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一章 ― 始 ―
一章-6
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「源大臣殿、その言い方はいかがなものかと」
「これは失礼。兄帝はお疲れなのではないですかな、適切な判断をするのが難しいご様子」
「ご心労が重なっておいでですから。源大臣殿がお力添えしていただければ、有難く存じますが」
「これから伺うところゆえ、心配せずに」
どちらも丁寧な言葉を並べてはいるが、その裏側に睨み合うような、牽制し合うような雰囲気を感じた。
源大臣は、再び菫子に目をやると、事務連絡のように淡々と告げた。
「大臣の名において、毒小町の昼間の行動を禁じる。戻りなさい」
「お待ちください、主上の命で調査をするので――」
「触れれば死ぬ毒なのでしょう。昼間に動いて死人が出たらどうするつもりですかな」
「それは」
「その代わり、夜だけは行動を許しましょう。橘侍従と共にならば」
源大臣の言うことはもっともだが、まるで俊元ならば死んでいい、とも取れる発言に、菫子は耳を疑った。話は終わりだと立ち去ろうとする源大臣に、俊元は抗議の声を上げた。
「お待ちください!」
「先を急ぐゆえ」
「うっ」
一歩前に踏み込んだ俊元を、源大臣は肘で躊躇なく押して、そのまま去っていった。肘は脇腹に当たり、俊元は体勢を崩した。後ろに倒れ込んだ。倒れたのは菫子のいる位置。菫子は慌てて身を引いた。
だが、咄嗟のことで、後ろには高欄があり、避け切れなかった。
俊元の腕に、菫子の手が触れてしまった。
「……!」
気を付けていたのに。突然のことだった、なんて言い訳にならない。触れてしまった。俊元が、毒に侵されて死んでしまう。どうしよう。また、菫子のせいで人が死んでしまう。
「……はあっ、はっ、は、はあ」
呼吸が浅くなる。いくら息を吸っても、肺に入っている気がしない。肩を上下させながら、菫子はその場にしゃがみ込む。目の前がじんわりと暗くなってくる。このまま目を閉じてしまいたくなる。
「藤小町!!」
その声で、暗闇から引っ張り上げられる。驚いた拍子に、少し息を吸うことが出来た。顔を上げると、俊元と目が合う。心配そうに菫子のことを見ていた。
「橘侍従、様、毒は……」
「俺は毒が効かない体質だから、大丈夫だよ」
「本当に、本当に、何とも……ないですか」
「何ともない。大丈夫、ゆっくり息を吐いて、吸って。そう上手」
落ち着いた声で言われ、徐々に呼吸が楽になってきた。何の変化も起きていない腕を見せて、もう一度大丈夫、と言ってくれた。本当に、俊元には菫子の毒は効かないようだ。体中の力が抜けるほど安心した。
「申し訳ございませんでした」
「いや、謝るのは俺の方だ。源大臣のあれは、いつもの俺への嫌がらせだから。巻き込んで、申し訳ない」
「嫌がらせ……?」
「主上がさっき、疑わしい者がいるとおっしゃっていたのは覚えてる?」
菫子は、こくんと頷いた。
「それが、さっきの源大臣。兄帝、なんて言っていただろう。あれは帝になる弟がいるっていう揶揄だ。もちろん主上がいらっしゃるところでは言わないけれど。大臣だから、力も大きくて、確証がないとこちらも動けない。他にも関わっている東宮派はいるはずだから、そこも突き止めないといけない」
「はい、心得ております」
「……いや、今は少し休もう。念誦堂まで送るよ」
菫子は素直に頷いた。さっきは相手が俊元だったから良かったものの、他の人であったら、と考えると恐ろしい。菫子はゆっくりと立ち上がった。
俊元の腕を借りるのはまだ怖くて、自分の膝に手をついて体を支えた。牛の歩みのように遅い、菫子の足に俊元は合わせて歩いてくれた。
「これは失礼。兄帝はお疲れなのではないですかな、適切な判断をするのが難しいご様子」
「ご心労が重なっておいでですから。源大臣殿がお力添えしていただければ、有難く存じますが」
「これから伺うところゆえ、心配せずに」
どちらも丁寧な言葉を並べてはいるが、その裏側に睨み合うような、牽制し合うような雰囲気を感じた。
源大臣は、再び菫子に目をやると、事務連絡のように淡々と告げた。
「大臣の名において、毒小町の昼間の行動を禁じる。戻りなさい」
「お待ちください、主上の命で調査をするので――」
「触れれば死ぬ毒なのでしょう。昼間に動いて死人が出たらどうするつもりですかな」
「それは」
「その代わり、夜だけは行動を許しましょう。橘侍従と共にならば」
源大臣の言うことはもっともだが、まるで俊元ならば死んでいい、とも取れる発言に、菫子は耳を疑った。話は終わりだと立ち去ろうとする源大臣に、俊元は抗議の声を上げた。
「お待ちください!」
「先を急ぐゆえ」
「うっ」
一歩前に踏み込んだ俊元を、源大臣は肘で躊躇なく押して、そのまま去っていった。肘は脇腹に当たり、俊元は体勢を崩した。後ろに倒れ込んだ。倒れたのは菫子のいる位置。菫子は慌てて身を引いた。
だが、咄嗟のことで、後ろには高欄があり、避け切れなかった。
俊元の腕に、菫子の手が触れてしまった。
「……!」
気を付けていたのに。突然のことだった、なんて言い訳にならない。触れてしまった。俊元が、毒に侵されて死んでしまう。どうしよう。また、菫子のせいで人が死んでしまう。
「……はあっ、はっ、は、はあ」
呼吸が浅くなる。いくら息を吸っても、肺に入っている気がしない。肩を上下させながら、菫子はその場にしゃがみ込む。目の前がじんわりと暗くなってくる。このまま目を閉じてしまいたくなる。
「藤小町!!」
その声で、暗闇から引っ張り上げられる。驚いた拍子に、少し息を吸うことが出来た。顔を上げると、俊元と目が合う。心配そうに菫子のことを見ていた。
「橘侍従、様、毒は……」
「俺は毒が効かない体質だから、大丈夫だよ」
「本当に、本当に、何とも……ないですか」
「何ともない。大丈夫、ゆっくり息を吐いて、吸って。そう上手」
落ち着いた声で言われ、徐々に呼吸が楽になってきた。何の変化も起きていない腕を見せて、もう一度大丈夫、と言ってくれた。本当に、俊元には菫子の毒は効かないようだ。体中の力が抜けるほど安心した。
「申し訳ございませんでした」
「いや、謝るのは俺の方だ。源大臣のあれは、いつもの俺への嫌がらせだから。巻き込んで、申し訳ない」
「嫌がらせ……?」
「主上がさっき、疑わしい者がいるとおっしゃっていたのは覚えてる?」
菫子は、こくんと頷いた。
「それが、さっきの源大臣。兄帝、なんて言っていただろう。あれは帝になる弟がいるっていう揶揄だ。もちろん主上がいらっしゃるところでは言わないけれど。大臣だから、力も大きくて、確証がないとこちらも動けない。他にも関わっている東宮派はいるはずだから、そこも突き止めないといけない」
「はい、心得ております」
「……いや、今は少し休もう。念誦堂まで送るよ」
菫子は素直に頷いた。さっきは相手が俊元だったから良かったものの、他の人であったら、と考えると恐ろしい。菫子はゆっくりと立ち上がった。
俊元の腕を借りるのはまだ怖くて、自分の膝に手をついて体を支えた。牛の歩みのように遅い、菫子の足に俊元は合わせて歩いてくれた。
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