毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ

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二章 ― 香 ―

二章-6

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「紫苑、驚かせてごめんなさい。気にしないで」
「でも、これは」

「橘侍従様も、紫苑が失礼いたしました。お気になさらないでください」
「……」

 戸の向こう側から返事はない。醜いものを見せてしまったことは、申し訳なく思っている。三つの扇形の焼け爛れた傷は、今はもう塞がって痛みはないが、見て気分のいいものではない。紫苑にも悪いことをした。

「一人で着替えるわ。ごめんなさい、紫苑」
「ちょっと驚いただけ。あたしこそ、騒いでごめん。痛くない?」
「痛くないわ。大丈夫よ」

 紫苑は、少し落ち込んでいる様子だったが、引き続き手伝ってくれるようだ。紅の単衣を着て、白の着物を重ねていく。

「……藤小町」
「はい」

 戸の向こうから、控えめな声で俊元に呼びかけられた。

「その焼印は、高階の者にされたのか」

 そう聞かれて、誤解されていることを理解した。俊元は優しい。だから、菫子にそれを聞くことも随分と躊躇ったことが、声音から分かる。

「いいえ、違います」

 菫子は俊元に話すことを決めた、菫子がどういう人間なのか。こんな風に雅やかな着物を贈られていい人間ではないことを、楽しく日々を過ごしていい人間ではないことを。それを自分で再認識するためにも。

「この焼印は、自分で付けたものです」
「自分で!? 何故、そんな」

「香道具に、灰を整える灰押はいおしという物がございます。熱したそれを、自ら押し当てました。高階の大叔父上、大叔母上はご存じないと思います」
「何故!」

 どんっと外側から戸を打つ音が聞こえた。戸が僅かに振動していて、俊元が拳を打ち付けた様子が想像出来た。顔が見えない状況で良かったと、菫子は思った。

「……わたしは、三人の人間を殺めています」
「!」

 紫苑の手が一瞬止まったが、何も言わずに着付けを続ける。

「十年前、わたしが六歳の頃、母が亡くなったとお話ししましたが、母を死に至らしめたのは、わたしの毒です。大叔母上に本邸に呼ばれた時、母と侍女が誤ってわたしの髪に触れてしまったのです。その後、母と侍女は床に臥せって、亡くなりました」

 菫子の髪に触れた母と侍女の手には、黒い花の痣があった。どんどん弱っていく二人の様子が、菫子の毒によるものだとまざまざと見せつけられた。なのに、母は、菫子に幸せになりなさい、と言ったのだ。

「母と侍女を弔うため、念誦堂に籠り、泣き暮れる日々でした。そんな時に、桜衣の君がやってきました」
「……!」

「桜衣の君は、わたしに触れてしまっていました。堂を出た後に亡くなったと思われます」

 菫子は、五衣を重ねて、さらに紅梅の表着を着て、見えなくなった傷痕に着物の上から手を当てた。

「自分の毒で、三人の命を奪ってしまった。これは、せめてもの罰です。決して忘れないために」

 紫苑から蘇芳の袿を手渡され、手を借りながらそれに腕を通す。最後に桜重ねの唐衣を羽織った。春をそのまま身に纏ったかのような、可憐な装い。菫子は自分には不釣り合いだと、感じて、ゆるく袖を振った。

 ただ、見せないわけにもいかないから、紫苑に頼んで戸を開けてもらった。

「お待たせいたしました。足りないものはないように思います」
「そう、か」

 俊元の表情は、なんと言葉をかけたらよいのか、戸惑っているのがありありと見えた。これまで普通の人と扱ってくれていたのが、ありがたいことなのだ。こんな、人を殺めた者にそんな価値はない。距離を取るのが当たり前だ。それでいい。

「では、失礼いたします」

 菫子は念誦堂の戸を閉めて再び閉じ籠った。
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