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一章 ― 始 ―

一章-10

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 菫子は、俊元に送ってもらい、念誦堂に戻ってきた。明日の夜に例の女官から話を聞くことが出来れば、何か前進するかもしれない。

「ありがとうございます。また明日、お願いします」
「ああ、また明日」

 念誦堂の戸を引いた途端、中からいきなり大声が飛んできた。


「わーーーーー!」


「!?」

 その声にももちろんだが、室内に人がいることに何よりも驚いた。五、六歳の子どもが二人、当然のようにそこにいたのだ。男子おのこ女子めのこが驚きの表情で、菫子を見つめている。

 男子は、赤色を基調とした水干すいかんを身に纏っている。子どもがよく着る装束で大人が着用する狩衣かりぎぬに似ている。袴が丸く内側に止められていて、動きやすい装束だ。
 首元に長い留め紐があったり、菊綴きくとじと呼ばれる丸く花のように補強する役割の紐があったりと、水干特有の装飾が見られる。

 女子は、青色が基調の汗衫かざみ。切袴に単衣と裾を引きずらない短い丈のあこめ、その上に着物を羽織った子どものための装束だ。日常着で、これも動きやすさが重視されたものだ。
 肩を結わずに開けておく、ゆだちを紐で留めていて、かしこまっていない、可愛らしい様相だ。

「なんなの、あんた!」

 女子が菫子を指さして、そう言った。口をめいいっぱいに大きく開けて。
 二人とも、色素が薄めの髪色をしている。胡桃色というのが一番近い。そして、顔がよく似ている、瓜二つだ。

「何者だ!」
 俊元が、大声を聞いて駆けつけてくれたらしい。腰の刀に右手を添えて、鋭い声を放った。

「そっちこそ、誰なの! 少し出掛けている間に、ここがなんか綺麗になってるし、知らない人間いるし!」
「一旦、落ち着こ」
「なんで落ち着いてんの!」
「妹がうるさいから」
「うるさくない! おにいも何か言ってよ!」

 女子は、俊元と言い合いをしていたはずなのに、一緒にいた男子に噛み付いている。菫子にも何がなんだか分からない。

「あの、あなたたちは……」
「ふんっ、名乗らせる前にあんたが名乗りなさいよ」

 女子がこちらを睨み付けて、ずんずん歩いてきた。小さい体ながらその動きは早くて、このままでは菫子に触れてしまいそうだ。

「来ないで! 離れて!」

 咄嗟にそう言うと、ぴたりと女子の動きが止まった。代わりにその顔から表情が抜け落ちた。幼い子どものそれとは思えない、周囲を威圧させるものだった。

「へえ、鬼だからって、またそういう反応。最近、ここ数十年そんなのばっかりじゃない。嫌になる」
 女子の表情に気圧されかけていたが、その言葉に耳慣れないものがあって、菫子は聞き返した。

「えっと……鬼?」
「は? 鬼と言ったか、今」

 隣に来ていた俊元と声が合わさり、訳が分からないまま、顔を見合わせた。その反応を見て、女子が首を傾げて、男子と顔を見合わせた。

 お互いに状況が把握出来ず、膠着状態だったが、俊元がひとまず刀から手を離して女子に話しかけた。

「ええっと、君ら二人は鬼、なのか?」
「そう。あんたたち分かってたんじゃないの?」
「いや、知らなかった。詳しい者なら、一目で分かるものなのかもしれないけれど、俺はそうではないから」
「ここ、見て。角がある」

 男子が、自分の髪をかき分けてこちらに見せてきた。確かによくよく見れば、小さな角のようなものが見える。遠目にはほとんど分からない。作り物などではないことは、見て分かった。

 物の怪は、割と身近に存在している。恐ろしい形相で夜に現れることもあれば、人間と変わらない見た目で昼に現れることもある。今は夜だが、この二人は人間の子どもと変わらない見た目をしている。その角以外は。

「本物の、鬼……」
「え、じゃあほんとに分かってなかったの? じゃあなんで、その子は来るなって言ったの。あたしこんなに可愛い女の子なのに」

 さらりと自分が可愛いことを自慢しつつ、女子は菫子を見上げてきた。菫子は少し迷ったが、誤解を与えないためにも答えた。

「わたし、毒小町だから……」
「毒小町って何?」

 今度は菫子が説明をする番のようだ。毒小町のことを二人に話した。隔離のためにここで寝起きしていることも含めて。話し終えても、特に二人の態度は変わらなかった。
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