45 / 74
三章 ― 子 ―
三章-7
しおりを挟む*
翌日、紫苑に頼んで例の右近、小野紹子を念誦堂まで連れてきてもらった。
「女御様の体調不良は、子のせいなん? どうすれば、子を――」
「やめて!」
また子を殺める、という言葉を発しそうだった紹子を、菫子は止めた。菫子の鋭い声に口をつぐんだ紹子は、唇を噛んでいる。
「うちやって、誰かを進んで殺したいやなんて、思うてない……。でも」
「あなたは、女御様に恨みがあるの? それとも、中宮様のためかしら」
「中宮様は、そんなことを指示する御方やない!」
「じゃあ、今回の毒は、あなたがすり替えたのかしら」
「毒!? 女御様に毒が盛られたって言うん!? そんなっ、女御様はご無事やの」
紹子の慌て具合は、とてもそれを仕掛けた者のそれには見えなかった。唐胡麻のことを聞いた時の俊元よりも、顔面蒼白で、今にも麗景殿へ走っていきそうだった。
「原因は取り除いてもらったから、大丈夫よ」
「そう……、良かった」
「本当に、あなたではないの」
「違う! うちが女御様を害するなんてあり得ん」
「じゃあ、どうして御子を殺めて欲しいなんて」
「それはっ、このままじゃ女御様が……」
紹子はその先を言おうとしなかった。思い出したように両手を口に当てて、それを堪えている。中宮の女房でありながら、女御に肩入れしたような言動、違和感がある。
唐胡麻は、おそらく紹子の手によるものではない。でも、紹子は確実に何かを知っている。今回のことに繋がる、何かを。
「右近さん、あなたは一体何を知っているの」
「うちは、ただ――」
「あなたが、裏切り者と呼ばれること、殿舎を移ったこと、に関係ある?」
「!」
問いかけたのは、少ない言葉で要点を突いている、紫檀の声。気になることがあるからと、調べに行っていた紫檀が帰ってきたのだ。確信を持った言い方をしているからには、何かを突き止めたのだ。
「もしかして調べが付いたん? 人やないだけあるってことかー」
「えっ」
「この子ら、人やない。違う?」
紫檀と紫苑が顔を見合わせている。少し警戒の色を見せたが、紹子に敵意がないことは分かる。紫苑は、何で知ってんの、と聞いた。
「知ってるっていうか、なんとなくそうやなって。勘はいい方なんよ。でも、勘なんかじゃ、どうしたらいいか、分からん……女御様をお守りしたいだけやのに」
紹子は、泣きそうな顔をして、項垂れてしまった。
紫檀がとことこと紹子に近付いて、その顔を覗き込んだ。
「教えて。何があったか、今どうしたいか」
「何があったかは、調べてもう知ってるんよね」
「本人が話してくれるなら、その方が確実。それに、たぶん、全部は知らない」
紹子は紫檀を見て、それから菫子と紫苑を順に見た。少し考える素振りを見せていたが、考えても分からん! と意を決したらしく、話し出した。
「うちは、女御様の入内に合わせて集められた女房やった。一緒に宮中に来て、女御様のお傍で仕事をして。うち、要領良くないから、足引っ張ってばっかやったけど、女御様は頑張ってって励ましてくださって」
そう話す紹子の表情は朗らかで、女御のことを大事に思っていると伝わってくる。だからこそ、この話の先を考えて、どうして、と思う。
「ある日、中宮様とお知り合いやと、麗景殿の女房方の知るところになったんよ。昔、中宮様が一時期暮らしていらした屋敷に、うちが出入りしてただけ。それを中宮様は覚えていらして、お声をかけてくださったんよ」
「それで、中宮様が引き抜きをなさったの?」
「ううん、ただ久しぶりねとだけ、懐かしんで声をかけてくださっただけ。でも、それが原因で麗景殿の女房方から、嫌がらせをされるようになったんよ。麗景殿の女房方は、藤壺を敵視している方が多くて、何としても女御様をときめかせると、ぴりぴりした雰囲気やの」
確か俊元も、麗景殿の女房は口が過ぎることがあると、言っていた。内親王である中宮に並び立つには、その女房にも胆力が必要ということだろうか。
「どうも、麗景殿には居づらくなってな。そんな時に中宮様から、藤壺に来ないかとお声がけしていただいたんよ」
「え、女御は何もしなかったの? そんな状況なのに?」
「ちょっと紫苑」
紫苑の言葉をたしなめつつ、続きを促した。
1
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
魔法使いと子猫の京ドーナツ~謎解き風味でめしあがれ~
橘花やよい
キャラ文芸
京都嵐山には、魔法使い(四分の一)と、化け猫の少年が出迎えるドーナツ屋がある。おひとよしな魔法使いの、ほっこりじんわり物語。
☆☆☆
三上快はイギリスと日本のクォーター、かつ、魔法使いと人間のクォーター。ある日、経営するドーナツ屋の前に捨てられていた少年(化け猫)を拾う。妙になつかれてしまった快は少年とともに、客の悩みに触れていく。人とあやかし、一筋縄ではいかないのだが。
☆☆☆
あやかし×お仕事(ドーナツ屋)×ご当地(京都)×ちょっと謎解き×グルメと、よくばりなお話、完結しました!楽しんでいただければ幸いです。
感想は基本的に全体公開にしてあるので、ネタバレ注意です。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~
鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました!🌸平安の世、目の中に未来で起こる凶兆が視えてしまう、『星詠み』の力を持つ、藤原宵子(しょうこ)。その呪いと呼ばれる力のせいで家族や侍女たちからも見放されていた。
ある日、急きょ東宮に入内することが決まる。東宮は入内した姫をことごとく追い返す、冷酷な人だという。厄介払いも兼ねて、宵子は東宮のもとへ送り込まれた。とある、理不尽な命令を抱えて……。
でも、実際に会った東宮は、冷酷な人ではなく、まるで太陽のような人だった。
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載

幽閉された花嫁は地下ノ國の用心棒に食されたい
森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
キャラ文芸
【完結・2万8000字前後の物語です】
──どうせ食べられるなら、美しく凜々しい殿方がよかった──
養父母により望まぬ結婚を強いられた朱莉は、挙式直前に命からがら逃走する。追い詰められた先で身を投げた湖の底には、懐かしくも美しい街並みが広がるあやかしたちの世界があった。
龍海という男に救われた朱莉は、その凛とした美しさに人生初の恋をする。
あやかしの世界唯一の人間らしい龍海は、真っ直ぐな好意を向ける朱莉にも素っ気ない。それでも、あやかしの世界に巻き起こる事件が徐々に彼らの距離を縮めていき──。
世間知らずのお転婆お嬢様と堅物な用心棒の、ノスタルジックな恋の物語。
※小説家になろう、ノベマ!に同作掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる