宮様はお見えになるんかなー。心配やね」
「東宮様?」
「あ、そっか。ここから梨壺遠いし、あんまり話入って来やんよね。最近、東宮様のご祈祷が増えたらしいんよ。体調が優れんくて、物の怪が憑いてるとかで」

 帝に毒を盛ったのは東宮派、と聞いているが、東宮本人には会ったことがない。帝や俊元は、東宮本人よりもその周囲の者たちを危険視しているようだけれど。

「あ、これ、上手くいったんやない? どう?」

 紹子が、手のひらで転がしていた香を、菫子の方へ見せてくる。菫子と紹子はもちろん距離を取っているから、香箱の蓋を介して香を聞く。

「ええ。とても素敵な荷葉香が出来たと思うわ」
「やったー。さっそく中宮様にお渡ししてくる」

 紹子はそう言うなり、完成した香を持って、藤壺に帰って行った。慌ただしいが、紹子がここへ気軽に来て、気軽に帰るのは、悪い気はしない。




 少しして、戸が叩かれた。紹子が、乳棒を忘れていたからそれを取りに来たのだろう。
「慌てて忘れてはだめよ、右近さ――え?」

 そこにいたのは、見知らぬ青年だった。見れば、彼の後ろにも大勢の男性が並んでいる。全員が同じ服装をしていた。動きやすさを重視し、脇部分を縫い合わせていない狩衣に、狩袴と呼ばれる細身で丈の短い袴を身に纏っている。蝙蝠かわほりを手にして取り澄ました様子。

 陰陽師だ。実際に相対したのは初めてだが、念誦堂を囲むように立っていて、こちらに向ける視線も好意的なものではない。菫子は咄嗟に紫檀と紫苑へ、部屋の奥にいるように手で示した。嫌な予感がする。

「ここに、陰陽寮が関与せず、使役もしていない物の怪がいるとのこと。物の怪が野放しになっている状態は見過ごせない」

 神託を告げるような、重々しい口調で念誦堂を囲んでいるうちの一人が言った。狩衣の色からしても、彼が一番上の位で、まとめ役なのだろう。

「出してもらおう」
「引き渡したら、どうするの」
「危険と判断したら、祓う」

 そういう彼らの手には、刀や弓が握られている。初めから危険だと決めつけているようだ。紫苑や紫檀を、祓わせるために渡したくない。

「断るわ」

 空気が一気に鋭くなる。
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