毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ

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三章 ― 子 ―

三章-7

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 翌日、紫苑に頼んで例の右近、小野紹子を念誦堂まで連れてきてもらった。

「女御様の体調不良は、子のせいなん? どうすれば、子を――」
「やめて!」

 また子を殺める、という言葉を発しそうだった紹子を、菫子は止めた。菫子の鋭い声に口をつぐんだ紹子は、唇を噛んでいる。

「うちやって、誰かを進んで殺したいやなんて、思うてない……。でも」
「あなたは、女御様に恨みがあるの? それとも、中宮様のためかしら」

「中宮様は、そんなことを指示する御方やない!」
「じゃあ、今回の毒は、あなたがすり替えたのかしら」
「毒!? 女御様に毒が盛られたって言うん!? そんなっ、女御様はご無事やの」

 紹子の慌て具合は、とてもそれを仕掛けた者のそれには見えなかった。唐胡麻のことを聞いた時の俊元よりも、顔面蒼白で、今にも麗景殿へ走っていきそうだった。

「原因は取り除いてもらったから、大丈夫よ」
「そう……、良かった」

「本当に、あなたではないの」
「違う! うちが女御様を害するなんてあり得ん」

「じゃあ、どうして御子を殺めて欲しいなんて」
「それはっ、このままじゃ女御様が……」

 紹子はその先を言おうとしなかった。思い出したように両手を口に当てて、それを堪えている。中宮の女房でありながら、女御に肩入れしたような言動、違和感がある。

 唐胡麻は、おそらく紹子の手によるものではない。でも、紹子は確実に何かを知っている。今回のことに繋がる、何かを。

「右近さん、あなたは一体何を知っているの」
「うちは、ただ――」

「あなたが、裏切り者と呼ばれること、殿舎を移ったこと、に関係ある?」
「!」

 問いかけたのは、少ない言葉で要点を突いている、紫檀の声。気になることがあるからと、調べに行っていた紫檀が帰ってきたのだ。確信を持った言い方をしているからには、何かを突き止めたのだ。

「もしかして調べが付いたん? 人やないだけあるってことかー」
「えっ」
「この子ら、人やない。違う?」

 紫檀と紫苑が顔を見合わせている。少し警戒の色を見せたが、紹子に敵意がないことは分かる。紫苑は、何で知ってんの、と聞いた。

「知ってるっていうか、なんとなくそうやなって。勘はいい方なんよ。でも、勘なんかじゃ、どうしたらいいか、分からん……女御様をお守りしたいだけやのに」

 紹子は、泣きそうな顔をして、項垂れてしまった。
 紫檀がとことこと紹子に近付いて、その顔を覗き込んだ。

「教えて。何があったか、今どうしたいか」
「何があったかは、調べてもう知ってるんよね」
「本人が話してくれるなら、その方が確実。それに、たぶん、全部は知らない」

 紹子は紫檀を見て、それから菫子と紫苑を順に見た。少し考える素振りを見せていたが、考えても分からん! と意を決したらしく、話し出した。

「うちは、女御様の入内に合わせて集められた女房やった。一緒に宮中に来て、女御様のお傍で仕事をして。うち、要領良くないから、足引っ張ってばっかやったけど、女御様は頑張ってって励ましてくださって」

 そう話す紹子の表情は朗らかで、女御のことを大事に思っていると伝わってくる。だからこそ、この話の先を考えて、どうして、と思う。

「ある日、中宮様とお知り合いやと、麗景殿の女房方の知るところになったんよ。昔、中宮様が一時期暮らしていらした屋敷に、うちが出入りしてただけ。それを中宮様は覚えていらして、お声をかけてくださったんよ」
「それで、中宮様が引き抜きをなさったの?」

「ううん、ただ久しぶりねとだけ、懐かしんで声をかけてくださっただけ。でも、それが原因で麗景殿の女房方から、嫌がらせをされるようになったんよ。麗景殿の女房方は、藤壺を敵視している方が多くて、何としても女御様をときめかせると、ぴりぴりした雰囲気やの」

 確か俊元も、麗景殿の女房は口が過ぎることがあると、言っていた。内親王である中宮に並び立つには、その女房にも胆力が必要ということだろうか。

「どうも、麗景殿には居づらくなってな。そんな時に中宮様から、藤壺に来ないかとお声がけしていただいたんよ」
「え、女御は何もしなかったの? そんな状況なのに?」
「ちょっと紫苑」

 紫苑の言葉をたしなめつつ、続きを促した。
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